Blog

メイン

2007年12月30日

帰京

4日ぶりに帰京した。朝8時のJALだったので10時半に羽田、その後浜松町経由で事務所に直行した。何事もないように数名の弁護士仲間が仕事をしています。30日だというのに。昨夜はいろいろと考えさせられることが多く、睡眠が不足気味でしたが、東京に戻ったらすっかり仕事モードになり、事務所で一気に締めをして、近くの砂場虎ノ門で遅めの昼を食べました。

砂場はしばらく改装で近くの仮店舗で営業していましたがようやく古いおうちで再オープンです。やっぱこれでなくっちゃあぁ。かき揚蕎麦をいただきました。一人だったので酒も飲まずに帰りました。

帰ったらこれまたメールと手紙とジャンクの山です。1時間ほどで整理して、やっと自分のペースになりました。今日30日は僕が所長を勤める国士館大学最先端技術関連法研究所の紀要の原稿締め切り日でしたが、全員から原稿が届きました。ありがとうございました。

こんなことは当たり前だというかも知れませんが、大学社会では教授が原稿を遅らせるなどは日常茶飯事です。信じられないと思うけど、約束の締切日に出さないのです。理由はよくわからないけれど、オレが出さないのに紀要なんか出ないだろうとか何だかわけのわかんない理由を言うタコもいます。何様のつもりでしょうか。出版社や編集者は大変です。原始非民主社会の大学ではこんなことがまかり通ります。

そんな中で全員締め切り厳守で提出してくださるというのは、我が大学は凄いと思うのであります。

さて床屋に行かなくてはと予約の電話を入れたらもう今日は満杯です。明日3時に取れてやっと年内ですっきりできます。ばたばたしましたが何とか正月を迎えられそうです。さて明日はしょこたんが「空色デイズ」を紅白で歌います。一年間お疲れ様でした。しょこたんママもお疲れ様でした。。。

そして沖縄の具志堅さん、許田さん、比嘉さん、大ちゃん、ほか皆様、大変にお世話になりました。来年もよろしくおねがい申し上げます。

| コメント (2) | トラックバック (0)

2007年12月29日

沖縄4日目

講義は前半はすべて終わり、今日は友達が車を出してくれて知念村まで足を伸ばしてくることができました。地元の人なら知っている「くるくま」と「浜辺の茶屋」です。沖縄まったりランチが満喫できるところで、工事現場を抜けて、狭い道を抜けると、すばらしい景色のお店があります。

講義は28人だったので一方的なものになってしまいましたが、1月の後期分では双方向で話ができるように工夫したいと思っています。みんな、ありがとねーー(りみ風)

今日は朝一番にカナダからのメール対応で目が覚めました。懸念だった問題が解決して最終契約書ができました。英和の内容チェックなのですが、小さなレッツノートなので、2画面ないので上下半分での内容精査は疲れました。まあ仕方ないですね。でも便利になりました。どこにいても即効対応ができるということは僕らのような仕事では大変ありがたいです。昨夜からすっかり那覇テラスの707号室の僕の部屋は芝綜合法律事務所であります。これでプリンターさえあったら事務所と変わりません。

今夜は仕事の関係者を交えて、又現地沖縄の弁護士でお世話になっているT弁護士ご夫妻、また教え子も含めていつものカワジで超宴会です。結局4日ともカワジで夕ご飯をいただくことになりました。沖縄でだけはぶらっとひとりで知らない店に入れないのであります。へたれマスイちぇんちぇいは人見知りで、顔見知りの店でないとたべれないのであります。とほほ。

今年も後2日。早いです。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月28日

沖縄3日目

琉球大での二日目の講義がおわりました。だんだんアドリブも増えてきて滑舌がよくなったところで今日は終わりです。なんだか終わって外に出ると、太陽がぎらぎらと照りつけていて、いったいどこにいるのだろうといった気分になりました。

汗ばむキャンパスでタクシーを待っていたら、大学の前にあるもうひとつの大学のキャンパスが見えました。後は高い建物は無く、のどかな沖縄の風景が広がります。タクシーで那覇に向かう途中、米軍機が超低空飛行をして、驚くような近さで飛び去っていきます。まだまだ沖縄の基地は生活の一部です。

少しの緊張感が続いた2日間で今夜は部屋でカップヌードルと蒸しパンで夕食をすませ、東京から仕入れてきた本をよんでのんびりすごしています。夕陽がとてもきれいで、同じ日本とは思えないこの気候の違いを、それこそゆっくりと楽しませていただいいます。

ファイアグロウのベースの正輝君からメールが届きました。今日から春日部でライブ、31日は安比高原でカウントダウンライブです。成功することを願っています。年末の最後の仕事日だったのでクライアントの方々からいろいろとメッセージやらメールが届きましたが、皆さん無事に最後の仕事を終えて、幸せな仕事納めでした。あと一日頑張って僕の年末休暇が始まります。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月27日

琉球大学年末集中

沖縄の琉球大ロースクールでの集中講義が始まりました。久しぶりなので懐かしいです。今年のメンバーには正月に東京の事務所にやってきてくれたメンバーが参加してくれているので全員初顔合わせと言った状態ではないため、スムースに開始できました。

まあとはいってもこれだけ真剣なメンバー28名に一日3こま270分の講義はちとハードですね。学生もハードだと思うので途中ジョークも交えて、楽しくやっています。しかし女性の比率が高く、最初は女子大とおもうほど圧倒していました。

一気に話しおえて、今日はみんなとは飲まずにホテルに直行です。さすがに6時間パソコン放置だったので、メールが沢山たまっていて、夕方に夕飯までの時間を利用して一気に仕事を片付けました。それでもまだおわらずに、夕食後軽く飲んで早めに切り上げてきました。

那覇の夜は活気があります。運転手さんによると週末だけね、というけれど、なかなかどうして状態です。おいしいお寿司をかわじでいただき、その後いつもの絹に顔を出させていただいて気分転換をして戻りました。昨夜は沖縄らしく真夜中過ぎてから飲みますよとみんなに声をかけたのに、張本人が爆睡してしまい、みんなに迷惑かけてしまいました。すんませんでした。とほ。

東京とのあまりの時間差活用状況に調整ができずに、情けないことです。

明日は又3こまですので、体力温存して早めに寝ます。

| コメント (1) | トラックバック (0)

2007年12月26日

沖縄あぢぢ

いやあ、暑いとは聞いていたが、いきなりタクシーに乗ったら冷房中であります。飛行機を降りたらなんとなく暖かな空気ではあったが、まったく幸せなことでありますね。ハワイに行く必要はありません。天気も上々。これまでの寒さがうそのようです。

しかし昨日の新潟の暖かさといい、今まで抱いていたイメージが崩れるのは、温暖化の影響なのかどうか。そして温暖化は本当に地球環境に悪いのか、俺にはよくわからん。温暖化を悪と決めつけているのだが、温暖化はまったくもって正しいし、自然の流れだ、という意見もあるだろうから、ここはしっかり勉強してみたい。氷河期よりずっといいような気もするのですが。

高田高校から嬉しいメッセージがたくさん届きました。「将来の姿が見えてきました。」「弁護士業務を身近に感じることができました」「90分、短かった」「楽しかった」「役立った」。。。 校長先生も喜んでくれているようで、行った甲斐がありました。来年も行きますよ!!

