一緒に仕事も勉強もしている沖縄の佐藤さんのブログの中で、是非僕のブログの読者にも伝えたいメッセージがあるので、以下に転載します。
沖縄の基地問題はいろいろな意見があります。沖縄県民をもっとも幸せにする方法を全国民が考えなくてはいけない問題です。お金が入るからいいだろうというのは全く間違った考えで、だったら、破綻寸前の自治体や広大な開発地区を設けても全然投資する企業がないどこかのT地区などに、これだけの金をつけるから基地を受け入れるか、といったプロポーザルをしたらよいのだ。手を挙げるところは沢山あるはずだ。お金が欲しい自治体に基地をあげたらどうだ?
戦争の、それも地上戦がどうだっかを知らない人間が何を議論しても無駄である。安保に反対ではないが、実務的な解決策にもう少し頭をつかえないか?たとえば1600Mの滑走路を持っている島があるとすると、そこの少ない住民にそれこそ誠意を尽くして、暫定的に借り上げる方法はないのか?段階的手段としては島に協力してもらうことも一方法である。なんでこんな住宅街のど真ん中を飛び交うのか?
安倍総理が参院補選で沖縄入りして空港拡大を訴えて、表向きはハブ整備、でもお金が落とされる工事関係者にも喜ばれるこういったメッセージは、沖縄全体をどうするのかの覚悟を示してもらってからでないと賛成も反対もできない。
では佐藤さんのメッセージをよく読んでください。
「嘉手納からの戦闘機が美浜上空を飛び交う頻度が増している。
それがどれほどトンデモナイ音量か、
経験のない人には判りにくいかもしれない。
例えば、ウチの2歳4ヶ月の娘は、音にびっくりして、
飛び上がって泣き出し母親に飛びつく。。。轟音である。
心臓の悪い人は、真上を飛ばれるとショック死するかもしれない。。。
こんなことが許されるのは、絶対におかしい。
タウン「リゾート」を標榜しながら、北谷、美浜の価値は戦闘機騒音で明らかに相殺(イメージダウン)されている。町としても抗議は重ねてきているようだ。しかし、その声は米軍には届かない。町では無理である。訴訟は金と時間がかかる。勝訴の確約もない。
しかし、だからといって、沖縄の人びとよ、札ビラで顔を叩かれ騒音を我慢するのか。それでよいのか。それとこれとは異質なものなのではないのか。
一部の国民の安全の犠牲のうえに成り立たせざるをえない全国民の安全保障。公共の福祉。それはわかる。しかし、米軍は高慢すぎると思わないか。今まで丸の内で接し一緒に働いたことから抱いたアメリカ人に対するフレンドリーな感覚は、沖縄へ来て、憎しみに近いところまで反転してしまった。洋画のDVDビデオさえ手にとるのが嫌になってきた。それは、アメリカ人の思いあがりが鼻についてならなくなったからだ。丸の内にいるようなハーバード出のエスタブリッシュメントと、米軍の軍人とではレベルに雲泥の差があるのはわかる。また、米軍の中にも少しは良識的な人がいるのかもしれない。だから全部が全部とはいわない。だが、司令官さまの発言を新聞で読む限り、他者への理解を、暖かい心持ちを、感じられない。僕は決して政治的にどちらかに寄っているのではない。ただ、そこに住んでいる住民達が、何の対抗手段も持てず、日々の騒音に悩まされながら諦めている姿が、「異常」と思えるから、そう主張するだけのことだ。このままでは徐々に緊張関係が高まるように思う。米軍はしっかりリスクマネジメントしてほしい。
問題解決に向けた軍と住民との対話のチャネルが皆無に等しい現状は、参議院選挙の大きな争点とすべきである。自民でも民主でもいい。この問題に具体的なアクションプランを掲げて真摯に取り組む覚悟を感じる人に一票を投じたい。誰からも感じられなければ、今のような抽象論だけなのであれば、棄権するしかない。国政に出る人には、気概と勇気が何より必要である。特に沖縄を代表して時には国と喧嘩も覚悟しなくてはならない。すべてを捨てられる覚悟のある人のみに許される聖職である。」以上
13:46| コメント (0)
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