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2007年03月31日

写真アップ開始ーサクラ

一年間写真をアップしませんでしたが、いろいろとご紹介したいものもあり、いよいよ今日からいい写真があるときには写真を載せることにしました。

第一回は我が家の前にあるサクラです。僕の家の事務所から覗ける、手が届くところにあるサクラで、もう何年も楽しませていただいてます。お向かいのご主人が自分のサクラの木の下で宴会をするのが夢だったということで、今は毎年このサクラの時期にお庭で宴会があります。大きくなって我が家にもかかってきているので、僕の部屋からも触れるくらいです。

なんとか天気は満ちそうなので後一週間くらいは楽しめそうです。この短い命がやはりよいのでしょうか、サクラの木の下では日本人はみんな笑顔のような気がします。

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2007年03月30日

3月30日

月末最終労働日ということで、〆業務や精算業務に追われて、やっと今終わった。チケットをゲットして事務所でやっとコーヒーを飲む余裕ができた。やれやれである。

今日は誕生日なのであっちこっちからいろいろとお祝いコールやお品をいただいた。すいません。
来週から知り合いがいっせいに新番組で登場するので応援宜しく御願いします。
内田朝陽君がNHK朝の連ドラ「どんど晴れ」で主役で出ます。
永山たかし君がテレビ東京の美味學院「ハングリー!?悪夢の入学試験」 (月曜日17時半-18時)に出ます。

新年度にこういった嬉しいニュースが入ってきて元気になります。

今日はこれから主治医の先生、ナースと全員で年に一回の懇親会に行きます。恒例となった地元上石神井での花見ですが、平素友人たちも大変にお世話になっているので感謝の会といったほうが正確です。明日は誕生日ボーリング大会、明後日はお世話になっている加藤登紀子さんのお母様の92歳の誕生日会です。年度末にふさわしく、明るい行事で締められそうで嬉しいです。皆様も楽しい週末をお迎えください。


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2007年03月29日

終日監査

個人情報保護法が施行されてからPマークを取得する企業が多く、その企業が取引先を監査するケースも増えている。仕事がらそういった場面に立ち会うことも多く、長いので疲れますね。でもそういう機会を利用して、あらためて自分の会社の秘密の取り扱い規定などを見直したり、社員全員で考え直すなど、良い面もあります。

今日は監査中、本社から出張しているCEOたちといろいろと最近のアメリカ法務事情をうかがいました。やはりSOX法に基く社内のコンプライアンス体制は企業に相当の負担を強いるようで、みな少し辟易してました。SOX法の生まれたバカな背景は何度も書きましたが、倫理観のない監査法人や会計事務所の責任が大きく、そんな連中のせいで、企業は大変な重荷を背負ってしまっている。あきれた連中が今も自分たちのせいでできた法律で飯を食っている。絶対に許さないからな、こんな連中は。AA!!

今夜は監査がおわってから、神谷町にあるかまど炊きの飯やでご飯を食べた。旨かった。ご飯だけで一膳はいただける旨い飯であった。店は一杯で、やはり旨い店には人が集まる。くたくたで家にたどり着き、今夜は早く寝ることにします。家の前のサクラが満開になりました。お見せできないのが残念ですが、綺麗です。そして明日で3月も終わり。新学期にサクラが間に合いましたね。

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いくつになっても

誕生日が3月30日だと、4月1日が本当の誕生日でごまかしたでしょ、と良くきかれる。確かにそういうことってありそうではあるが、僕の場合には、、、ピンポーンですね。とほ。昔ははや生まれが得するっていう風潮があったみたいですね。

今週はそんなわけで、あちこちでお祝いしていただき、恐縮です。でも30日前後は結構知り合いでも多くいて、いつも飲んでるRのマスターの憲さん、博多の愛娘の次女の舞ちゃん、飯塚のお母さんのM子さん、実の姉、その子供のK,、、そんなわけで、あっちこっちでやあやあやあ、ということになる。

今夜もお祝いしていただき、この年でとほほであるが、素直にここまで元気に生きてこれたことに感謝する日であろうと思う。

今日は久しぶりに帰国した後輩の弁護士と事務所で打合せなどもあり、午後はばたばたと忙しかったが、夕方終わって遊び仲間のきよしさんと二人で「ねぎし」で牛タン定食をワシワシ食べた。何だか久しぶりにきたらすっかりメニューが増えていて、BSE騒ぎで、豚鳥にも進出していた。ねぎしは東京進出の際、社長にも良くお会いしていたのでずっとファンでした。順調に大きくなっているのでとても嬉しい。ここのテールスープや焼き物はいつも旨いし、安い。いいバランスなので毎日食べても飽きない。何だかニッポンの正しい定食という感じがします。

食後二人で銀座のスタバの外で座って話していたら、なんだかまったりしてきてしまい、なじみのお店に寄ってきてしまいました。あい変わらず賑やかでした。

さて来週から4月で、出張ががんがん入ってきています。年度替わりはいつもこうです。新予算のせいでしょうか、気持ちを入れ替えてまたがんばりたいと思います。我が家の前のサクラも7分咲き、週末は満開になりそうです。皆さんのサクラはいかがですか??

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2007年03月28日

勉強会―丸の内朝飯会

いやはや、凄い勉強会がある。以前一度だけ講師として参加させていただいた丸の内朝飯会である。名前のとおり朝ごはんをいただきながら、毎週木曜日の朝7時半から9時まで開催される会である。その会が2000回を迎えたということを聞いた。

世話役の市原実さんとは何度もお会いしていないが、こうして過去の、それもたった一回だけ話をさせていただいた人間にまでこまめに連絡をくださるのである。長続きする会とはこういうものである。しかし凄いことである。40年である。

バブル前後は数多くの勉強会があり、私も当時かなり本が売れていたので、50回以上は呼ばれてお話をさせていただいた。その多くが途中で解散、閉会となったが、この朝飯会だけは続いているのだ。最初は新宿の寿司屋さんで学生有志数名で始まったようである。バブル前の60年代である。

その有志のDNAがこうして脈々と続くのは驚異的である。誰かが汗をかいているのだ。でもその汗を見せないのだ。老後の楽しみとして毎回出席される方もおり、サロン的な雰囲気が漂う。90分の同席を楽しみに、一緒に飯を食べ、話に耳を傾ける。そして参加者全員が一言述べることになる。すべてのバランスが綺麗に配置されているようだ。一方的でなく、義務的でなく、全てが適度な心地よさがそこにあるようだ。

