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2007年10月31日

10月も終わり

今朝は長い期間交渉を続けていた合弁がようやく無事完了した。関係者へ説得が終わり、内容が合意された。気分良く一日を始められたと同時にまた新たな出会いがありました。仕事関係はこうして仕事を通じてまた拡がっていきます。

昼からは月末の締め業務があり、ばたばたと電卓片手に一気に終わらせました。途中近くのラーメン屋さんに駆け込み、5分で食べて、そしてまた雑務を終わらせました。一段落してバウムクーヘンとカフェラテを買いに行き、牧野さんと話しながら、夕方まで事務所でした。

今日はお祝い事があり、地方の方からの祝儀なども立て替えて、お祝いの席に駆けつけました。プライベートなお祝いなのでじっくりヨロコビを分かち合いました。終了後家に戻り締め切り近い原稿を書いています。突然ですが、防衛省とアメリカを怒らせると怖いなあと感じます。守屋問題はどこでどういうけりがつくのか想像がつきませんね。

神無月も終わり、神様がみんな出雲への出張から戻られるそうなので悪いことは今日でおしまいですね。「鹿男、あをによし」を読み終えたのですが、この小説も神無月の話なのです。面白かったぁ。久しぶりに笑いながら読み終えました。

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2007年10月30日

特記事項のない一日

淡々と過ぎた一日でした。おそらく大学の教授の仕事が一段落する来年度はこんな日々になるのかなと思う一日でした。直江津の友達から年末来るなら待ってますよー、との連絡を頂き、今日は早速12月に行く高田高校の宿泊手配などを済ませました。

また年末に集中講義で向かう沖縄の宿泊手配9泊分も済ませました。今年度も全部那覇テラスにお世話になることにして、あわせて航空券も手配したのですが、JALの新しいファーストクラスは全部売り切れでした。いやはや、みんな景気がいいです。ANAのスーパーシートがやっと取れたので、3往復分全部予約しました。

今日琉球大のロースクールの応募状況をチェックしたら170名近い受験生がいて、驚きました。昨年の倍です。やはり合格率が高いと応募者は増えます。ありがたいことです。定員は30名なので6倍近くになります。東京会場の受験者だけでも100名です。嬉しい悲鳴であります。

明日は大事な会議が朝からあるので早めにゆっくり休みたいと思います。今日10月分の作業の整理をしていたら、つくづく僕は渉外弁護士だなあと感じました。海外の企業とのやり取りがホントに多いです。7割近くが北米クライアントです。一生懸命に期待に応えたいと思います。

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2007年10月29日

楽しく忙しい日

月曜日がまた始まりました。体調もよく、今日は朝家で仕事済ませて11じから新宿で大変お世話になっているIT業界で超有名なSさんと一緒に会談。今後のことをいろいろと話し合いました。ランチもなく、コンビニで買い込んで事務所に直行です。お稲荷さん、天むす、鶏がらスープです。

午後は契約書をしっかり作成しながらそれらを翻訳してもらい、夕方には固めて米国の関係者に送ります。明日朝には回答が届きます。こうして時差を利用しています。その後2つプロジェクトを整理して、今夜の夕食を一緒にいただくために吉祥寺向かいます。約束の時間まで少し余裕があったので、津田塾の学生のゼミ論指導のためにうちあわせ、指導をして、約束のお店に到着。

今夜は琉球大の教え子で、元商社マンの松ちゃんと二人で夕食をいただきました。梅の花です。相変わらず旨いです。今日は先斗町コースいただきました。その後連れ立ってカヤシマに顔をだしたら主治医の松倉先生が商店街の青年団の会合でちゃんと飲んでいます。先生の顔を見たら何だか体から毒素が消えて行くような気分になります。これも医術です。凄いことです。

カヤシマの夜はこうして(素敵な仲間達とともに過ぎていきます。帰宅したら仲良くしているM嬢から「新しい職場で始めてのブログを書きました」というメールが来ているので早速電話で楽しく話しました。今日で3日目のお仕事で不安いっぱいだったと思うのですが順調な滑り出しです。よかった!

さあ今年も後二ヶ月だ。気合を入れてとりかからないとあっという間に終わってしまいます。今年はいろいろ切り替えの年であり、済ませるべきことがたくさんあるので、いざ出陣である。来月は北海道、関西方面と出張が続きます。こうして今年も僕の旅は続きます。

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2007年10月28日

ようやく日曜日、そして結婚式

今日は久しぶりに10時まで寝ました。ぐっすり爆睡して、礼服に着替え、東京プリンスタワーに向かいました。衆議院議員の野田毅先生と待ち合わせて、知り合いのT氏のご子息の結婚式に出席してきました。300人の式というのは始めてでしたが、式場が素敵で、しっぽりとしたいい披露宴でした。

先生はもちろん主賓なのでトップバッターで祝辞を述べなくてはいけませんでした。さすが話は慣れていらっしゃるので、快適なスピーチでした。週末は地元に急に戻ることも多いので前日まで出席できるかどうか心配だったのですが、秘書の方からも大丈夫そうと聞いていたので、天気とともに最高の披露宴となりましたね。

1時から5時まで4時間の間にゆっくり昼食をいただくことになったのですが、普段は10分程度のランチもあるので、まあ私的ギネス記録ですね、この長さは。料理もおいしかったし、ひさしぶりに北見市議の鳥越議員にもお会いできたので楽しかったです。

このT氏の会社にはわが国士館大学の前応援団長の力也が就職していて、今日はOBも多く来られていたので、さしずめ頭下げっぱなしに一日で気の毒でしたね。でも国士館は先輩後輩の関係が昔ながらの序列があるので、良い意味でも悪い意味でも今日はほほえましい一日でした。僕が国士館を辞めた後に思い出をこめて小説を書くとしたら、力也だけは実名で登場させることにしています。本当にいいやつで、僕は大好きです。一生元気な間は面倒を見たいと思います。頑張ってください。

披露宴の途中に松坂の情報が刻一刻と入ってきて、はらはらしましたが、勝ちました。よかったです。明日胴上げでしょうか。だとするとなんという星の下に生まれているのでしょうか、大輔は。いつまでもエースを張ってください。

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2007年10月27日

大学まで雨、帰りは大雨

秋雨、台風で大荒れでしたが、不思議なことは起こるものです。今朝は雨もひどかったので上石神井駅まで歩いて、駅でタクシーに乗ろうと思ったら並んでいるのでギブアップ、電車にのることにしました。土曜日はめったに各駅普通電車に乗らないのですが、なぜか今日は乗りました。次の駅でふと前を見ると知り合いというよりお世話になっているTさんとばったりお会いしました。

話しながら大学まで行きました。なぜ不思議なことなのかは今日はわかりませんが、このTさんとの出会いが、何だか二人の人生を強く引き合わせる神の意思のように感じました。これから何か素晴らしいことが起こるような、そんことを感じた日でした。それは検証を含めてまたの機会に。。。

大学での最初の講義は雨にもかかわらずいつものメンバーは全員出席してくれて楽しかったです。休憩を挟んで留学生の院生の論文指導、その後大学院講義があり、こちらも全員出席してくださり、楽しく終わりました。こういう胃が痛くなることがない講義は嬉しいです。30名くらいまでなら講義はゼミのように進められるのでとても楽です。指導効果も高いと思います。マスプロはだめです。

