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2007年02月28日

元気が一番、メーカー2番、三時のおやつは、、

昨日のブログで復活、いやフッカツ(小文字)を果たしたと書いたが、体調不良ということでご心配をおかけしたところが予想以上に広範囲で、いやはや、申し訳ない、というか、すいませんでした。すっかり元気です。娘の会社の人にも心配かけてしまい、I Became Much better=IBMerですのでご安心ください。

今日は会議が終わったのが5時。最近一緒に仕事をしている銀座のみらい税理士法人で会議はありました。その後新会社キックオフということもあり、関係者と食事会をしたのですが、数日ほとんど食べていなかったので(不調により)、一気に贅沢三昧をする気になり、少々食べ過ぎました。どこで何を食べたかを書くと、最近ただでさえこのブログはグルメ三昧とか言われているので、あまり公表したくありませんが、嘉門という鉄板焼きやサンです。

まあ今週最初のまともな食事なのでお許しください。みんなで食べる食事は旨いですね。

今日から3月ですが、風が吹くと肌寒いものの、暖かな日々が続いています。皇太子殿下でさえ2040年度には北極の氷が解けるのではないかと心配しているのに、安心していてよいのか、その辺ドーダ、と自問しているのですが、自分にできることはあまりなく、憂いを秘めるだけです。科学技術が幾多の困難を乗り越える手段を開拓してくれました。将来の技術発展に期待するしかないのでないか?であるならば大学に携わるものとして、理工学部をさらに充実させるべく尽力すべきではないのか?とも思う。

就職率が高い社会科学系ばかりが幅をきかせているが、もっと理工好きになってもらわないと困るように思う。矛盾したことを言うようだが、弁護士の8割が就職難といったニュースがでることもある。法曹3000人時代(年間排出、いやCO2でないので輩出)は何か大きな矛盾をはらんでいるように感じる弁護士は多いと思う。ものづくりに興味を抱いてもらうためにできることは何か?

1 メーカーにもっともっと元気になってもらい高い給与水準を提示してもらう
2 メーカー主導の経済構造を明確に提示してもらう
3 メーカー以外を全てメーカーのサポートスタッフと位置づけ、メーカー勤務者を「様」づけで呼ばせる
4 メーカー勤務者の所得税率を下げ、必要経費を認める
5 メーカー勤務者にアメックスプラチナカードを無料で交付する
6 メーカー勤務者には定食屋は全ておかずを一品サービスし、大盛り料金を無料にする

まあ半分冗談としても、このくらいしないと構造は一気に変わらない。みんなで子供たちに理工系の楽しみを教えていかないと、底上げは難しいように感じる。がんばれ理工学部!!

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復活!

別にイチローが怪我から復帰したような表題ではあるが、なんてことない、体調不良からの復帰である。そういう場合にはイチローと同じ日本語を使うのは失礼ではないか、と思うので、フッキくらいが良いのではないだろうか。それも小文字程度で、、、

しかし暖かで快適な日々の連続であり、老体には大変にありがたい。セレスタミンのおかげで花粉も感じずに生活できるので快適快適。今日は月末なので経理の締めもあり、また遅々の事務所の閉鎖もあり、連絡業務でばたばたしている。

しかし感じたことだが、電話の移転やリースの解約といった作業は、担当者に到達するためには電話の操作が本当にややこしい。年寄りでは無理です(断定してよい!) せめて代表番号に電話したら、沖縄のコールセンターでも中国のでもいいから、誰かすぐにでろ!!と言いたい。日本中の老人を代理して、これはいいたい。1にシャープを押せ!とかもうどうでもいい。

サービスの基本であろうと思うである。まあとにかくあっちこっちに終日電話して、やっと事務所ひとつ閉鎖の作業が終わった。やれやれである。ふと気がついたが、「当行は機械による音声指示は一切おこないません」という方針発表だけでもずいぶんと評価はあがるかなとも思う。