2000回記念のパーティーには残念ながら東京にいないので参加できないが、大盛況に違いない。僕はなぜだかこういう長続きしている会に英国的なものを感じてしまいます。静かで、目立たず、変化を好まず、淡々と、オンリーワンをマイペース、他者比較するわけでもなく、騒ぐこともなく、いつもの顔ぶれが集まるその会は、まさに英国的・牧歌的カントリークラブであるように思う。そして集う方々は紳士淑女であるかのようである。時代遅れでも構わず、このまま継続してほしいと願うばかりである。

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2007年03月27日

書店の空気

大学に勤務していると書籍を買う機会が多い。書店はいろいろあるが、専門書というと結構少なく、またアマゾンで買うのもなんとなくつまらない。手にとって目次を見て、著者の経歴を見て、流し読みしてから買うかどうかを決めるからである。みんなそうだと思う。

そんな本屋がたくさんある中、専門書は早稲田の成文堂でいつもまとめ買いすることにしている。なんといっても書店の空気が好きである。書店の空気というのは、どことなく世間とは隔離された、独特のスローな時間に支配されていて、店員さんが優しいことが決め手でありますね。

成文堂さんには大学時代から通っていて、それに僕の人生の最大の恩師である故辻本義男先生が良くここにつれてきてくださったからである。ここの店員さんでいつもお世話になっている方が40年近くも勤務されていらっしゃいます。確か若くして就職されて、ちょうど其の頃僕たちが大学でお世話になっている少し前の頃だったようにおもいます。昔話に事欠かないのであります。

成文堂に通うもうひとつの理由が早稲田の空気を吸いにいくということです。ちょうど正門の横にあるので、この店の2階から眺める景色が好きです。早稲田は本当に昔と変わらない。今は卒業式や入学式の空気にあふれかえっていて、活気がありますが、それ以外の日でもなんとなく元気になります。僕は幸いこの早稲田で10年近く非常勤で教える機会を得たので比較的頻繁に通ったほうですが、仕事の後に大学の空気に触れるのは気分転換には最高のように思います。

今日は10冊ほど買いこんで、今ぱらぱらとめくっています。本はやはりとてもよいものです。電子書籍とは一味も二味も違うものです。書店がいつまでも健全に生き残れる、そういう社会が素敵です。

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2007年03月26日

どこにでもある月曜日

朝6時から動き回って、楽しくまた充実した会議をいくつか終えて、4時に解放された。夕食までは少し時間があるので赤坂界隈を見渡せる友人宅の裏庭で生ビールをのみながら、ビル群を眺めていた。暖かで、陽が高く、なんとも幸せな気分であった。周りには墓地もあり、都心の建設ラッシュからは取り残されたようなこの場所は大好きな一等地なのであります。

早起きは辛いが、4時に飲める幸せはその苦労を補って余りある(かな?)ように思います。(笑) 向かいの厨房を覗くとレストランらしい店の中でスタッフが賄飯をわしわし食べている。賄飯の所要時間は大体5分であるから、わしわしである。

僕もカナダに単身赴任していた1999年には、とうとう外食に飽きて、仲良くなった日本レストランの韓国人オーナー一家にたのんで、毎晩厨房の賄飯をいただけることになった。嬉しかった。でも韓国人だから日本食はなしで、毎晩韓国料理だった。旨かった。そのせいか、いま自分が最後の晩餐をいただけるとしたら、それは間違いなく「上カルビと白飯と豆腐チゲ」と答えています。これに勝る旨い飯は世界中にありません。

夜はアマゾンで頼んでいた本をまとめ読みしています。「フリードマンの「フラット化する世界」上下、スティグリッツの「世界に格差をばら撒いたグローバリズムを正す」の3冊。明日は法律専門書を早稲田の成文堂でまとめ買い(最近は大人買いというらしい)するので、いくつかピックアップしています。このように大学人になりきる日もあれば、今日みたいに弁護士になりきっている日もあります。変化のある人生です。

会社法改正以後に勉強すべきテーマが沢山あって、なんだか混乱します。大学に12年いても実務書と理論書の効能についてはまだ迷っていますし、そもそも大学と自宅と弁護士事務所の3箇所に同じ本を3冊も買い込めないし、どうやって適正配置するかは、永遠のテーマになりつつあります。情けない。

明日以降も20度だそうで、もう完全に春を越えて初夏のようです。今年は本当に楽チンです。

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2007年03月25日

甥っ子、姪っ子、全員集合

謝恩会ラッシュの後に、家族の中でアメリカ留学する甥っ子がいて、最近集まっていないこともあり、まとめてお祝いという半ばやけっぱちではあるが、BBQ大会を開いた。妹の家はいまどきこの都会(というか都会に隣接した田舎というか)では信じられないくらい広大な農地の中にあり、どのくらい広いかというと、窓を空けてロックを弾いても誰も文句を言ってこない、ほどの広さである。

その家に全員集合、なんと21人であった。最年長は80歳、もっとも下が生後3ヶ月である。4世代全員とは良く集まったものである。10キロほどBBQ材料を買い込んでいざ向かった。久しぶりに関越にのり、小一時間で到着である。

これだけ集まると祝い事もまとめて沢山あって、出産祝い、卒業祝い、留学のお祝い、新築着工のお祝い、退職のお祝い、とめでたいことが一杯である。ありがたいことである。

これでほぼ一週間で謝恩会、お祝い事は全部終了、明日からは静かな一週間となります。そして再来週からはもう四月で新学期、あらたなメンバーを迎えての一年が始まります。会社にいるとどうだったかもう忘れたが、大学に関わっていると1年がきっちりとカレンダーで決められているので早い早い。けじめがあるのがいいのか悪いのか、あっという間の12ヶ月だった。

昔の大学は春休み、夏休みもしっかり休みで会ったが、最近は行事が多く、本当に休めるのは8月だけだ。そういう意味で来週一週間は大学のことはすっかり忘れてサクラを満喫したい。弁護士の関連では上場企業がQ1(第一四半期)終了にともなう売り上げ計上が来るので、結構忙しいのである。でもそれは毎年のことで、汗をかいている営業マンを応援するのも顧問弁護士の大事な役割です。さあエンジンフル回転でがんばります。

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2007年03月24日

解説は必要か?

