2008年06月22日
仕事の一日終わる
今日は二つの大事な仕事があって、午後2時には事務所に出てました。最初は労働関連の問題、4時からは訴訟に絡む打ち合わせ会でした。木金土とこもった仕事だったので、雨の中、久しぶりに愛車を飛ばしてドライブしてきました。
ガソリンも高いのであまり車に乗らないなあと、思っていたら、いやはや本当に久しぶりでした。日曜日の都内はすいすいで、快適。WANDSを聞きながらの久しぶりのドライブでした。
終わってからはいろいろとあって、書斎の整理をしながら原稿の整理などをしました。以前ルポで書いた原稿がいよいよ陽の目を見ることになりそうで、そのルポをワードに落とすのに四苦八苦しております。MS-DOSなんて誰も知らないものなあ。俺も忘れてた。
唐突に釈迦のことを調べることになり、以前奈良や京都を旅したときのことを思いだして調べていると、いきなり「投薬」の意味を思いだしました。
「45年の長い伝道の旅を続けた釈迦は、80歳を過ぎたころから老齢に打ち勝つことができないことや、自らの生涯が終わりに近いことを知り、マガタ国の首都ラージャガハを出て自分の生まれ故郷へ向かって最後のたびを続けた。途中、釈迦は病のため、もはやこれまでと悟り、従者に「私を沙羅双樹の間に、頭を故郷(北)の方に向けて寝かせておくれ」と依頼した。その様子を描いた絵がある。その絵の右上から、飛雲に乗って天界から我が子の臨終に馳せ参じる仏母摩耶夫人の一行が描かれ、左側の沙羅双樹の枝には一つの袋が描かれている。この袋は釈迦の母である摩耶が、我が子を救おうと、不老の薬を袋に入れて下界に投げたのだが、沙羅の枝に引っかかって釈迦の手元には届かなかった。やがて薬の力を得た沙羅双樹は天にも届くほど小枝を伸ばし青々と茂ったという。「投薬する」とか「投与する」という医学用語はこの絵に由来している。すなわち、我が子の病気をなんとしても治したい母親の深い慈愛や真心が投薬の語源となったのである。」
とあります。御寺にもそのとおりに書いてありました。
ちなみに猫が干支のトップバッターに抜擢された(オールスターゲームじゃないのに、、)理由は、この投薬をまっ先に取りに行こうとして猫に殺されたという説がどこかにありました。そのために論功行賞で最初に選ばれ、猫は永遠に干支に入れないのだそうなあ。。。。。ヤフーの中では牛に乗って最後にひょいと飛び降りた説で、騙されて1月2日と教えられた猫は間に合わず、とありますが、それはないだろうという感じです。だれか正しい説を知っていたら教えてください。笑、
2008年06月22日 21:05
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://kazuhito.biz/cgi/mt/mt-tb.cgi/837