帰りはさすがに豪雨になりそうなので、早めに日交の黒タクを予約して大学まで迎えに来てもらいました。案の定大雨でたすかりました。家までの45分間、電話でいろいろな方と話せました。まず広島で衆議院議員秘書をしているS君と久しぶりにいろいろと話しこみました。教え子達、体調を崩しているHさん、時間はあっという間に過ぎていきます。

週末の大学は本当に気分転換にもなり、最高の一日となります。今日はオープンキャンパスでしたが、あいにくの雨でどれだけ集まったか不安です。

帰ってくると駒沢の教え子で自動車メーカーに勤務しているT嬢から、僕の美術館めぐりでもしたいなあ、というブログを読んでフィラデルフィア美術館展の絵葉書を送ってくださいました。これも嬉しいことです。優しいお嬢様で、数少ない駒沢での教え子で今も連絡取り合っている仲間です。ありがとうございました!こういう気遣いで人はとても元気なエネルギーを頂くのです。心から感謝もうしあげます。

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2007年10月26日

いやあ、忙しかった

雨の中を動き回るのはとても疲れますね。今日は朝からかに歩き状態でした。でもみんな前向きで明日に繋がるような楽しいお話とお仕事だったので、気分は上々、といった感じです。アメリカのフロリダからのお客様と午前中は一緒でした。

びっちり話し込んで12時半には台湾に出張しているメンバーからの連絡です。カレーのランチパックを抱えながらの仕事で、午後はこれまたトロントの企業とのお話。その後机に落ち着いて向かって、スポーツ法関連の弁護士会の研究会に加わる手続きを済ませました。最近の高野連やらスポーツ仲裁などをこれからみっちり勉強したいと思います。

夕方同僚の牧野さんと話し込んで、しばし懇談、反省、確認、などなど。夕方にはやっとのびのびになっていたマッカーサー弁護士との夕食。久しぶりにラミーズで夕ご飯。全くもって旨い洋メシである。感動しながら2時間で切り上げ、家に向かいました。

到着したらマッカーサー弁護士との仕事がクライアントから入っており、別れたばかりの彼とすぐに電話で確認しあう。これで終わらずももう一件片付けて、ようやく今日の仕事が終了です。この時間帯に友人達との連絡がとれます。今日は永山たかし君から彼が主演の「スイッチを押すとき」の連絡が入りました。今日から国立小劇場で始まるので早速切符を手配しました。人気の舞台で再演であります。

さらに京都の太秦で連日正月12時間ドラマの撮影に入っている朝陽君も元気に頑張っているとのことで、嬉しく思います。NHKの連ドラが終わったばかりで4ヶ月近く京都通い(缶詰)だそうです。ご苦労様です。おおきな俳優になるなあ。さて明日は大学、大学院と午後一杯講義があります。気合いれて頑張ります。

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2007年10月25日

恐るべしワタミ

一昨日ではありますが、ドックの検査結果で全てOKが出て、一安心した夜に、一緒に韓国関連の仕事をした仲間と4人で赤坂見附のザ・ワタミ(店名は漢字でした)に繰り出した。選んだ理由はボトルの持ち込みOKということであったからです。

予約をしてくれた中川さんはちゃんとグルナビクーポンを持ってきてくれたので女性のウンジュさんは半額で済みました。しかし驚いたのはその内容です。料理は、
「豚骨キムチチゲ」または「黒豚味噌ちゃんこ鍋」、「塩ちゃんこ鍋」
■タコわさび
■特選七品お造り盛合せ
■チキンとロティパラタ
■茶豆&えびせん
■串カツ&フライドポテト
■有機野菜のシーザーサラダ
■手づくり茶碗蒸し
■雑炊セット(ごはん又はうどん)
これに飲み放題がついて4000円であります。

もう満腹満腹。生ビールはなんと3週間ぶりに飲みましたが、毎回冷やしたジョッキについでくれるのです。これで儲けがでるのでしょうか?私には渡辺社長の戦略が読めません。いろいろ裏技があるにせよ、場所の便利さといい、驚きました。

今回はいただいたシャンペン(ブーブクリコのロゼ)を持ち込み可ということでした。確かに飲み放題コースなのでOKということでしたから、、まあその分店のドリンクは浮くということでしょうが、ちゃんと冷やしてくれて嬉しかったです。

世の中の人気店は完全に二極分化ですね。高いところも混んでいるし、こういう庶民的な店ももちろん満杯でした。こういう店に相撲取りが来たら、どうなるのだろうか?他人事ながら心配になってきました。

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都内移動中

家があるのは上石神井、東京のチベット言われて久しい。住んでみないとわからないが、50年近く住んでやっとわかったが、本当に不便なところである。僕は事務所が愛宕、大学が梅が丘、顧問先が銀座・田町・新宿・浜松町・ほかとあり、飲む場所が吉祥寺で、まあ結構移動が多い。

移動の開始と終点が練馬区だと、いやはや移動距離が長い。タクシー代も高い。できれば山手線内に住みたいのであるが、いろいろいろいろあって、そうカンタンには行かない。なんという移動の多い人生であろうか。占い師によると、わが人生は旅が多い、ということらしいが、都内でも旅をするとは。

今日はそんなわけで、上石神井ー浜松町ー愛宕ー虎ノ門ー三軒茶屋ー松蔭神社ー代田ー吉祥寺ー上石神井である。来年度からは梅が丘への移動が院の講義だけになるので、それはそれで散歩と位置づけられるのだが、僕は本心は麻布十番に住みたいのである。閑静なマンションがいいのである。百歩譲って新宿御苑がいいのであります。あーーあ、夢だな。

さて今日は大学での講義の後にゼミがあり、その後4年ゼミ生の個人面談があった。みんな時間通りに来てくれててきぱきと終わりました。その合間に沖縄の吉川先生やクライアントからもいろいろと連絡が入り、明日もまた忙しい一日になりそうです。気が付けば25日、10月もあと5日であります。

今日も別の先生のゼミを聞く機会があったのだが、今の学生は漢字が読めないなあ。うちの大学だけだろうか。自分で書いたものを読めないのだからどうしようもない。これが今の日本のレベルだとは思わないが、もっと活字に触れて欲しいと思う。

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2007年10月24日

カナダから

昨日から長年の友人でカナダの弁護士であるベル君や大先輩で公認会計士の豊田さんが仕事で日本にやってきているので、彼らが所属する霞ヶ関の事務所ではあれやこれや忙しいことになっています。幸い僕の事務所から霞ヶ関ビルまでは歩いて5分なので、散歩がてら仕事の打合せに行けます。かれこれ25年のお付き合いなので家族のようです。

こういった方々と仕事をするのが夢だったので、今の仕事のペースは最適な配分かも知れません。今後、このネットワークからさらに大きく飛躍できれば最高です。いずれは同じフロアで仕事をするようになると思います。その日が近いようにも感じます。

今日は仕事の後に、同僚の牧野さんとお客さんと連れ立って、大学時代からお世話になっている100年の歴史がある料亭に行き、久しぶりにみなさんと歓談しました。若女将とは30年来の付き合いで、大女将のお母さんとも同じくらい、仲居さんたちも長年変わらず、いつもおいしいものを用意してくださいます。ここは古くから色街で今も三業の組合があり、あれこれと街の発展に尽くしています。

さて芸術の秋、というのに芸術には触れていません。ゆっくり美術館をめぐるというような気分的な余裕がなく、情けない限りです。忙しい中にもそういう時間を見出していかないと、いけないと思いつつ、毎日だらだらと流されていきます。変える意志力がありません。とほ。そのときがきたらあっさり切り替えるように思います。(甘い?)