そんなメールを見ていたら札幌の牧野弁護士から電話で「寒いっす。氷点下です。」とのこと。日本も広いですね。温度差25度です。沖縄でよかったです。(笑)それではこれから那覇市松山方面に探検に行ってまいります。

| コメント (1) | トラックバック (0)

2007年12月25日

高田高校のみんな、ありがとね

新潟に向かう列車に乗ると何故か「なんとかぁ、日本海~ぃ」といった演歌を口ずさんでしまうのはおれだけだろうか。昨日は直江津に入り、ホテルは高田の駅前ではなく、直江津の駅前にしました。直江津のほうが大きな町だと思っていたのですが、案外高田のほうが大きく夜の繁華街も高田の方が賑やかでした。そんなわけで夕食後はしんみりと部屋で過ごして今日に備えました。

昨年同様高田高校は熱かったです。みんな一生懸命に聞いてくれて、一次限目はロースクールに進んでからの勉強や弁護士になってからの仕事の事など、主に司法試験からその後までを話しました。さすが東大進学校だけあって質問はかなり具体的でした。

2限目は法学部における教育科目と、実務教育の特徴などです。また知財の重要性なども語り、弁護士以外の職業における重要性も話しました。テーマとしては大学講義の模擬的な要素も必要ということで、僕の国際経済法のイントロを話しました。国際的なテーマでしたが、一生懸命にノートをとってくれて、話し甲斐がありました。

3時に終わり、特急の時間があるので、タクシーで直江津に出て、6時半には東京に戻りました。その後事務所で経理関連の雑務を追え、その後みらいの島添君と共通顧問先の仕事で食事をはさんで打合せをしてきました。

途中仲間や知り合いの方々からクリスマスの夜のメールが沢山届きました。仕事に明け暮れる方、パーティーで大きなチョコがあたったとメールをくれる方、サンタの格好でケーキを売ってますという方、クリスマスらいぶが大成功でしたと正輝、笑顔が目に浮かぶようです。みんな楽しそうで(仕事の方は別かな、、)何よりです。

さて明日から琉球大学での集中講義です。楽しみにしていますね。今年は28名の受講者があるということで、ロースクールなのにこれはないだろう、という人数です。多いですね。12,3人がいいのに。嬉しいことですが大丈夫かな、ちと心配です。

沖縄のお友達、みんな待っとってやぁ。。。具志堅さん、許田さん、大ちゃん、女将さん、ママさん、武田君、姫、剛、自然、宗、ほかみんな、会いたかったぞい。

| コメント (1) | トラックバック (0)

2007年12月24日

つぶしがきくか、

友人でアートソムリエの山本勝彦さんと話すときに最近は大学卒業資格を話題にすることが増えました。このブログで前に書いた博士課程の修了者に就職先が少ないという問題が提起されて、本も出版されて、現実にフリーターをしている学生にはそれなりの問題もあるのだろうが、それ以前の問題としても会社の採用枠というのは本当に狭いのが現実である。

そして美大卒業者の行く手はどうなっているかということを話すると、これは博士と全く同じ問題を提起しているのであります。よく法学部や経営学部はつぶしが利く学部であると揶揄されますが、実際就職活動を見ていると芸術関連や超専門職的学部に比べると格段有利ではあります。まあ有利といっても行きたいところがないからとりあえず入学し、行きたい会社もわからないからとりあえず就職すると言う程度の意識の学生が多いのも事実であります。

実際に周りを見渡しても思い通りの職業についている学生はあまりいません。たまたま良く知っているO君は美大卒業後米国に留学して、帰国後有名広告代理店に入ったのだが、こういう例は稀の中の稀であろうと思います。学芸員という職業もありますが、それは何だ?ということで調べました。

すると文科省では、「学芸員は、博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業を行う「博物館法」に定められた、博物館におかれる専門的職員です。学芸員補は学芸員の職務を補助する役割を担います。学芸員になるための資格は大学・短大で単位を履修することや文部科学省で行う資格認定試験に合格すれば得ることができます。なお、学芸員や学芸員補として活躍するには、博物館(登録博物館)で任用される必要があります。」と書かれています。

現実に採用募集の人数は少なく、多くの学生が問題に直面しているのが現状のようです。早くに自分の興味の対象が絞られるとこういう問題があるということです。将来自分がやりたいことを知っても、それを手に入れることが難しいというのは辛いことです。芸術をもっと身近にという運動と、美大卒業者にもっと専門職をという運動を盛り上げる必要性が検証されなくてはいけません。

山本さんたちはこういう意識にたって今改革を進めています。僕も何とか少しでも力になりたいと考えています。


| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月23日

休みの日は早く

昨日までは雨が降ると車が綺麗になると喜んでいたのだが、さすがに車ドノに申し訳なく、きょうは隅々まで綺麗に洗いました。手洗いであります。金ぴかに仕上げて吉祥寺まで行ってきました。それ以外大晦日らしい活動は何もないので、まあ最後の季節感満喫でした。

年賀状を書きながら、今年のデザインは愛用のギターのネックをねずみがスノボーで滑り降りるというないように仕上げました。ちょうど大好きなフライングエレファンツのビデオを観ながらの作業だったので、ぴったりです。

沖縄に必要な荷物を送ってしまったので、パソコンもなくなり、明日と明後日どうしようかと思っていましたが、そこはまあEMでいいっかということになり、荷造りを済ませました。一年ぶりの高田はどう変わってりるだろうか??みんなに会えるのを楽しみにしています。

友達がいろいろと動きがあって、連絡がきます。Eさんからは年末地元で撮影が終わるのでそのまま実家でお正月です、と連絡が。Sさんは海外にママと行きますのでブログ楽しみに、と。Mさんはもう田舎に帰りました、とメールが。若い方々はそれぞれ年度末休暇を楽しんでいるようです。

またさらに知り合いが立て続けにCDを出したというのでそれを聞かせてもらいました。一人は航空関係者にもてたくて出したというロマン飛行のような軽快な店舗のポップスでなかなかいい曲です。売れるといいですね。もう一人は娘の知り合いの方がいよいよデビュー作品です。眠気を誘う素敵なメロディーで、晴れた日の午後に一人でうとうと聞いていたら幸せになるような感じです。frozensunです。
HPはhttp://frozensun.info/ ですのでみなさん応援よろしくおねがいします。

さて明日から地方巡業です。。。。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月22日

静かな東京

昨日出張の帰りに東京から上石神井までの道は、例年の混み合う年末忘年会・クリスマス帰りで結構混んでいたし、タクシーも少なかったです。久しぶりにタクシー待ちという経験をしました。

一転今日は静かな一日でした。僕は年賀状を印刷して、チケットの確認をして、沖縄のホテルに5日分の荷物を発送して、資料をチェックして、明後日の新潟への出張の準備もあわせて済ませ、まあこんな感じであっという間に土曜日は終わりそうです。あい変わらずテレビはつまらないひな壇芸人のオンパレードで見る気がしないので、ケーブルなどで面白そうなものを探しています。テレビでつまらないコメント言うひまがあったら芸を磨いて欲しいです。

こんな時期に面白いのはゴルフチャンネルです。今年のタイガーは凄かったです。圧倒的な強さで、まあ僕達スーパーヒーロー待望論をもつ人種には、今のゴルフ界は最高の設定ではないでしょか。