スポーツ番組が花盛りだ。今夜もシンクロとサッカーとスケートと目白押しである。以前から思っていらのだが、スポーツ中継では解説が不要だという意見は昔からあったようだ。最初はボーリング。だれでも知っている簡単なルールなのに、解説がうるさい。中山律子さんが投げてるときに、いちいち「惜しい」とか「スプリット」とかいわれても、みんな知ってますから!残念!!という調子で、批判も大変多かった。

その後批評の矢面にたたされたのは、スピードスケートのハマヤさんで、「いいですよーーっ」って不要ですからと、半ば嘲笑気味に批判された。

その後か前かは忘れたが、NHKがプロ野球中継で解説をなくして、無音で球場音のみの放送をしたことがあった。これには伏線があって、民放のつまらない解説、具体的にはA,K,N,H,M,Tといった大物?元選手の解説が脳がないと批判された。江川と野村だけが出色であると書かれていた。従って人による差が大きいという批判である。Kに至っては差別用語の「つんぼ桟敷」を連呼してどこかに消えてしまった。

今回のスポーツではシンクロの解説はほぼ不要、自己陶酔と感動語の連発で、これは要らないだろうという批判があった。フィギュアではトリプルかどうか、ルッツとかいう専門用語、回転数がしろうとではカウント不可、などの理由で必要である派が多数を占める。(僕の周りだけど)

最悪の解説というかうるさいのはバレーボールのメンバーである。もと日本代表のNやOは「それ」だの「いけ」「よし」など、ほとんど俺たちと同じことを叫んでいるだけである。なんでこんなのを出すのかよくわからない。その後消えたようだけど、本当に最悪の解説でした。

解説で視聴者が求めているものはしろうとでわからない部分の解説である。技術的なことや、採点の基準、統計をベースにした指摘などである。総合的に判断してこれまで最高の解説は私的には(アーあ、若者用語をつかってしまった)、広岡達郎氏の野球解説、最低は大相撲の元横綱旭富士の安治川親方である。まったくやる気がなかった。

解説の役割って大事だと思うけどなあ。

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謝恩会、卒業式第4弾!

いやはや、沖縄は暖かだった。大学で行われた卒業式(学位授与式)もその後の懇親会も手作りでよかった。僕が担当した学生さんたちは全員卒業できたので、嬉しい。ロースクール卒業者は法務博士という学位が授与される。これは米国のJD(ジュリスドクター)を訳したもので、修士以上博士未満といったところであろうか。3年だから、まあ良いネーミングですね。

今回の授与式には沖縄弁護士会会長、地検の検事正、地裁裁判長なども参加して祝辞を述べてくださった。卒業で一安心というのが普通であるが、ロースクールの場合には5月に司法試験が迫ってるので、あまりのんびりとしてはいられない。これに受かって法曹資格が取れるわけなので、なんだか緊張感がある授与式であった。祝辞もそんな関係でいまひとつ歯切れが悪い。本当のお祝いは9月の発表後ということになる。

那覇では司法試験は実施されないので、博多や地元に帰って受験をすることになる。修了生は4月からは学生でなくなるので、なんだか不安定な身分であり、合格発表までに半年がほんとうに辛いと思います。でも目標が明確なので是非がんばってください。応援します。

暖かな沖縄を離れて東京に戻るのは本当に辛いです。早くこの沖縄で短期滞在がゆっくりできるようなベースを作りたいと思います。次回はカジノに絡む調査と毎年の定点観測のために4月か5月に訪問します。講義は9月からです。沖縄関連のイベントだけで一年を俯瞰すると本当にあっという間のことです。

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2007年03月23日

沖縄にきました。

昼からの会議が順調に終わり羽田に向かった。浜松町からののんびりがたがたモノレールにようやく急行が大増発されて、早くはなった。が、揺れはどうしようもない。まったく疲れる電車ではあります。これでは品川からの京急にはかないませんね。

快適なフライトで那覇にくると、23度であった。ぽかぽかで、なんだか心もぽかぽかしてきた。みんなと会うためにいつもの「かわじ」に直行して、その後2次会に突入した。みんなが誕生日を覚えていてくれて、とほほではあるが盛大に祝っていただいた。54歳である。うれしいやら、恥ずかしいやら、元気に迎えられたので、喜ぶべきであろう。ありがとうございました。具志堅さん、許田さん、ほかみんなありがとうございました。

ホテルに戻るとこれまたどっかんと嬉しい仕事が入っていて、てきぱきと今片付け終わった。将来沖縄である時間をすごすようになった場合にどれだけ影響がでるかを試験中である。限りなく作業場所は問われなくなってきているなあと実感する。花粉もないし、年中あたたかなので、僕みたいな考えを持つ人はたくさんいるのだろうなと思う。

明日は卒業式と謝恩会なので、じっくり話し合いたいと思います。司法試験は5月ですが、結果発表は9月です。その間どうやって待つのかが当面の問題になりそうです。受験生の悩みは尽きません。できる限りのことをしてあげたいと思います。とにかく受験日まで体調維持してがんばってください。

ホテルはビーチタワーホテルです。風呂から見える夜景は最高です。2日だけですがのんびりさせていただきます。

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2007年03月21日

墓参り日和

というようなものがあるかどうか知らないが、小平霊園は人と車の山であった。毎年のことではあるが彼岸の真ん中に行かなくてもと思いつつ、なんだかんだあって、結局人ごみを掻き分けて、いざ我が家の墓へ、といった気持ちで小平駅を降りる。以前車で行くともあったが、新青梅街道がとんでもない混み具合なのでここ数年は電車に限る、ということになった。結局人ごみが好きなのかもしれません。

まず駅前の屋台でたこ焼きを買う。次に石屋さんで花を買い込み、10分ほど墓地を歩く。宴会家族あり、読経家族あり、掃除家族あり、まあどこにでもある光景ですが、それにしても広い霊園である。お参りを済ませてまた駅まで住宅街を抜けて歩いた。田無まで戻って蕎麦屋に入ると、これまた行列である。ニッポンの正しいお彼岸があった。

夕方からは吉祥寺に散歩にでかけた。お世話になった方への贈り物やら、旨そうなお菓子を買って、いつも行くレストランで食べて、静かに休日は過ぎました。北米からM&Aのチームが来日しているので今日も仕事になるのかなと覚悟していたら明日になり、やれやれ。でも明日は沖縄に行くので何が何でも3時までに終わらせないといけませんね。今週の僕の優先順位は、沖縄がダントツで一位なので、しっかり取り仕切って、向かうことにします(笑)

沖縄の佐藤さんから「あったかですぅ」という電話があれば、具志堅さんからも「まっとるよ」とメールが入り、嫌なことは全部忘れてしまいました。サクラも満開間近。幸せな時間がやってきますね。