沖縄からゴルフのお誘いをいただきました。今日先生に相談したら、まだ右手中指と薬指の痛み(関節炎)が残るので、もう少し辛抱しようと思います。具志堅さん、すいません!

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2007年10月23日

在日米軍による犯罪

今日の毎日新聞から:
「米軍岩国基地の米兵4人による性的暴行事件に、平和団体や反基地団体から抗議の声が続々と上がっている。岩国市議らも超党派で31日開会予定の臨時市議会に真相解明と再発防止を求める決議の提出を目指す。
 反基地団体「安保条約廃棄・岩国基地撤去岩国地域実行委員会」の米重政彦代表らは22日、岩国防衛事務所を訪れ、「市民は恐怖と怒りを感じている」として(1)被害者の救済(2)米軍優遇の日米地位協定の見直し(3)艦載機移転計画の中止――などを求める申し入れ書を渡した。
 周防大島町の「大島の静かな空を守る会」は19日「艦載機移転で今回のような事件が大幅に増える。計画の撤回を求める」との抗議文を首相や防衛相あてに送付した。
 ◇県、県警にも要請
 一方、労組や市民団体などで組織する「安保廃棄・岩国基地撤去県実行委員会(代表、河済盛正・県労連議長)は22日、県と県警を訪れ、容疑者の身柄の早期引き渡しなどを国と米軍に要請するよう求めた。
 これに対し小松一彦・県岩国基地沖合移設対策室次長は「厳正な対応を講じるとともに被害者に誠実な対応を取るよう求める」と応じた。
 また、県警の米村和良・刑事企画課長は防犯対策について「適切に対応する」と言い、久米慶典県議は「繁華街などで夜間パトロールを米軍と協力してやるべきだ」と訴えた。」

この抗議運動は正しい。そして彼らは中国人・朝鮮人による犯罪にも同様に同じ規模で同じ頻度で抗議をしなくてはいけない。

白書に基くデータによると、2003年の朝鮮・中国人による犯罪状況は以下の通り。(警察庁統計平成15年の犯罪より)

刑法犯・凶悪犯総数
朝鮮 刑法犯4588 (9076) 凶悪犯 121 (105)
中国 刑法犯5378 (13079) 凶悪犯 264 (166)

新しいデータが手元にないが、それにしてもだ、この差別は何だ。抗議活動が地位協定だけに由来するなら地位協定を問題にすればよいが、つまり引き渡し反対であるべきで、米国人による犯罪を抗議するなら同じ回数を朝鮮・中国人の犯罪発生ごとに実施してほしい。

知事による、こんな時間まで遊んでいるのもいかがなものか、発言は当然至極。米軍兵士の行為はいかなる場合でも許されないが、こんな時間まで娘を遊ばせておくバカ親の顔が見たい。とにかく変なことが多いし、マスコミもその取り上げ方に一貫性をもって欲しい。極悪非道は中国である。

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2007年10月22日

フツーの一週間の始まり

今朝は半年に一回のミニドックで、主治医である松倉先生のクリニックに10時前に到着。早速尿検査から始めて、レントゲン、採血(かなり大量に4本も)、心電図、血圧、聴診器と一通り終わりました。採血の結果は明日にならないと出ませんが、それ以外は全部OKでした。朝の11時から、このヨロコビを分かち合うためにふらふらするわけにも行かず、そのまま事務所に直行して、しっかりどっかーーんと仕事をしてきました。

今日は事務所ではパソコンで大リーグ情報をオンにしたまま、1球づつ動向をチェックします。ひやひやしたものの、7,8回でドカンと得点を重ねたレッドソックスが勝ちました。良かったなあ、松坂、岡島。そのヨロコビを分かち合うわけではありませんが、カロリーの高いパスタやサラダを買ってランチをいただきました。

午後には沖縄県の東京事務所のメンバーが事務所にやってきてくださり、今後の沖縄への企業誘致作戦をしっかり練り上げました。企業対策やらマスコミ対策を話し合い、この先数年間が勝負だ!と気合を入れて別れました。その後早速原稿を書き上げて、新聞社と打合せをしました。

夕方のアポは先方の都合で無くなったので帰宅して、テレビで10時までじっくり大リーグ観戦です。その後アメリカが動き出したので、ばたばたと仕事が入ってきます。こうして僕のフツーの一日は終わります。愛する弟分である和泉君からも嬉しいニュースが届いたり、また仲良くしているM嬢からも就職が決まったとの報告をいただいたり、嬉しい電話とメールが今日も来ました。

明日は朝から沖縄との電話会議でスタートします。それまではパリの弁護士とメールで契約ドラフトの整備です。世界はこうして動いています。

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2007年10月21日

スピッツ聞きながら

今日は朝起きたら、ブルーコメッツのファンクラブ事務局の白鳥さんから11月のコンサートの案内をいただいた。今回は仕事が重なってしまい参加できず残念。ブルーコメッツは僕は大好きで、特にリードボーカルの井上大ちゃんが大好きでした。亡くなって後はしばらくめそめそしていました。複雑な死に方だったし、、、

今も当時のビデオを見ると嬉しくなります。GS世代にとって、その面影を残すバンドはスピッツです。新しいアルバム「さざなみCD」を聞いていると、このバンドの信念みたいなものを感じます。継続は力です。ついでにベストものCDを2枚買って、しばらくはGS三昧です。

仲良くしている友達のお母さんがGSファンで、今度上京の折にはアビーロードに加えてケネディーハウスにも行かなくてはいけません。田舎にはこういうライブハウスが少ないので、たまに上京するときにはライブめぐりとなります。いつまでたっても僕達世代はGSが大好きです。

GSといえば僕はタロー(森本太郎)さんの大ファンです。みなさん、いつまでも現役で頑張ってください。

さて明日はいよいよ松坂の大一番の試合となりました。ベケットもシリングも約束通り勝ち、松坂につなげてくれました。幸せなことでありますね。MLBプレイヤー冥利に尽きる話ではありませんか。明日は完封して欲しいです。僕は明日はミニドックで健康診断。断酒の効果はあったか否か。。。

今日は千客万来の我が家のお客様を新宿「天兼」にご招待して、座敷を借り切っての昼からの超宴会でありました。これで賑やかな10月は終わり、明日からは静かな日々に戻ります、残念。と思って帰宅したら今週従姉妹が遠路はるばるやってきてくれます。嬉しいことではありませんか。まっとるよ。