2007年は16試合で優勝 7回、獲得賞金が $10,867,052 (生涯では$76,579,376 )
テレビでスイングを観ていても、ため息ばかりです。

夕方に飯を食べに吉祥寺に散歩がてら出てみました。人手が多かったのですが、ロンロン地下にある中華屋さんでふかひれラーメンと鉄鍋餃子を食べました。安くて旨くて、もうカンドーの極致でした。帰りにカヤシマによってお茶をしてかえってきたのは言うまでもありません。街はクリスマス一色でしたが、この年になるとあまり感動がありません。だめですね。いつも感動していないと。

むしろ僕の感動は今日福岡の知り合いが送ってくださった五島列島のイかとアジとウ二の瓶詰とキビナゴ一夜干しにあって、この豪快なイカなどををどうやって食べようかと悩んでいます。それにしてもおいしいものがあります。こんなおいしいものを食べている松本さんご一家は本当に健康的な食生活をおくっていらっしゃるのだろうなあと感じました。あったかなご飯と味噌汁とこれらがあれば幸せ満喫です。いつもありがとうございます!!


| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月21日

いよいよ大学淘汰開始

今大学はおおよそ短大含めて700校もある。信じられない数だが本当にそうなのである。
今日のニュースにもこんなのがあった。

「日本私立学校振興・共済事業団は、全国の大学法人64と短大法人34が早急に改善が必要な「経営困難状態」(イエローゾーン)にあり、うち15法人は「いつつぶれてもおかしくない」レベルと判定した。今後、経営実態を精査し必要に応じて支援に乗り出す。法人名は未公表だが、イエローゾーンが調査対象の約15%に当たる計98法人に上ったことで、大学・短大の淘汰時代到来が現実味を増した。」

企業の倒産には驚かないが、大学の倒産はまだ例がすくないので、なんだかぴんとこない。全入時代の学生の質についてはいうまでもなく、とんでもないレベルの学生でも入学を許可しているのが現実である。加えてこんなニュースが。。。

「文部科学省は、法科大学院やビジネススクールなどの専門職大学院について、初の実態調査の結果をまとめた。全140の大学院のうち、昨年秋時点で定員を満たしていないのは4割超に当たる60校。一部の有名校に人気が集まる二極化の傾向が強まっており、学生の獲得競争は今後一段と激しくなりそうだ」 ニュースはいずれも日経ネットからのものであります。

昨日二極分化のことを書いたのだが、大学に関してはエリート校とそうでないところとはっきりしてしまっているのが現実のようだ。大学が特徴をだすにはどうしたらよいだろうか?これはどこの大学でも頭を絞っているテーマなので僕みたいなバカ頭に妙案など浮かぶわけもなく、それでも一部に席を置く者としてあーだこーだ言ってきたわけであります。

学部改革はビジネス法務の導入でした。出来上がった学科名が「現代ビジネス法学科」です。これは今後も伸びるように今も願っているし、自信もあります。ぜひ頼もしい実務化教員の若手を雇って、伸ばして行ってほしいと思います。

箱根駅伝も出場するし、ユニークな学科もあるし、それでも毎年毎年新学科や新アイデアを出し続けないと大学は倒産するのではないかという危機感が消えません。本当に淘汰の時代に入ったのだなと思います。


| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月20日

一年を振り返る企画満載

新聞や雑誌でもこの一年を振り返る企画が多い。僕が特に印象に残ったのは「鈍感力」ベストセラーであります。ネーミングの妙というか、何でも敏感に過剰反応する人間が多いことは感じていたので、時代に合った本だったと思います。

仕事の面でサービス向上を考えると、気付きだとか客が要求するものを先取りするくらいのことが書かれていて、それももっともであるとおもうのですが、仕事とプライベートはそうカンタンに割り切れるものではなく、敏感であることに価値を見出すことも多い仕事が僕の仕事でもあります。

それともうひとつ、「間違いだらけの日本語」と言った内容の本がバカ売れしているようです。最初の本は僕も納得するものが多く買ったのですが、それ以降は自分でも間違いと気付かずに使っているものもあり、難しいなあと考えるだけで、それ以上の進歩がありません。日本語はホント難しいですわ。

後はワーキングプアに関する本が印象に残りました。このことは前のブログでも書きました。大学という教育最前線にいると、搾取されている卒業生が多いと感じるので、なんともいやはや、という気分になります。2極分化は大学間でも、また大学の中でも起こっています。それがいいのか普通なのかは自分でもわかりません。

振り返ると、僕は一般論が大嫌いで、一人くらいは例外的に生きて行くことは、いつの時代もどこにいてもできるという意見でした。だから一般論を書くということは本の中でもしませんでした。自分らしくユニークに生きるというのが僕の本の底辺に流れるコンセプトです。個性を発揮してみんなが自分だけの人生をデザインするというのがベストだと今も思っています。

結論として、鈍感力も敏感力もプアでもリッチでも、仲間力にかなう力はないというのが僕の意見です。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月19日

長い一日でした

今日は朝から夜半までとっても長い一日でした。でも、仕事のことはともかく、多くの人たちと一緒に仕事をしながら、自分の役割が明確で、幸せな環境であると痛感しています。

夕方に僕が大好きな方と男メシを食べる約束だったのですが、彼の仕事が急に入って、そして僕にも急なそれも深刻な仕事が入って、オトコ飯は次回に持ち越されました。弁護士は自分で仕事を決められないこともあり、彼もミュージシャンであり仕事が来れば受ける立場なのでこんなことはこれからもあるでしょう。でも声がかかることを大事にしなくてはいけません。頼られることの大切さも感じなくてはいけません。いい一日でした。

新潟の友達から、来週まっとるよとメールが来ました。直江津ですからね、寒いです、でも電車は動いてます、といった連絡がたくさん入ります。高田高校には毎年行きたいです。沖縄からも、早く来たらいいさぁとメールが入ります。早く行きたいです。福岡からも元気なメールを沢山頂きました。ありがとうございます。

夜9時から渋谷のセルリアンタワーで教え子で税理士の島添君と仕事の話をしながら、今年を振り返りました。いろいろありましたが、彼らと一緒に仕事ができたことが僕にとってはもっとも嬉しいことのひとつでした。教え子と大きなプロジェクトを担当できるなんて、そう誰でも経験できることではありません。今僕らはいくつかのビッグプロジェクトに直面しています。それを乗り越える自信がありますが、その裏には絶対の信頼関係があります。エキサイティングなことであります。

来年はさらに飛躍できるように自分自身を磨こうと誓いました。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月18日

教え子からのメール

僕が始めて大学でおしえるということを経験したのは今から17年前の神戸商科大学での講義であった。一緒に欧州の弁護士が書いたEC法の本を翻訳したのが縁で、当時同大学で教えていた平先生(現大阪市立大教授)からのご紹介で教えることになりました。

その当時に学生だった神田さんが、僕にとっては第一期生となるのですが、なんと米国でパイロットになり、現在アリゾナで大活躍をしているではないか。毎年カードをいただいている。まあいろいろな教え子がいましたが、プロのパイロットになって大空を飛んでいるのは彼女だけであります。頑張ってください。