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謝恩会パーティー第3弾

今日はなんと午前中教授会、午後仕事をして夕方から横浜パンパシフィックホテルで謝恩会である。6時開始というので5時45分に行ったら、わがゼミは全員集合。テーブルでまてど暮らせど乾杯が始まらない。私の持論で、開始時間経過と共にわがゼミだけ乾杯を挙行。盛り上がる。大体2時間飲み放題であるのに、ホテルは6時になってもドリンクをサービス開始しないのはいかがなものか。。。

とはいいつつ、楽しくのみ、食べ、写真をとり、あっという間に謝恩会は宴たけなわでなった。親御さんも出席するくらい盛況で、本当に楽しかった。東京に残るメンバーも多いので、また4月にも会えるし、めそめそした感じは全くなかった。

これで12回目の謝恩会。後一回で終わりだ。今年はゼミ生以外にもの個人的に仲良くなったメンバーが多いので、本当に大学に顔を出すのが楽しかった。僕は恵まれていると思う。最近の大学生は、というお方もいらっしゃると思うが、少なくともわがゼミは最高のメンバーに恵まれました。

明日はなんとか休みになりました。明後日からは沖縄です。久しぶりに沖縄の仲間たちに会えるので今から疲れはすっ飛んでます。具志堅さん、許田さん、東江さん、池田さん、佐藤さん、松久さん、みんなみんな早く会いたいです。大きなM&Aが進んでいるので仕事しながらの旅行になりますが、もう僕の人生は沖縄抜きではありえません。お世話になります!!

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2007年03月19日

第2弾 大学院謝恩会

今日は大学院の謝恩会であった。朝から仕事で動いていたのだが、とにかく月曜日は8時には田町あたりにいる。久しぶりに禁煙席を設けていないVELOCEのコーヒーショップにて朝飯を食べたのだが、スタバに毒されている身としては久しぶりのVELOCEのカフェオレに感動してしまった。不覚!

ランチは始めて入った蕎麦屋で天ぷらうどんを食べた。これが驚くほど関東的で、おそらく関西以西の人は食べれないと思う。真っ黒のがんがんの濃い口醤油だしで、天ぷらが3本のるが、それらをこれまた濃い天つゆにつけて乗せるという徹底振り。ドーダ、これが関東の天ぷらうどんだ、食らえ!!ってな感じで、さすがにつゆは飲み干せなかった。最近は四国の讃岐うどんやらが主流になっていたようで、わが舌も2年ぶりくらいに目が覚めた気分であったに違いない。

大学院の謝恩会は参加人数も少ないので全員の顔と名前が一致する。ほとんどの学生が税理士となるが、みな社会人で、苦労しながらの卒業であったので、喜びもひとしおであったろうと思う。最後の追い込みでは二人の猛者がみんなを助けたようで、何だか戦友のような関係になっていた。会場は道玄坂を抜けた神泉のラブホテル街のど真ん中で、パーティー専門会場であった。少し早めに着いたら誰もおらず、近くの喫茶店で時間をつぶした。ホテルとは違うところである。

神泉はまだ古い町並みが残っていて、坂道が多く、好きな街のひとつですが、人が多すぎますね。マークシティーまで歩いて井の頭線に飛び乗り、20分で吉祥寺に戻ってきました。帰りに地下の榮太郎でサクラ饅頭を買い、カヤシマに顔を出して直帰しました。あーあ、食べ物の話題が多いな、今日も。

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2007年03月18日

ゼミ卒業祝い

今日は朝から家でパーティーの準備に追われた。3時に第一班がやってきて、買出しである。ビールからチューハイまで50本ほど買い込み、つづいてケンタッキーでドカンとバケツを二個分フライドチキンを買い込み、準備万端。料理は昨夜からほぼ完成している。

予定の時刻よりも1時間も早く全員が集合した。わがゼミは時間厳守をきつく言っていたので、大体何時頃というでれでれだらだらの待ち合わせはなく、きっかり約束の5分間というのを徹底してきた。でも今日は1時間前である。何か手伝います、ということであるが、いやはや、ありがたい。

ということで4時からパーティーは始まった。お祝いのスピーチの後に乾杯をして、まったり美味しくいただいた。4年間の思い出話にあっという間に時間は過ぎていった。就職状況もよかったので、テレビ局や銀行、信金、メーカー、IT系など大方就職は決まった。まだチャレンジしている学生もいるが、こういう時期だからゆっくり狙ったら良いとアドバイスした。地方から来ている学生の親御さんからも電話がはいり、こういうときに教員をやっていてよかったなと思う。

明日は大学院、明後日は学部の謝恩会があり、金曜日は那覇で卒業式がある。慌しく3月が過ぎる。以前大学は春夏冬の休暇期間はきっちり休暇がとれたが、最近が行事が多く、以前の半分ほどしかのんびりできない。来週の行事のあと一週間で入学式である。いいのかわるいのか。

大学は休みが多いと批判されるが、大学が世間並みにばたばたしていては、ゆっくり考えるなんてことはできない。のんびりしてていいのだ。しかし、その倍汗をかく時間があるからそれが許されるのであって、汗もかかずに休みを要求する連中がいることも事実だ。授業評価に基く5年契約が大学教授の理想的な契約形態であると僕は思う。でもそれを提案する場もなく、それをシステム化する能力もない。入試倍率が5倍というのはもはや危機的状況だということを教員が認識して、自ら身を引くくらいの覚悟で臨まないと大学は変わらないと思う。大学に年功序列は要らない。

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2007年03月17日

団塊世代の退職いよいよ始まる

今月はあちこちで、いわゆる団塊世代の先輩たちの退職が相次いで、送別会やら祝い事が沢山開かれ、なんだか楽しい。団塊世代は日本が貧乏時代に生まれたけれども、就職時には高度成長の真っ只中で、豊かさを実感し、ライフスタイルをゆっくり考え、男女共同参画社会の基礎を築いた人が多いので、お金の使い方や定年後の過ごし方については、それまでの爺婆たちとは異なる価値観を持っていると聞く。お金の使い方が決まっているように思うのだ。貯蓄に明け暮れた時代ではなく、使い方を知っているので、景気への刺激は相当なものであろうとの期待が強くある。