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2007年10月20日

京都から東京へ

国際経済法学会が京都で開催されて、昨夜は京都に宿泊した。今朝も目一杯眠り、9時半前には会場の同志社大学に到着した。いやはや、景色が素晴らしいところであります。さすが京都。羨ましいです。タクシーで路地裏を通りながら到着したのですが、街並みが本当に綺麗で、いつかここにまとまった時間住みたいなあと思いました。

今年の学会は興味深く、またととても勉強になりました。知財関連のテーマが多く、海賊版やら、レコード輸入権問題やら、弁護士業務にも大変に役立ち、また実務教育の面からも例年になく面白いテーマが続きました。

またこの学会にはお世話になった企業法務の大先輩達が多数参加されるので頭をさげっぱなしであります。学会では54歳はまだまだ若造であります。とほ。。皆さん、元気そうで嬉しく思いました。今日の京都は天気も最高で、紅葉にはまだまだ時間がかかりそうです。帰りの京都駅で知り合いにお菓子を送ったり、みやげ物を買い込んだりしてプチ京都旅行を楽しみました。

東京に帰る途中で、「パリの物価の高さに驚いた」という林真理子さんのエッセーを読んでふと感じるものがあった。同じことを僕もロンドンで感じました。ヨーロッパに行くと日本の物価感覚ではとても高いと感じてしまうのは、この不況の15年の間に日本は対欧州で比較すると、よくわからないけど、ビンボーになってしまっているのではないだろうか。

80年代は感じなかった。90年代の徐々に差が広がり、2000年ごろにはリッツやサボイには高くて泊まれなくなっていた。いつのころからか中級ホテルが日本の一流ホテルと同じくらいのレートになっていた。経済学的には分析結果がでるのだろうが、一般市民的フツー感覚では、日本人は欧州ではビンボー人である。

何だか失われたものは僕らが概念的に理解しているものよりももっともっと大きいものかもしれないなあ。みなさんどう感じましたでしょうか???

さて今日は沖縄の教え子で司法試験に合格したばかりの宗立君が日弁連研修で上京しているのだが、僕が京都に行ってしまい、一緒に夕食を食べることができなかった。それが心残りであった。すまんすまん、次回は必ず時間を合わせます。これから始まる研修頑張って楽しんでください。

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2007年10月19日

久々京都

送別会が銀座であり、軽く食べて8時半にのぞみに飛び乗った。まあ2時間であるから近いなあ、京都も。仲間がいればこれから先斗町であるが、今回は一人きりなのでおとなしくホテルで飯でも食べようかと思っていたら11時にすべて終わりだという。

ルームサービスも11時まで。時計を見たら11時1分。ななな、なんということだ。今から買いに出る元気もない。冷蔵庫にある食物はピーナッツと柿の種のみ。仕方ない。これを食べよう。そうか、ホテルでもさびしい限りである。何で11時なのだ??

夜食の体制がないというのもいかがなものか。今日の京都ステイでほぼ僕の結論は出た。日本で最高のホテルは東京都千代田区の帝国ホテル。この右に出るホテルは無い!!誰がなんと言おうと僕の結論は帝国がもっとも快適である。その理由は後日改めて。

まあ僕が推薦しても何も変わらないけど。

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一息入れる

ようやく一息つけるので、ブログに向かった。
昨日の夕刊を売るキオスクで「大久保2発」という見出しが見えたとき、僕の頭の中のロジックは、
1 ソフトバンクの4番の大久保選手(いや小久保であったか)が2本のホームランを打った!
(しかしソフトバンクはクライマックスに出ていない)
そこで
2 デーブ大久保がモルツ軍団との試合で2本のホームランを打った!
(しかしそれがトップニュースになるわけない)
そこで迷った。いったいこんな扱いを受ける大久保とは一体誰だ、と悩みながら記事をみたらサッカーであった。僕のサッカー選手はカズ・ゴンまでで、頭の中にある最新ニュースは「野人岡野 ドーハを駆ける」である。何でもっと早く出さないんだ!とここで終わっている。

その後の岡野の去就は知らない。とにかくそこで僕のサッカーは終わっていた。もっと勉強しなくてはいけません。完全にサッカーから離れてしまっています。失礼しました。

今難しい法律問題を抱えています。一人だけの株主の会社ですが、この株主が失踪してしまいました。会社は頑張っていますが、、、、どうしたらよいか、いろいろ手続きの候補をあげて議論しています。失踪宣告まで待てないしなぁ。

明日は京都の紅葉、少しでも見れるかな?ランチタイムにでも近くの山まで足をのばしてみようと思います。

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2007年10月18日

静かな大学の日々

今日は午前中にいろいろと依頼があった契約書関連を片づけて、午後から大学で講義とゼミがありました。今日の講義は初めてロールプレイを体験させ、クレームをする側、される側、ジャッジと3班に分けて各自の意見を整理させるというものであった。

話しあいから結論を出すという作業は気持ちが高まって、結構のめり込んでしまうところがあります。学生たちもそれを楽しんでくれたらと思います。そして来週からはいよいよライセンス契約ひな型への反論を学びます。自分が会社の一員になったつもりで反論書を書きあげます。

ゼミは発表形式です。今日は中国の海賊版に関するテーマで二名ペアとなって発表してもらいました。緊張していたせいか喉がからからになっているのがわかりましたが、いい経験になったと思います。これからもがんばってください。こういう経験はきっと役立ちます。自信を持って発表することの難しさや、想定される質問を考えておくなど、社会にでてからもきっと使えます。

4年の発表とはわけが違うので、この程度で十分でした。4年生の発表会はきびしい質問が飛びます。ゼミ論ですからしっかり自分の意見を固めておいてください。

さて明日からは学会で京都です。最終で入り、翌日いっぱい同志社大学です。興味深いテーマがたくさんあるので楽しみです。

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2007年10月17日

頭を鍛える

東京に戻ってからは今日は弁護士会の勉強会の資料で終日勉強をしていた。特にソフトウェアの開発委託契約の問題点というのは大変に勉強になった。書いた人がユーザー側の視点にたって、ベンダーサイドを批判しているので、ベンダー側にたつ僕としては大変役立つ議論でありました。先方の理論武装は当方の攻める材料にもなるので、今後の戦術にとってとても貴重なものである。

法律の実務はせめぎあいの最前線で、以下に自分に有利に解釈してそれをベースに先方を説得するかが勝負の分かれ目であるのだが、先方の立場を理解して、その上で議論をすると極端なことはいえなくなる分、先方も理解を示してくれることが非常に多い。妥協の産物である契約の最終文言は、結局は戦いの戦果であるのだから、1勝1敗でも仕方ない。しかし、その1敗の中に少しでも当方に有利になるような表現を入れるとか、そういった細かなことの積み上げである。模範回答のない試験みたいなものである。

さて東京はすっかり秋深くなってきて、寒暖差のせいか風邪ひきさんが多い。今日は10回以上うがいをしてなんとか直前で防いだような気がする。、、回といえば、僕のブログが今日で555回になりました。沢山の人に読んでいただき、申し訳ないっす。