さて今日でミュージカル「ショック」が終わる。別にたいしたことではないが、まあひとつの年中行事が終わり、終わると春となります。3月は華やかな行事がたくさんあるので楽しみたいと思います。

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2007年02月26日

辛いときには

辛い時には楽しいことを話すと気が休まります。一人で悩んでいるとますます落ち込むことが多いですが、そういうときにこそ仲間からの元気あふれるメールや声のメッセージは救われます。

今日はボクも忙しく、体調を崩して、へこんでいました。が、後輩と電話で話をして、沖縄とメールして、アメリカからも優しさいっぱいのメールを受け取ると、元気になります。忙しく不調だった昼間からはだいぶ回復しました。

あたりまえのことでしょうが、当たり前のことさえ忘れてしまっていることがありますね。明るく前向きなことを沢山書かなくてはいけないブログなのにすこし愚痴ってしまいましたね。すいません。

それにしても今日もJALニュースが沢山。週刊朝日の記事は驚きました。もうヤフートップのニュースでは驚きませんが。昨日の今日ではたまりませんね。

2月8月は暇だというものの、後二日で終わる2月は大変忙しくしておりました。3月もまた元気に過ごしたいものです。

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2007年02月25日

明るく生きるということ

生きていると辛いことが起こる。誰にでも起こる。突然起こる。そういう困難に直面した時にでも、明るく飄々としていたいと、ボクは常に思っているのであるが、この姿勢を忘れかけることもある。今特に目の前に何か大きな問題があるわけではない。しかし年齢とともに、周囲も少しづつ変わるし、親族も加齢が進むと、親族の誇りのようなものを守る自信があるかないかというようなことを考えるときがある。

親族は選べない。自分が選んだものであれば自分に問いかければすむのであるが、血脈は自分が選択していないものである。そういう問題で悩むケースというのは多いのではないだろうかと、最近考える。

しかし、それでもそれをあるがままに受け入れて、協力して問題を解決していくときには飄々と堂々としていたいと願うのである。仲が良い友人たちも同じことを話すことがある。自分ひとりではないから、かかわりがあるものへのケアは大事である。

時折夢を見るものがある。それはたとえば老人が虐待されたら、あるコミュニティーの扉を開ければそこには基本的には年金程度で大勢が楽しく暮らすところがあり、それぞれが能力を生かして、適当に楽しく暮らしていけるインフラがある。補助金もあるので、贅沢ではないが楽しいコミュニティーである。

子供たちも同じで、そこでは親が忙しければ駅前の食堂でおかみさんの手料理を食べながら、親が帰るまで仲間たちと勉強したり遊んだりできるコミュニティーがある。虐待などがあればシェルターになってくれる場所である。そこに行けば最低限の楽しさやあるいはそれ以上の人間の尊厳が維持される場所がある、そんなコミュニティーである。いずれのコミュニティーも基本は大勢で暮らすというものだ。核家族とは逆の、衣食住という基本だけはしっかり温かなものが確保される、たったそれだけのものである。

こんなことさえ今の経済力をもってしても日本は作れないのだろうか?今自身に余裕があればこのような日本型キブツ(原始共産社会としてのものではなく日本型現代版隣組)を試験的に始めてみたいという欲望がある。政治家にはできないだろうから、民間の力で成功モデルを作れば後はまねするものが出てくると思う。

家族と住みたくないとおもった老人が一人で門をたたけるようなそんな何でもない庵が、高級ケア付老人ホームなどよりもビジネスモデルとしては楽しいと思う。いつかそんなことに関われれば楽しいのであるが。団塊世代が新たなビジネスモデルを生んでくれると期待している。かれらには共通の時代背景と価値観がある。楽しく生きるために何をすべきかを最もよく知っていてそれを早急に奨める意志力があると思う。ぼくももうすぐそういう仲間に入るけど、その前に何かどっかんとベースを作ってくれたら嬉しいです。