どんなライフスタイルを見せてくれるのか楽しみである。僕たちの10年後の参考になるし、何より、新たなニーズとシーズを示してくれと思うからです。それ以上の世代はお金の使い方を知りません。倹約こそ美徳といいつつ、他人の贅沢をねたみ、軽蔑する。比較こそが基本のようなところがあり、楽しみ方を知らない70代、80代の人が僕の周りには多い。そういった輩がもっとも付き合いたくない一群である。いろいろと楽しみを見出して、お金を使うということを楽しんでもらわないと、周りは辛いのである。それを美徳という大義の下、自分は立派なんだという態度が一番醜く、傍で見ていて迷惑な態度である。近寄りたくない。

是非僕らの世代は今の若い世代に目標とされるような楽しい生き方を実践して、いつも回りに仲間や後輩が集まってくれるような、そんなライフスタイルを維持していきたいと切に思う。楽しまなきゃ、人生は短いんだから。
今日は明日来る15人の教え子たちの食材の準備で一日が終わった。こんな汗は久しぶりである。そしてこんなに楽しいことは毎週でも大歓迎だ。

そんな折に、気になるニュースが、、年金の夫婦分割受け取りに関する問い合わせが25000件にも上るそうだ。これらは離婚予定している団塊夫婦の妻たちの相談だろうか。。。ちと気になりますねん。

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旨いもの

息子が相当苦労して、並んで旨いものを買ってきた。旨いかどうかは別にして、人が並ぶということで買ってきたものがある。KrispyKremeのドーナツである。2個食べた。フツーの味で、何でこのために2時間も並ぶのかが全く理解できない。息子も同じ意見である。うーん。

食べ物で感動的に一生涯忘れられないものがあるかというと、そういくつもないと思う。「舛井さんはいつも旨いものたべてるから、、」なんて言われるかも知れないが、そんなことはありません。旨いといっても想像がつく範囲、いわゆる想定内だろうと思うのであります。しかしわが53年の人生で、2回だけ心から感動した食べ物があります。

1回目:尾道のラーメン「朱華園」の最初のスープの一口。この味はいまだに忘れません。ショックでした。昭和50年のことです。いまだにこのラーメンを超える味に出会ったことはありません。東京で名店と言われるラーメン屋には何度も行きましたが、たいしたことはありません。

2回目:ロンドンのベーカー街の脇を入ったところにある「ドナケバブ」の味。最近は東京でもドナケバブを出す店や屋台は出てきましたがこのロンドンのお店の味は最高でした。

たった2回とは、とほほ。ご意見お待ちしております。美味しい店、誰か教えてください。

テレビをつけると芸能人の食べ歩きばかりが目に付く昨今ですが、もういい加減なんか新しい企画で勝負せんかい、と思うのは僕だけでしょうかねぇ。以前に北野たけしさんが、自分が食べてるところは恥ずかしくて人には見せられない、とおっしゃってましたが、本当にそう思いますね。この3週間、じっくりテレビを観察しているとNHKが本当にまともだと思うようになってしまいました。

もうひとつ。白鵬関に気迫と艶がもどってきました。もう大丈夫かな。ちょうど半年前に親方の家でお会いししてから調子が悪かったので親方と食事しても元気がなかったのですが、そろそろ本調子になってくれような予感を抱かせる今日の勝ちっぷりでした。がんばれ!!

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2007年03月16日

いろいろ本番

サクラの開花予想がはずれて気象庁が謝罪会見をするのも珍しいが、こんなときに初雪というのもなんだかおかしい。おかしい天気のせいで少し体調を崩したが今日はすっかり回復して通常モードで動き回っている。

朝テレビをつけたら全局ほりえもんの判決で、それほどの注目度であったかと改めて驚いた。当然の判決のような気もする。被告の弁護士の強気の意見の前に鳴りを潜めていたコメンテーターが、ここぞとばかりにテレビに出演して、これまでの憂さを晴らすようにしゃべっている。3チャンネルでも見るか。昭和天皇の崩御以来のテレビ状況ではある。

明後日はゼミ生が全員我が家に集合するのでひさびさの17人夕食だ。昔我が家が下宿なるものをやっていたころは毎食14-5人であったから、まあこんなもんかという気がするが、それでも当時は大変であったろうなと思う。でも楽しかった。毎日笑い声があふれていた。昔を懐かしがってばかりではいけませんね。

眼の前に大きなサクラの木が広がっています。借景ですが毎年の楽しみです。芽がほころんできています。サクラというと昨年も書いたのですが、知人のKさん定年退職記念に夫婦で外車を買い、鹿児島から北海道までサクラ前線を一緒に3ヶ月かけて旅行したのです。きままな旅で、サラリーマン生活を終えるけじめとしては最高のイベントであったようです。今Kさんは佐渡で悠々自適の生活をエンジョイなさってます。理想的な定年の迎え方だと思います。

顧問先の企業は12月決算が多いので、3月末は株主総会のラッシュです。大学も年度末です。いろいろとけじめの時期ではあります。気分的にもけじめをつけたい時期ですね。

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2007年03月15日

大家族主義

このブログの自己紹介欄でも書いているのだが、最近とみに寂しがりやになってきた。やっぱ家族は大勢で住むのが良い。核家族で子供が巣立ち二人っきりという図もそれなりに幸せであろうが、やはり気の会う仲間や家族が出入りしている空気のほうが僕は好きだ。

大勢で囲む食卓でこそ学ぶものも多いし、孤食は間違いなく人をネガティブにするように思う。飯はみんなでと書いているのも、寂しがりやであるということだけではなく、社会の基本というか日本の原点のようなものがそこにあると信じているからだと思う。

今月はとみに外食が減っている。いろいろと家で片付ける仕事が多く、パソコンという便利なツールのおかげで大学や事務所にまで出向かなくても8割方は自宅に設置している事務所で片付く。論文は書けるし、契約書はチェックできるし、後はどうしても顔を突き合わせて議論する会議だけが残る。これは仕方ない。

僕は将来的には吉祥寺に自分の事務所を構えようと考えている。その吉祥寺はいまや住みたい町日本一になっているそうで、それほどまでに魅力的な街なのである。すでに場所のめぼしをつけてはいるが、移転までにはもう少し時間がかかりそうである。でも希望を持つことは大事で、念じていると必ず実現します。

高校時代(早稲田高等学院)の同窓生の佐藤君が吉祥寺で「かやしま」という食堂を経営している。この店が旨いのだ。普通の食堂だが、ジャズのライブはやるし落語会はひらくし、彼も地元商店会の青年団にいて町を盛り上げている一人である。そういう街が僕は好きだ。そして何より歩いて通えるのが最高である。