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2007年10月16日

第3火曜日

毎月第3火曜日は教授会の日である。最近はなかなか出席できない日もあるのですが、今日はじっくり話を聞くことができました。相変わらず無駄な解説が多いなと感じることがありましたが、これが現実です。議論すべきはほかにもたくさんあります。改善が望まれます。

今日はアメリカからの出張者と久しぶりに話したり、大阪に向かう前に人とあったりでばたばたの脱出でしたが、無事に到着しました。先週お世話になった沖縄の具志堅さん、プルデンシャルの小松さんと電話で話しながら、いつものペースを取り戻しました。

また沖縄浦添のお友達とも話しました。年末には長期にわたってお邪魔するので、よろしくとお伝えしました。あっという間に年末に突入しそうですね。はやいなあぁ。

時折EMを使いながら大リーグの情報を聞いていると、松井稼がワールドシリーズに進出決定したそうだ。入団から数年、活躍できずにロッキーズに移ったとたんこのラック。イチローも松井秀もできなかったことだ。田口も井口もワールドチャンピオンになっている。運とは皮肉だ。数字的にはそれほどでなくともこういった運に恵まれることもある。イチローは7年も大活躍しても縁が無い。難しいなあ。

さて、今週は比較的静かな一週間。今日大学で感じたことは後2ヶ月ほどで大学の講義がおわるということであった。教授会が終わった後に、僕が大好きでお世話になった伊井さんを訪ねて図書館事務室に顔を出させていただいた。いつも素敵な笑顔で僕のようなチンピラを迎えてくださる。こういった素敵な方と一緒に働けたことが僕の一番の財産である。あーーあ、国士舘は素敵な大学です。

明日目が覚めたらまた前に向かって歩き出します。そういうときに力をくださるのは、伊井さんの笑顔であり、そして僕をいつも応援してくださる仲間の笑顔です。僕が彼らにできることはあるのか?そんなことを考えながらネオンを見つめています。本当にいつもありがとうございます。一人の力なんぞ知れてますが、いつか大きな力を身につけてお返ししたいと思います。だから日々精進です。

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2007年10月15日

長旅の果てに

法事やら親孝行やらで、まったりした週末で、今日東京に戻りました。入試日なのに大学に出れずすいませんでした。

今週末京都の同志社大学で国際経済法学会があるのですが、紅葉シーズンでまったくいつもの宿が取れずに大阪から行くことに決めました。決めたといっても、金曜日には一緒に仕事をしている仲間の送別会がもようされるので、最終の新幹線で大阪に入ります。土曜日はお世話になっている方のパーティーがあるのでそれまでにも帰京したいのですが、それは難しいかなぁ。

今日は珍しい会のお誘いをいただきました。以前に僕やこの主催者がかかわった韓国のある会社の日本進出の件にかかわるのですが、なぜか大騒ぎして結局撤退してしまいました。こういうときの回顧の会というのはどうなるんでしょうか?「一体彼らはなんだったのか?」を語る会ということでお誘いがきました。行きましょう。

秋風邪が猛威をふるっているので気をつけてください。先ほど仲良くしている友達が数名でハワイにいって帰ってきましたが、風邪を引いてしまったようです。風邪を引いて飛行機に乗ると耳鳴りがひどくなります。つらいですね。桜は勘違いして咲くし、温度差で風邪ははやるし、地球の自然に身を任せている動植物は自業自得とはいえ、弱いものです。

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2007年10月13日

大学の土曜日

今日は11時には大学に到着して、隣室の飯田弁理士、先生のゼミ生といろいろと情報を交換するのが楽しくて、少しのんびりできました。講義は12時50分からEU法です。今日はEUの歴史から始まりEC条約3条を中心に解説です。

株式会社の設立も話したので、あっという間に過ぎていきます。ちょっとショックだったのは経済産業省を知らない学生がいたことです。もういいいや。愚痴るのは辞めます。その後大学院の準備をして、5時半に大学院講義が終わり、ボケットしていたら、4年のゼミ生の久保田君がやってきて、「一緒にメシでも食うか」ということになり、酒ラマダン中の身としては日本の正しい洋食ということになり、ハンバーグ定食を食べました。

久保田君からいろいろと相談を受けて、自分の23歳の頃を思い出しました。あの頃は本当に迷っていました。そんな話をしていたらなんだか人生の縮図を目前においたようで、しんみりしてしまいました。でも酒が入らないと元気なので、2キロほど散歩してから帰ってきました。

な、な、なんという正しい生活。体がきりっとしてくるのがわかります。この夏は暑かったから生ビールを相当のんだものなぁ。東京ドーム一個は飲んでないが、東急ホテルのバスタブくらいは飲んだろうなぁ。情けない。ラマダンをもう少し延期してみようと考えております。

さて明日から法事で田舎に行き、リフレッシュしてからまた来週から頑張ります。

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2007年10月12日

楽しい講演会

今日は気持ちよい風に吹かれて都内に向かいました。1時、3時、4時と会議があり、5時半からは御茶ノ水で講演会です。途中弁護士の工藤先生に今度僕が所長を務める最先端研でご講演いただくことになったのでご挨拶をして、12月1日に実施することにしました。「IT時代のインサイダー取引規制と情報操作」のようなテーマになりそうです。

時間がないと最近はコンビにでおにぎりと豚汁というコンビが多いのですが、今日はしゃべるのでしっかり山崎パンの小ぶりのあんパン3つを食べて出陣しました。山パンの製品は芸術的な旨さで、よくこの味をこの値段で提供できるものだと関心しております。ご立派!!僕の中での山パン三天王はメロンパン、クリームパン、アンパンです。

主催者はプルデンシャル保険で、小松さんはいつも気持ちよくセットしてくださいます。今日は企業の方や社員の方が参加してくださり、終わってから近くでお疲れさん会をしてくださいました。ほぼ全員が出席してくれて、僕はウーロン茶を飲みながら焼き鳥を食べておりました。


明日は終日大学で、大学院や学部の講義とゼミがあります。また来週は怒涛の一週間となります。アルコールを抜いていると体調がとても良くて、快眠快便で快適です。無理しない範囲で、飲まない日を増やしてみようと思います。疲れが残らないように感じます。

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2007年10月11日

驚きの沖縄

いやはや、驚いたことがある。昨夜松山の「舜」というお店で飲んでいたら(僕はうっちん茶飲んでました)、ママが今年の琉球大の司法試験合格者の名前を全員覚えていたことだ。銀座のママは日経よく読む、というのが標語ですが、合格者名まで知っていたとは、こうして地元を愛する人によって沖縄は成り立っているのです。嬉しいことであります。

東京に全てが集中して、1200万人もいると、何がなんだかよくわからなくなってくる。愛着も薄れるし、、、もっといい意味で地方活性化が重要なテーマであるように思います。特徴を出し合って、戻ってきたらほっとするような、そういう街づくりがいいなぁ。

東京ではこちらから意識して声をかけないと集まらないし、親しく付き合えません。昨夜参加してくれた検事の渡口先生は、たまたま松山をぶらぶらしていたら僕らの声が聞こえたので、かわじの部屋になだれ込んできてくれたのでした。何だか、いいなぁ、こういうのって。繁華街が100メートルくらいしかなくて、ちょっとフラッとしていると知り合いがいて。そういうのがうっとうしいと感じるときもあるだろうけど、でもぬくもりがあって、いいなぁ。