その後2期生にはANAのCAになった方もいて、まあ何故か飛ぶ人ばかりですが、みんなそれぞれ元気に頑張っておられます。15年前というとみんな30代半ば過ぎですね。時間が経つのは本当に早いです。僕も30代だったから一生懸命にしゃべっていたのだろうなあと思います。懐かしいです。

今日はそれにしても眼が回る忙しさでした。てきぱきやっても次から次に。。。。嬉しいことです。が遊ぶひまが全くないですね。

| コメント (2) | トラックバック (0)

あちこちからヤマト運輸応援メール

数日前のブログに「頑張れヤマト運輸」を書いてから各方面の知り合いの方々から応援メールをいただきました。ありがとうございます。昨日の夜には名古屋のN社長からもいただきました。

一昨日には大阪の未だお会いしていないけれどもメール交換しているMさんからも嬉しいメッセージをいただきました。Mさんとは、僕がこの春へこんでいたときに、気持ちをもリあげるために書斎で「ヒショー!!(飛翔)」と叫んで思わず検索したときにヒットしたあるブログの製作者で、思わずメールを差し上げたのがきっかけです。

ブログの公開でこうしてご縁をいただくこともあるので、大切にしないといけませんね。
その一方でミクシーなどでは相手のことを考えずに、メンバーに相談事をもちかけるマナー違反も目立ち、難しさを感じます。グループ運営の難しいところでしょうか。

さて今日はこれから終日資料集めです。ちょうど年末なので廃棄も含めて、新旧交代といったところでしょう。やはり整理は廃棄が原則ですね。思い出も多いけど、どこかで断ち切る勇気も必要かなと。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月17日

立会い、おねがい、談笑

今朝もランチまで自宅事務所で動き回り、午後一番からいざ出陣(!)でした。久しぶりに毎日新聞社の周りの運河などを眺めながら、前住友商事のあったビル前をとおり、共立女子大学の前を右折して、高速道路の下を運河清掃船の作業を眺めながら竹橋散歩となりました。

ここに僕が顧問を務める会社があるのです。業容拡大で事務所の移転を検討していて、今日はオーナーやインテリア会社と打合せをしながら最近の都心の事務所の状況やらをいろいろと話し合ってきました。不動産業界でも2極分化がおこっていました。

その後事務所で仕事を済ませて、先般先端研で講演いただいた工藤先生にお礼を述べ、夕方からは銀座事務所で会議です。つぎつぎと業務が拡大して、人事が当面の課題です。税理士試験の結果発表があり、泣き笑いがありました。島添君としばらく話し込んで、その後は僕が兄と慕う憲ちゃんのレストランで用事をおねがいして、軽めに食事をいただきました。

憲ちゃんは以前プロの歌手だったので音楽のことが詳しいのです。ビートルズの楽曲の基本リズムがラテンであることをじっくり教えてもらいました。しかし世界の多くのバンドがドラミングをロックの8ビートで叩くと、微妙にまったりしたメリハリが少ない音楽になってしまうことも教えてもらいました。確かにそうです。憲チャンがドラムを叩いて、その違いを教えてくれました。リンゴが入ってからのビートルズの楽曲が圧倒的に支持を得た理由のひとつに彼がラテンバンドにいたドラマーであるということがあるそうです。いやはや勉強になりました。奥が深い話です。

その後正輝君が出演するアビーロードに立ち寄り、彼としばし談笑。今日は仕事があってゆっくりできないので1時間だけ一緒にいました。彼から借りたビデオをお返しして、来年のことなどを話してきました。益々頑張って欲しいです。最初のセットだけを聞かせていただきました。難しいキーボードの曲であったり、ギターが故障したりと大変でしたが、無事に一回目のステージを終えました。また近々遊びに行きますね。

帰ってから緊急の仕事もあり、ようやく一段落しましたよ。明日からは琉球大LSの講義モードになります。世の中が動いているので国際取引法は大変です。頑張ります。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月16日

40年来のお付き合い

CIMG1857.JPG

久々の休みだったのでサンデージャポンまでぐっすりと寝て、ようやく寝不足解消しました。まあ土曜日の講義が毎週あったので、実質日曜日だけが休日でしたが、それも今年で終わりました。来年度からは大学院は水曜日夜に講義しようと考えています。たいした理由はないけれどなんとなく水曜日がいいかなと。。

午後からは僕が中学一年生からお付き合いくださっているふみ姉さんの家に遊びに行ってきました。御年80歳になられましたが益々元気で、仕事も現役で、海外にも行き、渋谷の快適な高台のマンションでのんびり生活なさっています。ご子息と僕が中学校の同級生ですから、人生の8割くらいの長い時間を、たまにではありますが、一緒に食事をして楽しく会話させていただいてきました。

僕にはこうして長くお付き合いいただいている方がいらっしゃってくださるので、いつまでも昔を引き合いに出しながら楽しく語れる場所があります。幸せなことです。80歳ではありますが、一人でひまなときにはケントスやらケネディーハウスに顔を出してツイストなどを踊っています。若いですね。

今日は彼女のフルコースをいただいてきました。4時間掛けた手作りのパン、ミートローフ、昔ながらのキャベツをくりぬいて固形燃料を入れて、卓上BBQセットをつくりそこでマシュマロやソーセージを焼いて食べるという(40年前と同じやり方です)ことまで演出してくださいました。デザートもパイナップルのチーズケーキ、これはもう絶品で涙が出そうなくらい旨かったです。スープも手作り。マッシュポテトも最高でした。ご馳走様でした。

さて明日からまた一週間ですが、実質来週が年内最後の業務週間です。琉球大集中講義が始まるのでやむをえません。静かな幸せな一週間になりますように。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月15日

人生相談から大宴会へ

大学に身をおいていると学生からいろいろと相談を受けます。今日もまず昼過ぎに女子学生から「これからもいろいろと相談に乗ってください。」とあいさつを受けて、彼女の悩みやら意見やら考えを聞かせていただいた。しっかりした考えをも持っていて、ご両親も家族も立派な指導をされていらっしゃるので僕がとやかく言うことは何もないのですが、彼女なりに悩みもあるようで、聞いてあげることも大事だなと感じた。

EU法で学部の最終講義は全部終わりました。今年のEU法受講生はみんな気持のいい連中ばかりで、途中数名私語がひどく除籍処分にしたが、残ったメンバーは楽しい連中でした。毎回遅刻する紋子も含めて楽しい一年でした。

おわってから昨年度の1年ゼミで教えたK君が部屋にやってきて、「辞めて働くことを決めました。」というので詳しく聞いてから「辞めて頑張りなさい」と伝えた。細かなノウハウを全部伝えて、これからも一緒だからな!と話し合って気持ちよくわかれた。彼は辞めて突き進んだほうがよいのだと僕は感じました。しっかり僕の眼を見て意見を言ってくれたので、肩を押しました。頑張れ!!