なんだか人恋しくなっていますが、皆さんどんどん家に遊びに来てくださいませ。

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2007年03月13日

静かな一日

今日は事情があって外出がままならず、さっさと用事をすませ、自宅に篭っていました。天気は快晴でお年寄りにも最高の散歩日でしたね。新潟の友達からは雪がどかんときて寒いという連絡が入りました。例年なら当たり前のことが今年は雪を見て驚いているようです。

一方で大挙して沖縄に行った連中からは、慶良間の鯨ウォッチングに行ってきましたと、ラッキーな報告が入ってきました。高知に向かった友達は空港が閉鎖されて東京に戻ってきましたという連絡が入りました。ANAの胴体着陸で、全便欠航になったそうです。

日本中でいろいろなことが起こっています。また今日はカナダの友人の弁護士が日本人の奥様の里帰りを兼ねて帰ってきましたと連絡をいただきました。法事だそうです。こうして天気でいろいろと泣き笑いがあれば、一方では冠婚葬祭で人々は動きます。全て自然の営みです。こんな風に人間の無力感を感じるとき、いつも思い出す明言があります。誰が言ったのかしりませんが、「人生は生まれ故郷の自慢話をする旅にすぎない」というものです。たまにそうだなあと思います。

個人情報保護法が施行されてから時間がたちましたが、相変わらず情報の漏洩問題が続きます。ここ数日は大手印刷会社の問題で、印刷を委託していた会社の情報が大量流出です。お粗末な体制です。会社の体制は厳しくなっても、扱う個人の意識が変わっていないのではないでしょうか?これはコンプライアンスにもいえるので、日本版SOX法がいかに厳格に制定されても、現実にはどうなるのでしょうか。法律は「欧米か!」 意識は「アジアか!」

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2007年03月12日

立ち食いそば屋における歴史認識問題

立ち食いそば屋がなぜ旨いかというと腹ペコで行くからだという。確かにそうかもしれません。この立ち食いそば屋である共通した問題点があるので現在改善を申し入れているのですが、その内容はこうです。

「まず暖かいウドン。トッピングはかき揚天ぷらと生卵とわかめ。」
「えっ?そういうのだめだよ。うーんと、じゃあ、天ぷらウドンに追加で生卵とわかめだね。えーと、合計で450円かな。(ぶつぶつ)」

つまり、かれらはベースプラストッピングという発想がないので、いきなりこういわれると混乱するのである。しかし、この客の要求は社会学的に大変的を射た良いものである。
検証:まず店員は客がうどんかそばかを見極めたい。それもあつあつか冷たいかも同時に瞬時にである。この点に関して客の要求は正しい。はっきりと最初に「暖かいウドン」と指定しているからである。作業に遅滞をもたらさない、正しいオーダーである。奥のおばちゃんもうなずいている。

次に暖かいウドンが完成した後に、トッピング群を載せれば出来上がる。この点においても作業に遅滞をもたらさないので120%正しいオーダーである。

ではなぜこの店員は怪訝そうな態度を示したのか?それは頭のなかで、既存メニューが叩き込まれているので、素ウドンと天ぷらウドンの違いは即時に理解できても、そこに卵だとかわかめが介在してくるとメニューにないものが即座に浮かばない、いわゆるマニュアル=バカ頭化していることに其の原因があるということを発見した。

これは多くの店で試したが、一様に怪訝そうな表情であった。しかしだ、どこの店もチケットにもウドンとそばが同一料金で、一枚のチケットのなかにうどん・そばと表記してある。これは明らかに「どちらにしますか?」という無駄な質問と回答を求めるもので、無駄で不要なシステムである。

さらにこの問題を研究した結果、会社が社員になるべく現金をあつかわせたくないという意図さえ見え隠れしているという事実まで把握したのである。トッピングの追加に関してはほとんどの店がカウンターでのキャッシュ支払いを認めている。それは記録に残るのかどうかは僕にはわからないが、この(歴史認識ではなくて)解釈は経済の専門家に委ねるべきであると総理も言いそうである。

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2007年03月11日

卒業式シーズン

ばたばたと一週間が過ぎた。プライベートなことでばたばたしていたら、誰にでも同じようなばたばたがあることも知った。仲間はありがたい。すべて解決して、これまた忙しい3月の後半戦に突入である。まず卒業式がいくつかある。複数の大学で教えていると全部出ていたら仕事に支障がでるので、卒業生と直接関わった学校だけに絞り込んで出席することにした。それでも3つである。

今年の本務校の4年生は一番手がかからなかった。今週末我が家でパーティーをやり、来週横浜パシフィコで卒業式と謝恩会(近くのホテルで)がある。大学院は渋谷の会場でゆっくりパーティーである。それら東京組が終わると、沖縄琉球大学ロースクールの卒業式である。僕は非常勤だが、それでも一期生にたいしては格別の思い入れがある。楽しいことばかりだった。5月の司法試験は是非多くの人に合格してもらいたい。

沖縄は久しぶりである。今日沖縄に行っている友達から電話が来て、暖かです!とみんな幸せそうであった。暖冬ではあるが、それでも暖かという響きはなんと素敵なものであろうか。老後は本当に沖縄と行き来して住みたいと思う。老後でなくても今でもそうだが、今年は何回いけるかな??

昨夜80歳で現役引退した父の気分転換を兼ねてボーリングに行った。以前父はアベレージ200を出すくらい好きで、多くの大会で優勝していた。さすがに80歳になってはそうは行かないが、結構な腕前である。自分は10年ぶりにやり、最初が70、2回目が149であった。むきになってがんばったせいか、今日右腕が上がらない。筋肉痛なんて久しぶりであった。とほほ。でも楽しかった。。

博多の愛娘の詩織がパリへの修学旅行から帰ってきたとの報告が入った。楽しそうである。早く会いたいぞ!!さて明日からは年度末の仕事で忙しくなります。がんばりまっしょい。

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2007年03月08日

こんな偶然があるとは!!