きょうはいいなぁの連発でした。帰り便はトランスオーシャンのJAL便だったので狭くて狭くて、もういやです。次回からは注意して機種を選びます。東京に戻ったらすっかり秋らしくなっていて、沖縄のほのかな暖かさが恋しく感じられます。

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沖縄、ひさびさ

今日は琉球大学に来ています。第一期生が7人も合格してくれて、嬉しい限りです。今日はその中で僕の講義をとってくれていた中村、當間、山下、喜多君の計4人の合格者に加えて、現在在籍中のメンバーが加わり、さらに現地の弁護士で教えている武田先生、検事の渡口先生など大勢あつまり、みんなでお祝いをかねた会を企画させていただいた。会場はもちろん「かわじ」です。

思い出すといろいろあるので書きませんが、とてもうれしいことです。そしてまた一緒に苦労したけど残念ながら来年再チャレンジするメンバーにも心からエールを送ります。頑張ってください。

夕方6時のニュース番組を担当している琉球放送テレビのアナウンサーの宮城麻里子さんも番組終了後参加してくださり、学生たちには思い出多い夜となりました。僕らも又来年こういう会を開催できればと思います。皆さん、ご苦労様でした。

二次会、三次会、四次会まであるのが沖縄流。ペンギンを飼っている「フェアリー」、許田さん、具志堅さん、池田ママがいる「絹」にも顔を出させていただき、また上原ママが経営する「舜」で最後を締めました。最後に再度絹に顔を出す予定が1時を回ってしまい、今夜これで終わりです。

明日はまたいろいろと沖縄で動きまわり、話したり、会議をしたり、短い24時間の滞在を目一杯動き回ります。次回沖縄は12月19-20日、26-29日、1月3-6日です。もっと来たいのですが、今の時間配分ではこれがベストかな。ホテルは那覇テラス、いつもながら快適で好きです。年末もずっとここで過ごします。

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2007年10月09日

ばたばたと一日が過ぎる

朝から電話、メールなどが矢継ぎ早に来て、飛び跳ねながらまた一週間が楽しく明るく始まりました。これが愛子様ならかわいらしくもあるのだが、50過ぎの親父となると、ちょっと静かにしてよね、といったところだろうか。でもまあいいのだ。週の始まりはこんな風である。

不思議なもので、一週間の7日には日月、、、と宇宙に関連した曜日名が命名されていて、また8日目には元に戻る。某月某日も宇宙だ。神無月も宇宙を感じさせる。なんだか神の意思で僕らの運命なんかは意図も簡単に決められているように思うのだが、作られた僕らにとっては毎日が必死である。

僕の部屋には「はえとりクモ」がすんでいて、いつのころからか同居人のような気分になっている。子供の頃は蜘蛛は怖いもので見つけると殺していたが、最近はクモから見たら人間はとてつもなく怖いものだろうと思うようになり、このクモが愛しくなってきて、名前までつけて一緒に暮らしている。ひょこひょこ顔を出して可愛い。

今日はばたばたの連続ではあったが、カナダからジョンが戻ってきて前向きな話をゆっくりできたし、新しいクライアントもご紹介いただき、また夜は少しだけお世話した方に豪華な夕食を頂きました。まったく申し訳ない。おいしかった。これからも一緒に仕事をしましょう。

明日の沖縄行きの準備を終えて今夜は早めに休むことにします。明日朝は銀行で働く後輩に会ってから羽田に向かいます。人事異動で丸の内に転勤になりました、というので彼女の上司にも挨拶して、これからもよろしくということです。皆頑張っているのだ。

今日はまた驚きがありました。NKK昭和50年入社の同期会の案内が届きました。いやはや30年以上前になります。みんなどんな顔になっているだろうかなあ。

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2007年10月08日

終日ゴロゴロ

久しぶりに何もしなくていい一日でした。朝から松井の地区予選をみて、松井は今日もだめかと思っていたら、やっと第3戦になって爆発、というほどの活躍ではないが、小爆発であった。一気に後2連勝して欲しい。

万城目学が面白いので、午後はごろごろと彼の本を読んでいた。「鹿男あをによし」。奈良京都を舞台にした面白い話で、休日にはぴったりでありました。昼寝をしたり、おやつをしたり、テレビをみたり、とうとう一日パジャマで過ごしてしまった。昨日までの論文審査がくたくたにしてくれたので、頭の興奮と体の疲れでバランスが崩れているので、こういうときにはひたすらぼけーっとするのが良いように思います。

人間の体というのはいい加減な記憶しかないようで、あれほど逃げ回っていた太陽がもう恋しくなってきて、ここ数日だけ22-24度くらいなのに、沖縄の30度を見ると、早く行きたいと思ってしまいます。仲良くしている友達から、家族でハワイに行ってきますとメールがきたので、一緒に行きます!と言ってしまうくらい、暖かさに焦がれています。なんとも。

さて、僕の国士館大学での13年間の生活ぶりを小説にしてみたいという企画があり、以前書いたエッセー「かたやぶり助教授の迷走記」(出版社プロスパー企画)に最近のいろいろなエピソードをまとめてみようかなと考えています。個人情報とかいろいろあるので、まあノンフィクション的にしかかけませんが。時間をかけてじっくり暖かみのあるようなものにできればと考えてます。ブログの影響でしょうか。でも自分としてもこの楽しい思い出はいつかまとめてみたいと思っていました。実現できなくてもいいので、私としては私小説としてでも纏め上げたいと思います。でもどんな形になっても力也と直人は実名だからね。。。よろしく、オッス!


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2007年10月07日

知財の勉強

僕は今国士館大学の総合知的財産法学研究科という大学院でも教えていて、来年僕は学部教員職は辞めるのですが、大学院では引き続き非常勤で教える計画をたてております。そこで、このブログを見てくださっている関係者の知り合いの方で、知財や弁理士資格に興味をもっていらっしゃる方がおられたらぜひ下記の情報をお渡しください。

総合知的財産法学科 入試説明会

   2007年10月13日(土) 13:30~14:20 
   2007年10月20日(土) 13:30~14:20 
   2007年10月27日(土) 13:30~14:20 
   2007年12月08日(土) 13:30~14:20 
   2008年01月12日(土) 13:30~14:20 
   2008年01月19日(土) 13:30~14:20 

  ・場所:国士舘大学世田谷校舎5号館3階 5303教室 
   ・内容:入試説明・履修説明・個別相談

一期入試はすでに先週終わっていますが、まだ2期、3期とありますので。素晴らしい先生がたがたくさん関わってくださり、知財教育大学院としては日本最高レベルにあると僕も思っています。研究科委員長の飯田昭夫先生は私がもっとも尊敬する弁理士先生のお一人で、実務を継続されながら、大学院の要職に就いておられます。また各ゼミなどを担当していらっしゃる先生方も素晴らしいプロの方々で、手前味噌で恐縮ですが、ご検討ください。定員が少ないのではやめにご連絡いただければ、ぼくからもご説明申し上げます。