今日は静かなキャンパスです。今日は友達からたくさんメールが届いて、みんなそれぞれの場所で忙しく目標に向かって頑張っています。仲間力も大事ですが、今日は各自が各自のフィールドでしっかり頑張っているぞメールが多いので、報告はし合いながらも、孤力が際立っている一日です。

さて大学院の講義中に大学学部の学生が13年前に僕が就職した年のワインを記念にともってきてくださいました。なんだか、すいません。嬉しいやら恥ずかしいやらで、なんとお礼を言っていいか。さてこれから大学院の忘年会です。早めに切り上げないと。。。

と思って参加したらなんと30人もいるではないですか。嬉しいことです。最初誰が何を飲むかなんて幹事が聞いているから、ついつい「生ビール30だろうが」と突っ込みを入れたら、「うーーん、飲めない人もいるので一応ウーロン茶も7つほど。。」などど分けのわからない答えがかえってきた。まあいいっか。挨拶から始まり、ゲストのお言葉、などもあり、わが眼の前の生ビールの泡はへたってしまい、おおよそ4センチも沈下しているではないか。飲む前におねーさんに小声で「生ひとつ」と頼みながら、私の乾杯の挨拶になったので20秒で挨拶を終えて、ほとんどふぐはぐしか言ってなかったのだが、「かんぱーい」だけは大声でして、一気であります。

後はどうなれ、といった感じで楽しい宴会は10時過ぎまで続いたのでありました。。。。

| コメント (1) | トラックバック (0)

2007年12月14日

今半を頂く

昼に顧問先の会社に顔出したら、いきなり、「今日の会議でまず舛井さんの所信表明をしていただきます!」とトートツに言われて少し驚き目が覚めました。そんなわけで、今日は昼からあまり経験がない分野での会議がありまして、私の親分のK松さんにご指導を仰ぎ、何とかキックオフミーティングが無事に終わりました。時代は変わり、まあいろいろとニーズにあわせて仕事のスタイルも変えていかなくてはいけません。3時間びっしり会議と資料の勉強をしました。

終わってから新宿に直行しました。飯塚のご出身で仲良くしている方の母上が上京してこられたのでみんなですき焼きを頂きました。今半は上手いです。今日は忘年会ピークということもあり、空いてる時間は5時からというので早めの晩飯でした。が旨かったです。電話やメールでは連絡取り合っているのですがこうしてご飯を頂くのは貴重なことなので、2次会もゆっくり歌を歌い、あっという間の楽しい時間は終わりました。もともと忘年会というのは参加しないほうなので、後は仕事関係でいくつか夕食の会はありますが、忘れたい年というのはあまりないので忘年はしたくないです。

明日は大学院と最後のEU法講義があります。夜は大学院の集まりがあり、いろんな意味でけじめになります。

前のブログで書いたフィラデルフィア出身者のドリームバンドの投票結果は以下でした。訂正します。

ボーカル:パティ・ラベル、テディ・ペンダーグラス、ホール&オーツ
ラッパー:ウィル・スミス
リードギター:アラン・ジェームズ(NYのアーチストだそうです)
サイドギター:グレッグ・デイビス!!!(お友達です)
キーボード:ロブ・ハイマン(元フーターズ)
ベース:スタンリー・クラーク
ブラスセクション:グローバー・ワシントンJR(サックス)、ディジー・ガレス
ピー(トランペット)、ブレッカー・ブラザーズ(マイケル:サックス、ラン
ディ:トランペット)
ドラム:ミッキー・ローカー、ロニー・クロフォード

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月13日

午後から大学へ

昨夜は和歌山のロッキーが訪ねてきてくれて久しぶりに話し込んでしましました。今朝は自宅でばたばたとした後に一緒に高田馬場に出てそこで別れました。彼は仕事へ僕は大学へと。今日は僕の国際取引法の最終講義の日です。

その前に再来週行く新潟高田高校でのプレゼンの資料を経産省のHPやら法務省のHP, あるいは日弁連のHPから抜き出してまとめて送付しました。

最後の講義は静かに淡々と終わりました。終わってから多くの学生達から「ありがとうございました」とお礼を言われて、ほっとしました。何だかあまりにもフツーに終わったなという感じでした。もう18歳に語ることはないだろうかなどと考えながら研究室に戻りました。

6時まで時間があったので、いろいろと雑事を終えて、夕飯の約束のある場所へ向かいました。忘年会シーズンなのに街はすいていて、タクシーも驚いていました。何だか良くわからない12月です。今日は沢山のメールをやりとりしました。そして静かな楽しい夕飯でした。そして10時半に家に戻りました。

後は土曜日の大学院とEU法を残すのみです。ヤマトのことを先に書きましたが、今日はそれで興奮が終わってしまいました。その後淡々と時間がたっていきました。帰宅するとヤマト運輸さんからお礼のメールが入っていました。当然の応援です。頑張ってください。

| コメント (0) | トラックバック (0)

頑張れヤマト運輸

今日の日経ニュースから。

「ゆうパック訴訟、ヤマト運輸が上告:ヤマト運輸が旧日本郵政公社(現郵便事業会社)を相手取り、郵便小包(ゆうパック)の料金設定の見直しや大手コンビニエンスストアの取次店勧誘の差し止めを求めた訴訟で、ヤマト運輸は12日、控訴を棄却した11月28日の東京高裁判決を不服として上告した。木川真社長は同日記者会見し、「公平な競争を問う社会的意義からも(訴訟を)中途半端で終えるわけにはいかない」と強調した。」

宅急便の歴史については何度もブログで書いていて、郵政省含めてその導入にあたりヤマト運輸がどれだけ苦労したか、その後このビジネスモデルはおそらく20世紀で最も日本国民の生活向上に寄与したものに違いないその民間ビジネスモデルをめぐって、今ヤマト運輸が戦っています。僕は「絶対にゆうパックを使ってはいけない運動」を展開中ですが、ぜひ皆さんもヤマト運輸の応援をよろしくお願い申し上げます。

戦ってやっと導入したこの便利なシステムを力の論理で反対しておきながら自分たちも同じモデルで安価に始めるというのは僕は絶対に許しません。こんな時にこそ国民の力を示さなくてはこんなバカ官僚や宅急便反対で小倉会長をいじめてきた連中に対抗できません。絶対にお歳暮はゆうパックを使ってはいけません。

今こそ声を大きくして、がんばれヤマトと叫んでください。そしてヤマトの人が来たら「がんばってください」と声をかけてください。それだけでも違います。国民をいつまでも馬鹿だと思うなよ!で一冊書きたいくらいです。ゆうパックの参入で競争促進で好ましいなどと言う輩がいたら、僕は絶対に許しません。(怒、怒、怒)

http://www.yamato-hd.co.jp/news/h19/h19_65_01news.html

http://www.yamato-hd.co.jp/news/h19/h19_68_01news.html

このサイトもぜひ読んでください。頑張れヤマト運輸!!!!!!