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たいしたことではないがGS恐るべし

先週の土曜日にBSでGS特集があった。去年の特集の後にアイ高野が病死したので、記憶に新しく、今年もビデオでゆっくりみた。バンドが引退しないでいまだに演奏している連中は、年とともに良い演奏を聞かせてくれている。テクニック的にもばかにしたものではない。

ボクがGSを好きなのはそのメロディーを今でも口ずさめるからである。最近のバンドの曲ではそれができない。若い学生たちに数年前のヒップホップ系のバンドのさびをうたってといっても出てこない。粗製乱造とは言わないが、良い曲にめぐり合うことが少ないので、昔とはいえGSが好きである。今の若者が20年後についついexileを口ずさむことがあるであろうか??

なんてことを考えながらワイルドワンズの演奏で「愛するアニタ」を息子に聞かせたら、驚いていた。何に驚いたかというと植田芳暁のドラムテクニックである。GSといえば8ビートの簡単なリズムで、誰でもたたけるのではないかという間違った印象を持っている輩が多い(はずだ)。メロディーが単調といえばそうだが、美しいものも多い。その植田君が裏打というテクを使って歌いながら叩いているのを見て、少し認識を改めたようだ。つまり一拍ずらして追うようにして叩くあのテクニックである。

次にゴールデンカップスが登場だ。「いとしのジザベル」は今聞いても新しい。ミッキー吉野がいたことにも彼は驚いていた。ゴダイゴのミッキーであったのがそんな昔から(15歳でデビュー)メンバーだったことにびっくりしていた。残念なことはルイズルイス加部君のベースを見せてあげられないことだ。彼は今は体調が悪いのかいろいろと噂もあるが、サイドギターをゆっくり弾くだけなので誰も若い人は彼のテクニックを評価しない思うが、最初はベースであった。誰も忘れられないテクニックで、それは当時のバンドでは最高のものであった。その後メンバーが入れ替わり、たしか林慧文(リンケイブン)君というベーシストが加わって、加部君はリードギターに移ったのだが、そのテクニックがこれまた凄いのであった。

ボクは(当時15歳でありました)その演奏を見て驚いて、大好きだった寺内タケシとバニーズがACBに出演している日に、そのベーシストの小野肇さんに電話をして「ベーシストが即リードギターなんかできるのですか?」と尋ねたら、小野さんいわく「実はベースをやっているとギターなんて簡単なんだよ。ベースのほうがずっと難しいんだよ」と教えてくれた。そんなもんかと納得した記憶がある。

時は移り、35年たってもこうして元気に演奏している姿は立派。技術も円熟という境地で、味が出てきた。新曲で勝負は難しいだろうが、がんばって欲しい。久しぶりに音楽で頭が興奮しました。

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2007年02月24日

論文完成

いやはや、相当の枚数の論文を書き上げた。4万字というのは久しぶりであった。これまでの交渉の経験から得たものを一部整理しておくのは後輩の弁護士や企業の法務マンにとっても役立つものと思う。実際、実務経験を纏め上げるというのはけっこう大変なもので、久しぶりに頭に汗をかいた。

書き上げた後、クールダウンを兼ねて沖縄の仲間たちと連絡をとりあった。3月には琉大ロースクール一期生の卒業式がある。ぜひとも参加しなくてはいけない。穏やかな沖縄と話をしているとこちらも気分が落ち着く。頭がハイになるとこういう時間が大切になる。

早いもので2月もあっという間に終わりそうだ。業務の合間に確定申告の計算をしていたら本当に頭が疲れた。ここ3日ほどばたんきゅーで、情けない。自分の頭のなかでは同時進行は5つまでが限界かなと思った一週間であった。