ちょこっと宣伝させていただきました。

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父母懇談会から床屋さんへ

父母懇談会は大盛況であった。僕は7組12名のご両親・ご家族との面談をさせていただきました。遠く愛知県から一家でお越しくださった方ありで、いやはや、申しわけないです。こうして在校生のご家族と接するというのは、年々学生が高校生化している現代においては、まあ高校のPTAの延長のような気もしますが、情報の共有はいかなる場合にも大事であるな、と感じます。

終わってから普通はまっすぐに帰ることなく吉祥寺かやしま生ビールというコースになるのですが、現在酒ラマダン状態なので、今日は地元の床屋さんでカットしてもらいました。フルコースでおねがいすると、散髪+地肌トリートメント+スペシャル洗髪+肩腰マッサージ+顔パック+スチーム+耳掃除+世間話がつくのです。これだけついて2時間半で5800円です。今日は世間話は店長もひまだったのでダブルでした。

5時半に帰ろうとするともう陰ってきています。冬至にむかって一直線であります。メシをはさんで読み残したゼミ論を一気に読み、まとめてコメントをメールしました。もう少しなので頑張って欲しい。

明日はようやく完全にオフです。のんびりします。読みたい本が山のようにたまってしまったので、ごろねしながら一気読みですね。

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舛井ゼミ 4年生 論文発表など予定表

以下の予定で進めますのでよろしくお願い申し上げます。

舛井ゼミ(4年生) ゼミ論個別面談並びに集合発表会予定

1 個別面談日

10月25日木曜日 18時―20時(一人15分程度なので18時に集合の必要はありません)
 野澤・大野・鈴木・桐浴・兼平・戸田・中山・内田

11月15日木曜日 18時―20時(同上)
 久保田・石黒・吉田・福田・根本・木内・村岡・前田

2 最終論文をベースに全体報告会

11月29日木曜日 18時―19時半
全員発表(舛井研究室前 先端研の部屋)
出席者 大学院生他

3 student law journal用原稿提出日

11月29日18時まで

4 最終論文提出日

12月13日木曜日 18時 研究室にて手渡ししてください(体裁は自由)

注意事項
上記日程での面談・発表の欠席はいかなる理由でも認められないので注意してください。
上記に関する質問はメールにてお願いします。
個別論文への今の段階でのコメントはメールにて順次発送中です。

他のHPからの引用指定なしでの引用をした場合、大量にコピーなどが見られる場合には繰り返しますが審査対象になりません。自分の意見をしっかり整理しておいてください。

                                      以上

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2007年10月06日

学会あたま

今日は眠気と格闘しながら7時おき。8時半には高田馬場に到着していて、学会会場の九段下の専修大はすぐだった。朝飯と昼飯を買うためにコンビニを探しに早稲田方面に歩き出した。これが失敗の元だった。行けども行けどもない。ここは日本なのか??いまどきこんな繁華街にコンビにがないのか?

ようやくあったのがデイリーヤマザキだ。ここでおにぎり、稲荷鮨、コーヒー、お茶、バナナ、おやつを買って、ようやくタクシーに乗ったが道が混み、現場到着が定刻を5分過ぎた。5分ならと思って会場に入ったら、いやはや、満員。やや愕然として探したが席がない。でも最前列が何だか誰も座っていない。

よっしゃ、と気合いれて最前列に座り、夕方5時までじっくり話を聞いた。とてもためになる、また勉強意欲を駆り立てられる良いテーマであった。「競争秩序と民法」というテーマであるが、私法学会で僕らのような実務家が興味もって聞けるテーマはそうないので、楽しかった。僭越ながら質問もさせていただき、久しぶりに現場を忘れて勉強しました。

やはり最前列は後で参加された偉いコメンテーターの席が横にあった。東大教授のU大先生で、始めてお会いしたので嬉しかった。みんなの教科書だものな。僕も弁護士事務所と研究室にはどっかんとおいてあります。

眠気も襲ってこず、一気に日ごろのバカ頭が活性化して、体も元気になりました。今日から一週間、禁酒です。年に2回。この後血液検査してγgtpを計ります。明日は大学で父母懇談会、来週は沖縄、こうして10月も早く早く過ぎていきます。帰ってきてゼミ生の久保田君と電話で話をして、年末に予定していた高田高校講演会の後に久保田君の田舎である長岡での懇談が、僕の琉球大LSでの年末講義が27日からに決まり、急遽羽田に戻らなくてはならず、できなくなったことをお詫びした。楽しみにしていたのに。残念。また行くからね。

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2007年10月05日

怒っていいのか、諭すべきか

10月1週目が終わる。週末の明日から私法学会が東京で開催され、加えて父母懇談会が日曜日に開催される。週末も何もない。最近の大学の行事はどんどん日曜日を侵食していっている。大学はサービス産業になり、父母に対して定期的に懇談会を開く。地方も回る。全国8ブロックにわけて、4年間で全国を回る。地方では好評で、現在の学生の兄弟姉妹従兄弟ハトコに宣伝をします。僕も数回地方に行きましたが、楽しかったです。ここまでやる大学はそうないと思います。

しかし今日はショックなことがありました。ゼミ論指導中にあれほどコピーしてはいけないといっても、コピーに近いやっつけ作業で出してくるバカがいる。注意して注意して、それでも今頃後れて出す。もうどうしていいかわからない。いっそ除籍処分としてふっきる、という手段もある。あーーあ、何度もきつく言ったのに。今年で最後だから優しくしたのが間違いか、教育のもっともむずかしいところである。コピーがいけないことくらい大学生ならわかるだろう。自分の言葉が何もなく、引用もせず、コピ-ペーストでは手の施しようがない。今のゼミ生とはいい思い出で卒業したかったが、残念である。特別に2週間の猶予を与えたが、それでだめなら、今年は除籍にしようと思う。

さて、仕事が終わってからみんなで食事をいただいた。大好きな俳優のえりなの少し遅れた誕生日祝いと連ドラの打ち上げご苦労さん会。その後都内を観光して、早めに解散した。帰宅してからはロースクール受験生の推薦状を書いて、講演会の準備をして、そしてやっと買いためた本を読むことができた。明日は学会なので早めに寝ます。それにしても残念なゼミ論。夢に出てきそうである。

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2007年10月04日

長い楽しい一日でした

午前中は引き続き岐阜県庁と電話で喧嘩をして、午後から大学に向かいました。まったく意味がわかりません。県庁では刑事告発云々についてはらちがあきませんが、少なくとも県庁就業規則で横領した場合には懲戒解雇以外の処分はないだろうと思うのに、この一連の不正裏金問題は10名以下の免職処分です。おまけに、当時組合幹部だった人間は退職金をもらって辞めているのです。

少なくとも人事課は関与した人間全員を懲戒解雇すべきであり、刑事問題はともかく、解雇で姿勢を示し、規則にのっとった処分をすべきです。どんな企業でも自治体でも、金を盗んだら解雇です。社保庁の横領事件で舛添大臣が頑張ってくれていますが、まったく思いやられる事件でした。県や市町村が告発しなければ社保庁を通じて国が告発するというものです。あったりまえのことです。こんな県や市町村には国の補助金は一円たりとも出してはいけません。