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月12日

友遠方より来る

今日は朝から忙しい日でありました。朝から身動きとれずにばたばたばたばたと仕事をした後、駆け込みランチを5分で済ませて事務所に直行しました。その後顧問先の移転先オーナーとの交渉などがあり、やっと4時半にゼーぜー言いながら事務所に戻りました。はぁはぁ。。

和歌山からロッキーがやってきてくれました。いやはや4年ぶりくらいかな。いつも一緒に仕事しているのでそんなに久しぶりとは思わなかったのだけれど、会ってみるとお互いに年をとってました。早速ラッシュ直前に都心を脱出してチベット上石神井への逃避に成功しました。久しぶりにいろいろと話が弾みました。

われわれの共通の友人にグレッグ・デイビスがいます。彼はフィラデルフィアが生んだ最高のギターリストの一人で、和歌山に結婚して住んでいたので仲良くしていたのです。今はアメリカに戻ってロックをやっていますが、フィラデルフィア出身者でドリームバンドを作るとしたら誰を選ぶかというアンケートで、堂々サイドギターリスト1位でした。ちなみにリードギターはMR.BIGのメンバーだったような気がします。彼のステージはとにかくマジシャンのような手の動きで、みんなでBBQをやりながら良くきかせてもらいました。なんという贅沢。。早く戻ってきて欲しいですね。

夜半まで話して朝も早いので寝ることにしました。いやあー今日は時間単位あたりの集中度ではかなりの線を行ってましたね。もうぐったりです。来週の沖縄行きがとにかく仕事が忙しくて、そして諸般の事情で年末の琉球大の集中講義のときにまとめてできるように全て延期させてもらいました。そのために沖縄の仲間の具志堅さんや他の方々に迷惑を掛けて申し訳ないっす。このお詫びは26日から埋め合わせしますので。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月11日

ライセンス

政府の許認可については、一部の官僚天下り的無意味不透明許認可のようなものには反対ではあるが、それが時代のニーズに合って、かつ社会的に必要なものであれば、大賛成ではあります。今日は終日ある許認可のための準備作業に追われて、一歩も会議室から出ることができなかった。

しかし、集中して法令の読み込みやらマニュアルを作成していると、この個人情報が抱える今の問題が大きくクローズアップされて、大変良く理解できました。しかし管理体制やら監査などを考えると企業の管理費用というのは本当に飛躍的に増えていく時代なのだと改めて感じました。日本版SOX法も来年から本格的になるし、全て企業の不祥事が招いたものだけれど。

IT化で人間の生活は便利になった反面、ITの弊害もクローズアップされ、最終的には人間はどういう社会になったら幸せなのかということを考えさせられるテーマであります。個人情報の漏洩を議論していたら、最終的には全て紙媒体でのやりとりに戻るような気がします。それが一番安全だと。PCの社外持ち出し禁止、鍵やパスワードの設定、暗号化による管理、PCをチェーンで机に括りつける、記憶装置は除去、、、誰も見れません。。。。。ところで掃除のおばちゃんはどうして勝手に事務所に入れるの???掃除会社と秘密保持結んでいるから大丈夫??おばちゃんはそげんこと知らんばい????

やれやれの構図ではありますね。

そんなことで夕方まで缶詰でした。大学行事にも参加できずにすいませんでした。その後はM先生とクリニックの方々と慰労会です。僕は忘年会にはでないのですが、ここは別です。みんな家族のような付き合いなので、いつも必ず参加させていただきます。ともに代替のきかない職業なので、ストレスや不安なども同じ内容です。相互にしっかりヘルプしあえる関係でいたいのです。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月10日

自宅事務所から一歩も出れずに

海外からの緊急の用件で、今日はとうとう一歩も事務所(自宅内シンクロオフィス)から出れなかった。終日外の空気が吸えないというのは、まあ入院生活でもしないかぎりないのかと思いつつ、とほほな一日ではありました。

しかし、楽しいこともあります。ファイアーグロウの手島君からお借りしたビデオをダビングしたり、また今月のクリスマスイブからクリスマスにかけて新潟出張する高田高校の植木さんから、参加者リストが届いたりして、いよいよ年末が近づいたなという気分になってきました。高田高校では82名の参加者があるそうです。高校2年だけだから相当な数ではありますね。法学部志向が強いのでしょうか、嬉しい限りです。

この時期は家にいるとお歳暮の配送やら、また銀行の新人君が営業にきたりと結構「ピンポーン」が多いのに驚きました。病人でも寝ているひまがないくらい、次から次へと千客万来状態でありました。いい気分転換にはなりましたが。八千代銀行の金沢君はまだAFPを取得してないので、早速受験するように指導をしました。

続いてきたのは回覧板です。そうか、まだこういったものがあるのだ。と感心してしまいました。昔は良くあったのを覚えていますが、最近は隣家を訪ねるという風習が乏しくなって消えていたと思ったら上石神井にはまだまだありました。

結構しっかり仕事を済ませて、早目の夕食ー風呂ーテレビタックルービールというパターンになりました。都会に出ないとなんと静かな一日でしょうか。こんな日の終わりに伊集院さんの小説でも読んで寝れたら幸せです。所詮仕事は仕事の忙しさなど自己満足に過ぎませんが、僕のように40過ぎてからも上を向いてやりたいことをやり続けてきた人間はどこまでやれるかを試したいという夢があるのです。それが徒労に帰するという側面があってもやりたいのです。(汗)

| コメント (1) | トラックバック (0)

2007年12月09日

年賀状準備やらの日曜日

師走の声を聞いてからあっという間に10日目になろうとしています。何もしないで過ごしてしまったような気がしてならずに、年末やるべきことを書き出し、取り急ぎ年賀状の文面を考えました。二つ作っておいて来週辺りに印刷に入ろうと思います。

そんなことをしていたらもう夕方です。人生の速さを感じるような1日でした。冬至までは日が短くなりますが、それを過ぎたら一日一日、日が伸びて行きます。今は堪え時です。昨日帰りにCD屋さんを覗いたら、欲しい歌手のCDがほとんどカバーばかりでした。夏川りみちゃんもカバー曲集、徳永さんは言うまでもなく第3弾ボーカリストで全部カバー、ユーミンの四季は全部昔の曲の入れ替えでボーナストラックのCMソングだけ新録音、杉山清貴も海外カバー曲集。

好きな歌手の曲はベスト物でもいいのですが今の声で録音しなおしてくれといいですね。残念であります。結局買わずにかえってきました。

一段落したところでお礼状を書いたりして、やっと声を聞きたかった仲間の松っちゃんと話ができました。いろいろと忙しいことや悩み事もあって、お互いにじっくり話せないのが残念ですが、年末までにはゆっくり会いましょうね。ロースクールの試験結果待ちの啓介君にも電話をしてしばし話し込みました。

各人がそれぞれの悩みを抱えて頑張っています。会って話し合うことでやわらぐこともあります。仲間力、共食力(ナカマリキ、キョウショクリキ)=僕の造語であります)というのはそういうものだと思います。

来週は和歌山の舎弟で弟分で17年目の付き合いになるロッキー(弘樹から命名)がやってきます。いつも僕の翻訳の手助けをしてくれている日本でトップクラスの翻訳家です。翻訳以外でも才能のあふれた逸材で、本当に助けてもらっています。久しぶりに東京で暴れようと思います。そして来週はいよいよ学部最終講義です。思い残し無いように話してこようと思います。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月08日

落ち葉が舞い散る

写真を撮ってくれば良かったと思うほど今日の大学の中のキャンパスは落ち葉であふれ返っていて素敵でした。講義する部屋からもあまりにきれいなのでみんなで眺めたくらいです。来週まで残っていたらアップします。

さて後2回と迫った土曜日の講義ですが、EU法は今日から2回でM&Aを講義します。毎年日本企業による英国企業の買収でEU法は終わります。長かったけれど自分の経験から、実際に担当した案件を分かりやすくまとめるので、買収交渉の緊張する空気が伝われば嬉しいです。