今日発売の週刊新潮の「結婚」欄と「墓碑銘」の両方のページに知り合いの方々が載っていたので驚いた。まず結婚欄は長年の友人のマダム路子さんと片岡五郎さんで、発売と同時に今日の昼にマダムから電話があって、小一時間話してしまった。五郎さんは石原軍団にいらっしゃったので、渡哲也さんの自宅でお祝いの真っ最中であった。

詳しくは雑誌に書いてあるので読んでいただきたいが、ご苦労されてここまでたどりついたので、感慨ひとしお、といったところではないでしょうか。7月7日の披露宴まで書かれてしまいました。僕が仲人なのでがんばります。ちなみにマダムからは葬儀委員長まで拝命しております。。

もうお一方は墓碑銘で牧野昇さんです。三菱総研でも可愛がっていただきましたが、FP協会を通じて、いろいろな政治家や財界人との食事会などでも声をかけてくださり、何度も一緒にご飯を食べさせていただきました。最後にいただいた食事は日比谷で、次期総理候補のおひとりと3人でしゃぶしゃぶを6人前食べました。健啖家でお肉が大好きでした。おかわりと言ったのは牧野さんでした。

三菱総研のお部屋でいろいろなお話を聞かせてくださったことを今でも思い出します。僕が鉄鋼メーカーにいたことを話すといつも嬉しそうに「そうかそうか」とマテリアル時代の話をしてくださいました。根っからのものづくり専門家であったと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。

この二つの欄は左右見開きで同じところにあるので、余計にびっくりしました。

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新人受難

今年のサクラ満開時期は3月20日前になりそうだ。例年4月に行われるので、新人、新入社員が場所取りなどに駆り出されているのだが、今年が3月となると、新人はまだ来ないので、彼らが2回目を担当することになるのだろうか?1年に2回花見ねぇ。どーでもよいのだが、少しかカワイそうな気がする。

ここ数年、いや10数年、花粉症のおかげで花見などをしたことがなかった。しかし、今年はセレスタミンという薬のおかげで、ほとんど感じないので元気に花見にいけそうである。花粉とサクラはいつも一緒だった。

家の周りでは、井の頭公園、善福寺公園、関町公園、石神井公園と名所が沢山あって、いまさらながら上石神井は恵まれているなぁと思う。サラリーマンを辞めた20年前には市谷から四谷寄りにあるビルで仕事をしていたから、サクラの名所の隣であった。当日は昼間から場所とりが始まっていた。われらは事務所の窓から眺めていた。

次に移った事務所は東郷公園の脇で、これまた花見の名所であった。次は目白の高台。坂道をサクラの花びらを眺めながら通えた。日本人は本当にサクラが好きである。サクラが好きなことに乗じて、サクラという名前の楽曲がこれまた多い。

我が家の前に大きなサクラの木がある。家の中の僕の書斎の真向かいにあるこのサクラをみながら一週間は和むことができる。お向かいではサクラの木の真下が庭で、毎年酒盛りがある。ご主人の長年の夢だったそうで、幸せそうに眺めているのが印象的である。サクラは日本に良く似合うと思う。

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2007年03月07日

長く続けること あるミュージシャン

先日時間があるときに、ビートルズのトリビュートに関する情報を見ていたら永沼忠明さんという方のHPに出会いました。ビートルズのコピーでは有名な方ですが、オリジナルのアルバムを出しているとは知らずに、試聴してみたら素敵な曲ばかりでした。早速注文をして、今夜ようやく全曲を聴くことができました。

良い曲が多くて、感動しました。ノートを見ると長い音楽生活を送っておられ、人生を好きなポップス一筋でがんばっていらっしゃる方でした。もっと早くに出会っていたかったアルバムになりました。早速ファンレターを書いたところです。

ビートルズに影響を受けたミュージシャンが最終的に自分自身の音楽の発見、発表に至る過程は、ファンではわからない深いものがあると思うのですが、それが自分の音楽として結実してゆくさまは、大げさなようですが男の生き様みたいなものを感じます。トリビュートバンドがかくも沢山世界中でいまだにファンを熱狂させているというのは、元祖がやはり恐ろしく有能で、特別な星の下にあったからだと思います。そこから派生してあるひとつの結果を形あるもので示せるトリビュートバンドはそう多くはないと思います。

アルバムの写真を見ていると彼らの歴史が物語られています。また一人素晴らしいミュージシャンに出会いました。グーグルホッピングもたまにはいいですね。

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名刺の整理

仕事で出会った人の数はあまり自慢にならないが、まあそれだけ多くの人に出会ったことを自慢する人には、がんばったね、と労いの声をかけてしまいます。それにしても数多くの名刺がたまる。日本人は、とにかく会うと名刺交換である。外国人がみた日本人のイメージをジョーク集でまとめた本が売れているが、(読んでないからわからないけど)名刺交換についても何か書いてあるにちがいない。沈没する船の救命ボートに日本人が乗り込んできたら全員と名刺交換をするに違いないとか。。。。

従って、米国映画でも、お辞儀をして名刺交換をする画が取れたら、それは言わなくても日本人だということになるのだそうだ。名刺交換はその瞬間に「上下関係」がわかる。まず会社の規模に上下関係。上場企業か中小企業か。次にポジションについての上下関係。部長と課長。この場合には若干複雑な問題が生じる。つまり、大企業の課長と中小企業の部長はどっちが上かということだ。それも瞬時に判断する能力があるのだ。素晴らしいことだ。利益率、給与体系、業界勢力図、最近の売り上げ、スキャンダル、イメージ、、、など瞬時に判断して、顔を上げたときには、厳然ときっちり正しい上下関係を決した笑いがあるのだ。

こういう能力はさらに、すれ違いざまの挨拶の後先までも瞬時に判断することでさらに磨きがかけられていくのだ。30M先からやってくる人を3秒後にすれ違うまでの間に全てを決まるのだ。この二人の日本人の判断には一分の狂いもない。素晴らしいことである。

従って、会社の取引先のコンペなどではスタート前から力関係が決まっているので、地獄の半日がまっているのに、これを楽しみにしている多くの日本人がいる。立派である。営業の鑑である。僕には絶対にできないことであるのですが。

なんでこんなことを書いたかというと、最近の若いビジネスマンはこういったサバイバル能力が著しく欠如しているのではないかと感じるからだ。電車や地下鉄の中でお目にかかる若い人たちは自分の世界に入り込んでいて、周りをもながら状況をシミュレーションすることをしている人が少ない。体験的統計ではあるが、そんな気がしますね。少し古い考え方かな、とも思いますが。毎日電車で観察していて感じたことでした。

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2007年03月05日

春の嵐

それにしても異常気象状態常態化ですね。朝からばたばたとして、午後は久しぶりに都庁に行った。大きな建物、沢山の人、その合間で行く先のないような沢山の老人や孤独な雰囲気の人々が、のんびりと終日過ごしているような、なんともいえない東京の凝縮のような光景がそこにはあった。

第2庁舎にようやく到着すると、親切な担当官が優しく説明してくれて、用件はあっという間に済んだ。すこし時間が余ったので、京王プラザのコーヒーショップで早めの昼食。まわりは元気の良い40,50代の女性ばかりです。どこもそうだなあと思いながら、ゆっくり食べた。