岐阜新聞にも電話で取材申し込みしましたが、まだ電話はありません。テレビ朝日のサンデープロジェクトには本件を取り上げてくれるように願い書を出しました。

午後の講義は汗一杯しゃべりました。その後のゼミも久しぶりにみんなに会えて楽しかったです。再来週から発表が始まります。4年ゼミの中間報告会・個別面談もそろそろ始まります。今頃締め切り過ぎてから家のパソコンが壊れたというわけのわからない理由で謝ってくる学生もいましたが、夏休みの課題で出したのに、気が通じません。社会人としての常識を教えるのも仕事ですので厳しく対処します。

夕方からは来週の講演会主催者との夕食を兼ねた打合せでした。神楽坂の美味しいお店でした。プルデンシャル保険の主催ですが、担当の小松さんは本当にいい方で、家も近いので帰りは一緒のタクシーで沢山話してきました。小松さんは僕がいろいろ関わっているビジービーバーバッグの社長である須永さんの大学の後輩ということで僕と知り合いました。こうして輪が広がります。

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2007年10月03日

岐阜県庁との対決

泥棒集団との対決が進んでいる。明日またご報告させていただくが、21時半現在戦っている。冗談ではない。こんな泥棒たちとどうしようか、誰も文句言わないので行政改革課とやりあっている。結果はまだブログでご報告申し上げます。

今日はお世話になった方の奥様が亡くなり、49日法要を兼ねてご挨拶にうかがった。寂しいことである。日々人間の営みは止まることなく、続いてゆく。僕たちは何を信じて生きてゆくのか?何を頼ったらよいのか。悩むところである。泥棒と共同生活をするのか、泥棒にも人格があるのか、良くわからない。

寂しいことである。県民感情に配慮して戦いたいと思う。

さて、今日は若くて素敵な夫婦と話す機会を得ました。いきいきとした彼らとの会話は僕に多大のエネルギーをくださいました。戦いながら、むなしく思うときにも、こういう若いカップルが一緒に力をあわせて店をまもる姿に感動します。

今日は午前中に親戚を尋ね、久しぶりに従兄弟と電話で話すことができました。H君とは今後も助けあいながら生きてゆかなくてはいけない。たった30年足らずのことである。たった30年で信じることができる相手は親戚か友達か、たいした差はない。大事なことは出会ったことのヨロコビを共有できるかどうかであると思います。

僕には信じることができる友がいる。松久さん、牧野さん、和泉さん、大場さん、、、彼らに僕ができることは限られているかもしれないが、少なくとも僕は精一杯協力しあいたいと思います。そこから生まれるものはたとえ30年足らずのつながりであっても、最期には幸せを感じるものであると思うからです。それが友情だと思うのです。しっかり柱でいたいと思うのです。

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沖縄地上戦の爪あと

まったく文科省の対応もひどい。

まず沖縄タイムスの記事から:
調査官、検定審に影響力:元主任「論争は意味ない。恨むなら米軍を

 「こんなこと(沖縄戦での『集団自決』をめぐる軍命の有無)をいつまで争っていてもしょうがないと思うけどさ」「恨むなら、米軍を恨めばいいのに」。福地惇・大正大教授は歯切れ良く言葉を継いだ。現在、「新しい歴史教科書をつくる会」の副会長も務める福地氏は、かつて、文部科学省の主任教科書調査官(日本史担当)だった。「つくる会」の創立(一九九六年十二月)から間もない九八年四月、高知大教授から主任調査官に転任した福地氏は、会員制の月刊誌「MOKU」(黙出版)の対談で、小学校六年の社会科教科書の日本近代史の記述に対して「ほとんど戦争に対する贖罪のパンフレット」などと発言し、同十一月に解任された。福地氏はどのような経緯で調査官に選ばれたのだろうか。本人に尋ねると「忘れた。頭が半分壊れかけているから」とはぐらかした。教科書検定において、調査官の果たす役割は重要だ。教科書会社から申請された教科書は、「教科用図書検定調査審議会(検定審)」で審査する前に、調査官や文科省が指名した専門委員(教員や専門家らで構成)、やはり同省が委任する審議委員(大学教授らで構成)がチェックする。調査官は、各委員や自らの意見を取りまとめ「調査意見書」として検定審に提出し、それを受けた検定審での話し合いの結果がそのまま検定意見となる。教科書会社に検定意見を交付し、説明するのも調査官だ。ある審議委員経験者は「審議委員は、限られた自身の専門分野しか見ていない。話し合いのベースになるのは、その教科書全体をまんべんなく見ている調査官の意見だ」と打ち明ける。現在、文科省で日本史を担当する調査官は四人。そのうち、明治時代以後の現代史について論文や著作が確認できる一人は、「つくる会」が初めて発行した中学校の歴史教科書で監修、執筆を務めた伊藤隆・東大名誉教授の門下生ともいわれ、共同研究の実績もある。衆議院教育再生特別委員会で、このことについて質問された伊吹文明文科相は「どこの団体で誰と勉強していようと、そんなことは教科書検定とは何の関係もない」と答弁した。文部科学省教科書課の検定調査第一係長は、調査官の採用基準や、採用方法を尋ねた沖縄タイムス社の電話取材に対し「私は担当ではないので分からない」と答え、後日の返答を求めると「何で、そんなことに答えなければいけないのか」と回答を拒否した。
以上だ。

その後、渡海紀三朗文科相は三十日午前の臨時閣議後、「教科書検定意見撤回を求める県民大会」に十一万人が参加したことについて、「重く受け止めている。やっぱりそれが沖縄県民の思いなんだろうなと、こう思っている」と語った。沖縄タイムス社に対し「今回の検定に至る経緯や趣旨等については十分に精査していきたい」とコメントしたことについては、「今、事務方に作業をさせている。結果がちゃんと出た場合に対応して答える」と述べ、検定の経緯や趣旨などに関する調査に着手していることを明らかにした。一方、県民大会を主催した実行委員会が十五、十六日に上京し、検定意見の撤回と記述回復を求める要請行動を展開することには「もちろん、向こう(実行委)のおっしゃりたいことを丁寧に聞かせていただきたい」と話した。山崎拓前副総裁が九月二十八日に県内での講演で、渡海氏に検定見直しの勧告を働き掛ける考えを明らかにしたことについては「(山崎氏からそのような働き掛けはまだ)ない。今はまだそのようなことは断定していない」と強調した。

これらのニュースはここ10日間のものである。

いったい検定調査官とは誰なのか?
その方は沖縄に行って、フィールドワークしたことがあるのか?
こうしてくだらい意見はいつの時代にも現れる。そして口先の反省と記憶の風化である。

僕は岐阜県庁ぐるみの集団公金横領事件を絶対に風化させない。あれほど盗む意図をもち盗んだ人間がまだ公務員給与をもらいながら、ぬくぬく生活して、同じような窃盗・横領で逮捕された県民は犯罪者扱いである。これは絶対に風化してはいけない。県庁職員で横領に加担したもの、全員辞表を書いて刑務所に行け。まったく冗談ではない。混乱を避ける意味で告発を見送っただと、誰がそんなことを信じるか。

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