途中一時間の休憩時間に事務所の宮田主事と雑談をしてました。昔の大学の事務職は今と違って夏休みも春休みもたっぷりあって、大学によってはアルバイトを黙認していたところもあるくらいです。しかし今は教員も事務職員も雑事に追われ、本当に休みが少なくなりました。時代の変化はこういったことろでも感じることができます。

気になることもありました。学部生で講義を聴いていても顔を背けたまま、質問をしても答えず、人の目を見て話すこともせず、社会から逃避しているようなまなざしで大学に通う学生が何人かいます。全部の学生に目配りはできませんし、話しかけてくる学生は元気で前向きな連中ばかりなので、ついついそういった悩みを抱えているような学生には大学としても社会としてもケアが足りないと感じることがあります。

もう去る身なので学部生との会話はなくなりますが、是非主事や周りの先生と話す機会をどんどんつくり、相談ごとがあれば遠慮なく来て欲しいと思います。これまでに多くの学生たちと食事しながら話して、前向きになってくれたケースがたくさんあります。でも一人ではできません。せいぜいゼミ生全員の顔色を観るくらいです。両親が放棄しているような印象を受けるケースもあります。辛いだろうけど、足を運んできてください。できる限り話し合いたいと考えていますので。

大学もどこまでケアすべきかは難しい問題ですね。少なくとも国士館大学は主事制度の存続から見て他のどこよりケアに関しては頑張っている大学であると僕は思います。僕はいつもこう話します。最も辛いことは仲間がいない存在であり、目標が掲げられないことであり、社会における自分の存在価値が確認できないことであるとおもいます。そのために狭い殻に閉じこもらずに、心を開いて、多くの人と話すことだろうと思います。そのためにも少ない人間といつも篭ってしまっていると、彼らと別れたときに何も残らないことがあります。ゼミでもサークルでもアルバイト先でも地域でも、積極的に顔をだして、そして愛されることが大事です。自己主張はその後ゆっくり時間をかけてやればいいと思います。経験のない自己主張などたかが知れています。聞くことと聞いてもらうことを鋭角感覚で行わず、広く受け入れることです。

今僕は様々な人たち、グループの方とお付き合いがあります。仲間だと思っています。彼らとの時間もそう多くは取れないのが現実ですが、それでも週日はほとんど外で誰かと一緒にいることが多いです。もう少し家族との時間をとるべきだという批判もあり反省していますが、今僕を必要としてくれている多くの若い世代の人や、同業の仲間、顧問先、異業種に身をおく人、本を読んでくれた方々、政治家、お世話になっているお店の人や、心が打ち解けて人生の大事な部分での価値を共有するまでに至った方々などとの時間は僕の財産であり、それがまた家族に跳ね返ってくるのです。

僕はたぶん臆病者なのです。臆病な分だけ、できる限りのことをしておこうという意識が異常に強いかもしれません。そして才能あふれる若い人たちを応援をしてあげたいといつも考えています。地方から出てきて働いている若い人たちと会うと、まずご飯を沢山食べているかどうかが気になります。孤食ではないかとも気になります。そんなことを考えると夜半に電話で無事を確認することも多くなります。そんなわけで家族との時間が減るのが申し訳ないと思いますが、その分将来にわたって多くの人たちが自分達に会いに来てくれるような、そんな関係を一人でも多くの方ともてるようにと今頑張っています。人生はまだまだ長いです。動けるときには僕が足を使い、動きにくくなったら来てもらえるように頑張りたいと思います。

頑張らなくてもいいよ、という声が聞こえてきますが、そうは行かないのです。僕には僕の信念があります。信念があるからここまでこれたのですから、絶対に変えません。このままからだが動く限り続けます。体力知力気力が続く限り、多くの人と会い続けたいと願っています。そんなことを今日は強く感じました。

| コメント (1) | トラックバック (0)

2007年12月07日

久々の仲間と

昨日から今日にかけては忙しい一日でした。業務の関係で西へ東へと移動がありましたが、夕ご飯は久しぶりの仲間たちとおいしくいただきました。そんなときに知り合いのM君から事故の連絡が入り、早速保険会社と交渉をしたりと、あっという間の一日でした。

また緊張する仕事も入り、ようやく今日の午後二時過ぎに一段落して、それから昼をいただきました。久々の緊張感で楽しかったです。時差を利用して仕事をしていても、緊急問題が発生すると時差が消えて、外国とリアルタイムの交渉やら作戦に入ります。弁護士の宿命ですね。

そういう合間ののんびりタイムがとてもうれしいです。琉球大学での講義も準備が始まり最新情報をたくさん集めて月末から那覇に入ります。最新情報を集めながらも、世界は動いていることを実感します。楽しい事です。眠っている暇はありませんね。

ウェブで炎上したケンタのニュースは今日謝罪があって嘘と判明しました。が、この手の都市伝説は昔からあり、古くは僕が大学時代に起こったニャンバーガー事件あたりが最初でしょうか。いわなくてもわかりますよね。牛丼事件があったばかりなので困ったものです。しかしIT時代には売れないタレントのブログに火がついたり、アルバイト社員のブログが話題になるなど、いわゆるどーでもいいブログが「社会的に」話題になること事態が異常ですね。無視して終わりの案件ばかりがこうしてクローズアップされるのも見ていると、話題づくりに利用するものが登場して、もっと大事なものを見る時間が奪われる気がします。

なんとかならぬかどーでもいい個人ブログ。。。

さて今夜は夕飯の約束がありません。久しぶりにぶらっとご無沙汰しておるところにでも顔を出して帰ろうかな。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月05日

朝一番で起こされるの巻

今日は父が北海道に旅行するので朝一番で目がさめ、しっかり説明して送り出しました。まあ年齢が年齢なのでいろいろと心配ですが、無事に予定通り札幌に到着。一安心。その後一眠りしようと思ったら電話ががんがんなり、結局そのままおき続けて事務所に行きました。

途中旅行者で12月の沖縄の出張のアレンジを確認して昼に到着。パソコンもようやく復活して、いざ。アウトルックからベッキーに変えて、まあ今日は無事に終わりました。僕らの仕事はパソコンがないと何にもできないことがわかった昨今であります。

夕方になって20年来の友人達と夕食でした。京矢というお店で、まあ満席なのにシェフが倒れて入院騒ぎを起こして、結局ナベだけ食べて解散となりました。その後ラミーズに顔をだして、軽めにおなかを膨らませて帰りました。

街はクリスマスムードですが、僕にはあんまり関係なく、淡々と過ぎて行きます。ここ10年来、忘れたい年がないほど毎年充実していたので、忘年会を断り続けています。その分フツーに過ごすことになるのですが、街もタクシーもやはりこの時期はうきうきしている感じです。それでいいのですね。

明日も朝から忙しく動き回ります。師走です。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月04日

凄いビデオゲット

僕が長年追い求めていたビデオを借りることができました。僕が大好き応援させていただいているファイアーグローのベーシストの正輝君から彼のお父様がドラムを担当している九州田川のビートルズトリビュートバンドのフライングエレファンツ(FE)がカーネギーホールで公演したときのものと、ビリープレストンと東京で共演したときのフルカバーのビデオをお借りしました。

いやはや、なんというバンドでしょうか。このバンドを知ったのは1993年。NHKの番組と「タモリの世界は音楽だ(だったかな)」に出演したのも見たのがきっかけで彼らのCDは全て集めたのですが、ビデオはなかなか入手しにくく、ようやくご対面です。