午後の打合せは門前仲町。疑わずに新宿まで歩き、高田馬場までのり、東西線に乗り込んだ。これが最短だと信じていたが、違っていた。なんと都営大江戸線なるものがあって、なんと京王プラザの下から直行である。なんということだ。あっという間に東京は変わっていた。頭に入っている地下鉄路線には南北線や都営大江戸線などは、まだまだ含まれていない。

落ち込んで突風の中をとぼとぼと歩いて会議に向かった。嵐の中を風に向かう中年おじさんの図であるが、なんだかむなしくなってきた。ようやくたどりついてたら、就職説明会の真っ最中で、濃紺のスーツに身を包んだおじさんにも声がかかるかと知らん振りして受付前に座っていたら、さすがに間違えられることはなかった。当たり前か。。

終わってオペラシティーにタクシーで向かった。会議まで時間があったのでそのビルにいる知り合いのY弁護士を訪ねた。元気そうだった。外資系特有の個室で仕事をしていた。寂しそうだった。孤独な職業ではある。世間話をして旧交を温めて会議に向かった。

終わって突風の中を帰宅した。一日を振り返ると、いろんな人を見てきた。寂しい人、元気な人、孤独な人。なんだか人生の縮図のような一日だった。なんでもないことだが、こういう日に記憶に残るのは寂しそうな人たちである。もっと声を掛け合い、活気がある街が僕は好きだ。先般、六本木で隣同士になった人たちと愉快に会話することがあったが、ちょっとしたおもいやりで一日は楽しくなる。怒った日は辛い。もっと仲間に声を掛け合わなくてはいけないなと感じた日だった。

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2007年03月04日

初夏の気候

ここまで暖かだと人間でさえ勘違いするくらいだから、動植物はもう完全に夏の準備を始めているに違いない、と思うのである。昨日は書類を大学の研究室におき忘れたので、駅からまた舞い戻るという汗ひーひーの失態を演じてしまいました。

最初に忘れ物に気がついたときは、タクシーで行こうと考えたが、タクシーがない。とほほ、で小走りに歩きだしました。往復25分。微妙な距離だ。大学でもタクシーを捜したがありません。マーフィーの法則はきっちりと正しかったです。汗だくで駅に戻ってきたらちょうど一台のタクシーがとまっていた。なんということだ。汗だくで友達との食事にかけつけた。

さて今日は朝からのんびりと過ごしました。この一週間は本当にいろいろと考えさせられることが多かったのですが、結論としては、人生はもう少し楽しみながらゆっくり進んだほうが良い、というものでした。これはここ10年で最大にして最高の結論であると感じました。それを信じて明日からはすこしペース配分を考えようと思います。翌日までは絶対に仕事を持ち越ししないという哲学を捨てました。マイペースを少し守って、一呼吸をおきながら、楽しくやって行こうと、決めました。

知人で兄貴と呼ばせていただいている佐藤一道さんが10日に本を出版します。「あなたの人生脚本は変えられる」(ゴマブックス) 店頭で手にとってそのままレジにお進みください。また後輩の弁護士の牧野和夫君が新しい本を出しました。「知的財産法講義(税務経理協会)です。こちらも買ってください。僕が一部ですが参加してお手伝いさせていただきました。一目で知財がわかりますので便利な良い本です。

僕は50冊目を50歳で出したときに、少し出版はお休みさせてください、と決めました。今はこうして周りの方々のお手伝いができれば十分と思っています。ライフスタイルに関する本も多数出しましたが、僕が楽しんだ時代の経験は今はあまり役立ちません。すぱっと手を引かせていただきました。しかし書いた本がご縁で今もいろいろなかたとの連絡やら交流を心から楽しんでいます。本当に沢山のメディアに出させていただきました。この場を借りて感謝の気持ちを再度お伝えできればと思います。

それでも寄稿してくださいというお便りがあり、今月創刊の「百姓一揆」という雑誌に寄稿しました。詳しい発売日などはまたこの場でご紹介しますね。

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2007年03月03日

春爛漫

父が68年前に卒業した小学校が廃校になるということでおそらく最後の同窓会になるだろうと旭川に向かった。なるほど、同窓会とはかくも長く続くものであるのか。生存者、いや出席者は4人だそうだ。全員80歳。どういった話題で盛り上がるのだろうか?「お前はあーだ、こーだった」と全て過去形になる会話というのも恐ろしい。でも4人にとってはかけがえのない記憶なのであろう。車で空港まで迎えにきてくれるというのも恐ろしいが、それを運転する80歳が4時間ぶっ飛ばすというのも恐ろしい。まあ人生の極楽地獄は全部みてきたのだろうから、雪道程度は屁の河童というところだろうか??頑張ってほしい。

そんな折、博多の娘三姉妹たちの情報が入ってきた。一人はバレーの発表会が明日、もう一人はあさってから欧州に修学旅行だそうだ。春爛漫という感じでいいな。今日は桃の節句である。花見のような暖かさで節句とは、絶句。

今日は事務所で仕事を片付けてから大学で院生卒業判定会議である。今終わり、これから新宿で仲間たちと食事である。セーターで汗ばみ、一風呂浴びてから行きたい気分である。松坂好投、球春到来、暖暖節句、気分爽快、全身汗溢、麦酒願望、速攻新宿、速攻乾杯。では。

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2007年03月01日

3年ゼミ生とのコンパ

最近はコンパなんて言葉は使わないっか。今年の3年生はみんなとても気持ちよく、マナーも心意気も素敵だ。とりあえず集まることができる6人で集まって、新宿で生ビールを飲んだ。最初梅酒にソーダ割りなどと、最近飲んでなかったのでソフトに行こうとしたら却下されて、やっぱ生でしょう、ということになり、美味しく飲んだ。やっぱ、旨い。

3年生はそろそろ就職活動を始めていて、春休み中のスーツ姿かと思ったらぜんぜん違っていた。就職戦線は好転している様子であった。嬉しいことに鉄鋼業だけを狙っている者もいて、数年前なら考えられないことであった。がんばれみむら!!

司法試験を狙う学生もいて、今年は楽しい。残念であったのは、サッカー少年隊がいなかったことだ。兼平、たけ、光、ウッチー、その他参加できなかったメンバー、寂しかったぞ!!俺が帰る頃にやってくる野澤のようなたこもいて、まあ楽しかった。これからが一番就職活動が苦しいので是非乗り切って欲しい。推薦状はいつでも書きます。

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