明日は久しぶりの休みである。静かに過ごしたい。

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JAL散々

最近連日JALのスキャンダルニュースが続いている。経営改革ならまだしも、国土交通省からの副社長受け入れ、機長がすっちー宅に盗聴マイク仕掛けて電波法で逮捕、元すっちーがヌード披露(元ということがかかれてなくて大迷惑)、元すっちーが防衛省スキャンダルに関係、などなど。

会社の広報もたまったものではないなあ。昨日のJALのHPトップにはこれまたお詫びが顔を出す。先週テレビで御巣鷹山の特集の再放送をみたばかりであったからなおさら、どうだかなあ。知人のCAからも現場で働くCAのほとんどがまじめに給与カットに応じて、ハードなスケジュールこなしているのに、辛いです、といったメールが入ってくる。どうにかならぬか?

一件派手に見える職業だが、現実はそんなに甘くない。はなはだ一般論ではあるが、一ヶ月の予定表を見ると、多いときには10泊もステイ先でするし(国内の場合であるが)、食事はお弁当(数種類用意されるが、上から取っていくので下っ端はいつも残ったもの)、それもキャビンで立ったままなどしょっちゅう、傍では社内清掃中である。ステイ先のホテルは決して広い部屋ではなく、仕事がない日にもスタンバイで急病のCAのピンチヒッターというのもある。月間100時間フライトも受け入れていて、その一方結婚したすっちーはステイできない人もいて月2回ほどの搭乗しかまわされないこともあり、赤字給与もある。がははおやじ客はしつこいし、名前のタグは出しているし、文句はご指名でくるし、なんだか気圧変化で体調は危険にさらされているし、座っているときには足をしっかり閉じているし(これ結構たいへんだ)、笑顔を振りまくし、気圧の変化でスープをかぶる危険はあるし、上下関係は絶対だし、足はむくむし、あーあ、やってられない、という声が聞こえてきそうである。

でも仕事に対するプライドは高く、危険な職業に従事している責任感は高いわけで、立派である。そういうストレスから解放をする必要があるときの顔だけをメディアは捕らえておかしく書くから、すっちーは合コン好きだとか、派手だとか言われる。しかし必ずしもそうではない。非常に短い時間でストレスを解消する手段としては女性は綺麗に飾り、美味しいものを食べて、仲間とおしゃべりして気分転換を図る。エステや岩盤浴なども気合いれて自分をケアしているだけである。

こんなこと書くと、希望者からは叱られるかもしれないが、ほんとに大変な仕事ですわ。何だか今日はすっちー哀史みたいになってしまったなぁ。それでも憧れの職業ではある。見るほど楽ではないという良い例であるように思う。

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2007年02月22日

卒業式間近

大学の2月もそろそろ終わり、3月は楽しい行事が沢山待っている。我がゼミも今年の連中はあまり家に呼ぶことがなかった(すまん)ので、3月には我が家で盛大に卒業祝いを挙行しようと考えている。年次によっては頻繁に集まるときもあるが、なんとなく外で会うばかりという年次もある。なんとなくの雰囲気でそうなってしまう。

全員が無事卒業が決まり、ほっとしている。大学院もほとんどがゼミ論を終えて面接も終わった。そのためか大学内の空気がまったりとしていて、そういった時期の週末は大好きである。来年度は今年度と同じく木曜日の夕方と土曜日に集中して講義やゼミを行う。今年は沖縄もあるので結構時間調整が大変である。でも楽しいからいいっか。

今日はなんと行ってもベネッセの社長不倫―辞任(解任)のニュースが飛び交った。知り合いが役員でいるので彼が社長になるのではないかと期待している。しかし、新潮にしてはがんばった、大胆な写真がなんと3ページも載っている。これでもかどーだ!!フライデーばかりじゃないぞ!!巻頭写真コーナーで勝負だ!!と鼻息が荒く伝わってくる。