これがご縁で正輝君のファンにもなれたので、本当に嬉しいです。FEは自作のオリジナルCDも出しているので、そこが他のトリビュートバンドとは違うかもしれません。技術的なことは僕はわかりませんが、誰からも愛されているバンドであることは間違いなく、特にドラムの手島さんのほんわかした雰囲気はバンド全体を包み込んでいて、大好きです。テクニックだけならつんくの「完コピ」しちゃいましたで十分ですが、プロにはない、何かハートがあるから人は観に行くのだと思います。

アビーロードのほかにキャバーンクラブも六本木にはあります。昔からありますが、そこも素敵です。でもそこでは昔からコピーでない人がステージに立つことがあり、それが僕は大嫌いで行ってません。今も歌手のTYさんがたまに参加しているようですが、そういった異なる遺伝子は僕は堪えられません。トリビュートを観に行く人の気持ちが全くわかっていません。

歌の上手さを競うならそっちでやっててください。トリビュートの聖域にこういった歌好きには来て欲しくありません。昔のキャバーンでドラムがリードボーカルのコピーバンドがいましたが、それを聞いて僕は料金を払わずに店をでて、それ以来行ってません。僕が際物なのではなく、誰もがそういう思いで観に行っているのに、ビートルズ大好き人間が歌うのは少なくともマナー違反です。それはお遊びでしかなく、バンドにも失礼だと僕は思います。

| コメント (0) | トラックバック (0)

動き取れず

今日はどうしてもパソコンの前から動くことができずに、外でのアポは全部先延ばしにさせていただきました。すいませんでした。

暖かく感じた昼間でしたが、夕方になるととたんに冷えてきます。風邪がはやっているせいか公共の乗り物でも咳こむ人が多いです。肩身が狭いだろうなあと思います。せめて防菌マスクをするくらいの配慮はして欲しいですね。

仕事のことはあまり書けませんが(笑)、日経ニュースがこんな記事を配信してました。
「博士就職難に救いの手・大学や学会、企業に売り込み
 就職難に苦しむ博士号取得者を助けようと、大学や学会が相次いで支援策を打ち出している。国の方針もあって博士は大幅に増えたが、多くが定職につけず、ポストドクター(ポスドク)といわれる任期付き研究者として生計を立て、高齢化している。大学などは企業との接点を広げたり、インターンシップ制度などを通じて社会人としての実践力を身につけさせたりして、研究者の進路拡大を目指す。

 日本物理学会(東京・港)は今秋「キャリア支援センター」を設立した。研究者の専門分野や就職を希望する職種、各企業が求めている人材などを網羅したデータベースを来秋までに作成。研究者や企業が照会できるようにする。応用物理学会(東京・千代田)はポスドクが求職中であることを示す「キャリアエクスプローラー」マークを作成、10月から運用を始めた。」

前にも書いたのですがポスドクの問題は本人の社会のニーズの把握の甘さもあるのだと思いますが、それでも企業側にこういった配慮して欲しいということももちろん感じていました。僕は日本の大学は自分の専門性にずいぶんとしがみついているなと感じていました。多様性というよりもものの見方が斬新な人間をもっと採用しても良いと思っていました。経済を出たら何か経済の知識がつかる部署とかそういったロジックではなく、文学部の人間を営業に採用するとか、コック経験者を経理に回すとか、24-5歳までの経験なんてどうにでも修正できます。大事なものは柔軟性と視点の面白さです。だからたかが学部程度で期待をしないのが一番です。ポスドクももっと広く活動範囲を広げたらよいと思うのです。あんまり書くと叱られそうなので辞めますが。。。27歳の人間の専門性なんて知れてますよ。。。

明日はカナダBC州政府時代の仲間達と会います。久しぶりです。僕が30代の元気な頃を知っている人たちなのでいつも楽しみにしております。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月03日

帰京後即激論

朝一番でもないけど7時の新幹線で品川に8時半、浜松町まで山手線に乗ったら死にそうだった。いやはや、東京は凄い人だわなぁ。汗かいて事務所にたどり着きました。たどり着いたら僕のPCが新種のウィルスで入れ替えすることになり、なんとまあ不便な一日でした。USBを持って右往左往であります。

加えて2つのプロジェクトが同時進行で、これらが全てPCがないと話にならず、疲れ果て明治記念館へ突入です。長年本当にお世話になっている日本ブロードビジョンの本社の社長が来られて、一緒に仕事をしました。3時間みっちり話して、夕方再び事務所へ。。

まだまだPCは直らず、監査役を務めるみらい法人へ仕事場を移し、銀座に向かった。会議をしながら、なんとか片付け、その後20分だけ銀ブラをして夕食の約束の場所に直行しました。なんだか生暖かでコートが要りません。

夕食後、横浜の労災病院循環器科のO先生とお会いしてしばし歓談。先生とはお会いするのは始めてですが、僕の本「超勉強法」を読んで留学を志して実践された方で、以前から一度早くにお会いしたいと願っていたのですが、今夜ようやく実現しました。嬉しいです。先生はカテーテルなどの心臓の治療の専門家で、新進気鋭のお医者さんです。本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。

先生と別れて今日の仕事は終わり、家に帰りました。途中衆議院の若手の議員さん(Kチルドレン)で仲良くしているI先生から電話をいただき、急遽明日会うことになりました。いろいろと動いているようで関西方面のお話の様子、明日楽しみです。

名古屋に行ってましたとブログに書いたら10年前の教え子の小池君が「名古屋に今います」とメールをくださいました。今度行くときには連絡しますからね、すいませんでした。でもメールくれてありがとう。会いたかったです。仕事頑張ってください。景気もいいようだし。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月02日

みゃー名古屋でござる

今日は午後から名古屋でもっともお世話になっている西尾さん、そしてカナダからの伊藤さんと一緒に打ち合わせを兼ねて一ヶ月ぶりの顔合わせでした。いつ来ても名古屋は元気一杯です。

打ち合わせ場所はいつもつれていってくださる一切広告をしないお店で、これがおいしいのです。ブログにも書いているので西尾さんも心配してろくなもの食べてないでしょうという前提で、いやはやおいしいご飯でした。メインはフランス産の雷鳥でした。

そして何よりコシを抜かしたのがワインであります。自宅から秘蔵ワインをもってきてくださいました。1973年のシャトー・ムートン・ロートシルトでこれまでいただいたワインのなかで最高でした。どんどん味が変わってゆくので、食事の最初と最後ではまったく異なる味でしたが、最後まで美味しかった。

それもこのワインが古いのでひょっとして変質していたらということでリリーフピッチャーまで用意しおいてくださいました。さしずめ、ダルビッシュで登録しておいて、万が一の場合に成瀬を連れてきたようなものです。

1973年に5大シャトーの5番目に加わったムートンですが、その加わった年のワインなのです。ラベルは有名な画家が描くのですが、この年はピカソでした。1973年にピカソは死んでいるので、おそらく最後のほうの作品だったのでしょうか。驚きの夕食でした。

ホテルに戻り感動の余韻に浸って今夜は寝ます。西尾さん、ご馳走様でした。

明日からまたばたばたとします。いよいよ12月始まり始まり。

| コメント (1) | トラックバック (0)