会社の私物化なんてどこにでもある。たまたま見つかっただけのこと。これでひやひやしている連中がうようよいるはずだ。教育産業だったばっかりに、言いたいことをジャーナリスト様に言われてしまった。読売の記者も防衛省の情報漏えいで愛人にちくられたと記事があった。なんだか何も変わっていない。時代は変わっても人間のやることは、食う寝る出すしかないわけで、その行動にたいした進歩などありはしない。つきがなかったね、でこの一件終わるのか。。。

男は地位と金を手に入れると何をするかということを考えた。
1 女に貢ぐ 2 投資する 3 銀座で飲む 4 車を買う てなことだろうか。飲む打つ買う 昔からあったことが少しかたちが変わっただけだ。所詮男の知恵などその程度だろうか。最近はこれに
5 社会貢献 といったもっともなことをするひとがいる。でも社会貢献などはいつもでもどこでもできるので、わざわざ大枚はたいてする以上やはり何かを買うことだろうと察する。偏見だろうか。

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他生の縁

大手の起業の社員研修が終日9時間話した後に、また別の大手企業の講演内容打合せが夜7時まであった。もうぜいぜい状態で六本木で蕎麦をたべに大村庵に駆けつけたらなんと定休日。めげずに近くの寿司屋になだれこんで、生ビールを一気に飲み干した。

そんなことでゆっくり鮨をつまんでいたら、4人の団体(寿司屋では4人以上は団体扱いなのです)がやってきて、店主が「すいません、満席で」といいかけたら、僕らの横に二人がけのテーブルがあったのでわれわれは当然のごとく「どーぞ、どーぞ」と言いつつ、自分でグラスを持って移動した。

和やかに食べていると、突然に「すいません、譲ってくださって。」と名刺交換を申し込まれ、話していると、今日はクラブホステスと同伴だというので、「良かったら1時間だけお付き合いください」とのこと。断る理由もないので一緒に参加した。いやはや、何とも丁重な方々であった。翌日も丁重な電話を頂、恐縮です。埼玉の社長さん二人で、若い社長さんであった。がんばってほしい。

昨日は怒涛の一日で、七つのプロジェクトを同時にこなしたら頭がぼーっとしてきました。9時間睡眠ですっかり回復し、今日一日がんばれそうです。今夜はいよいよオールディーズに繰り出します。

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2007年02月19日

のど、がらがら。。

やはり9時間は長い。けど長く感じないほど楽しい講演会であった。慣れてきたとはいえ、9時から6時まではいやはや、なんだか、長い。途中ランチの時間には一緒にしゃべった同僚の友達を大森駅前まで呼び出して一緒にご飯をいただいた。のんびりできない性格らしい。

6時に終わり、反省会を兼ねて大森駅にあるキリンビアホールへ突入。一気に2杯、喉越し爽やかである。牛タン、定番ソーセージ、ふきのとうをいただき、彼と別れる。僕はその後吉祥寺にでて、高校時代の同級生佐藤君が経営する吉祥寺の名店「かやしま」に行くと、主治医のM先生たちが町内会の自転車撤去作業後のビール会を開催しているではないか、速攻で参加して、これまた乾杯。この店は本当に落ち着く。

なんだかんだと話して帰宅。明日もドカンと用事が入り、緊急性から明日の教授会は欠席させていただいた。メタボリックが心配なのでご飯を抜いた。昨夜内緒でビールをホテルのルームサービスで頼んだら、から揚げとポテトがついて1000円だという猛烈な誘惑に負けて、オーダーしてしまった。散々後悔しつつも、こういった油ものはさっさと食べないと体によくないときいていたので一気にワシワシと食べた。旨いの何のって。これでは痩せないわな。

こんな食生活を明日からは改めようと寝る前に一人でざんげの意味を込めてラジオ体操をした。なんだか凄く痩せたような気分だが、気休めだとわかるまで4分。明日は昼夜蕎麦だ!!

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2007年02月18日

にせ学位問題ではあるが、

今日のニュースで文部科学省が学位について警告をだしていた。なんだか学位を売る会社があるようで、そういった学位(価値があるかないかはどうでも良いが)の取得について警告をだしている。

「社会的に通用しない学位を販売する学位商法問題で、文部科学省が全国の国公私立大学に対し、教職員採用などにあたってディプロマ・ミル(学位工場=DM)の“学位”取得者に注意するよう呼び掛けたことが分かった。DM問題が注目された昨年以降、文科省が注意喚起したのは初めて。国内の国立や私立大の教授らがDMの学位を取得していたことが指摘されており、高等教育の質維持のため文科省が対策に乗り出した。」

学位を買うというのは学位を売る人がいるからで、どうしても上位の学位を得たいという願望があるニーズをまかなっているということになる。なぜ上位学位がほしいかというと学歴差別があるからだ。しかし無名の、それもあきらかにニセの学位とわかるようなもので価値があがることはない。それでも怪しい勧誘文句で「社会経験買います」「論文や本を単位認定します」で楽して学位が取れれば数百万円は安いか高いか。

このディプロマミル問題は世界中に見られる傾向のようだ。大事なことは一緒に苦労した仲間といかに人生をともに語れるかだろう。そういった学窓がないのであれば、学位は無意味だ。自己満足だ。実際大学に身をおいている私が学位(博士をもっているかどうか)で他人を評価するということはこの12年間一度もなかった。博士だから優秀だというようなことは何もない。苦労して取る学者も多いが、彼には彼の価値観があるのだろう。しかし、僕の知っている大学でも大活躍している先生には学部だけの卒業者もいるし、優秀な人に出会ってその人の学位を調べたことは一度もない。

数年前にある教授から国立大学で博士とりましたと案内状をもらったが、いまだにどうしようもない教授だという評判だ。移籍した某大学院を一年でくびになっている。学生評価がすべてだったようだ。大事なことは学位でなく、その人の人格であり、教育・研究で熱心であればそれで十分であろうと思う。まあ学者の世界は傍目にわからない世界であるのだろうから僕のような門外漢はコメントできないが。

ニセ学位が自己満足で終わればよいが、それが何か社会的に悪影響をもたらすというのであればこういった政府の対応もやむをえない。大事なことはその人の人格知識経験を客観的にしっかり見極めること、そして学位名称(国立大のものだろうがDMのものだろうが)でなくしっかり個人の能力で評価するというシステムそのものであるように思う。

さて今夜は明日の講演の場所が東京なのにホテルにステイである。8時に集合で9時間講演。大森ということは朝西武線・山手線を乗り継いで満員電車。これは今の僕の肉体では受け入れられないので、大森にある快適なホテルに夜入り、のんびり準備しながら、ブログを書いている。しかし遠いところである。東京も広い。

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2007年02月17日

一時帰京、、

今朝は朝一番で帰京して大学院の修士論文の最終面接を2件に臨んだ。二人ともよく知っている学生なので全く問題なく、立派な修士論文に感服した。何だかあっというまの2年間である。それにしても修士課程は楽しい。みんな社会人経験があるので話が早い。

一人はストックオプション課税問題、もう一人は敵対的買収防衛手段としてのストックオプションである。
そんな面接の合間に学部の4年生の卒業判定にからむ話がいろいろと起こる。卒業できないということで人生設計を見直すものもいれば、気合で相当な単位数を取得するものもいる。こんなところにも悲喜こもごも、泣き笑いがある。

もう大学は完全に春休みモード。卒業式を控えてなんだかんだと行事が多い。弁護士業も合間にこういった行事があると、心が和む。特に院生は今日の面接でOKが出ると一気に祝賀ムードになり、苦労したこの2年間を振り返り涙ぐむものも出てくる。今年の院生は猛者揃いで、まあ賑やかであった。講義中も良くしゃべるので、講義するほうは楽チンだった。中には一言しゃべらせろ的なこのやろもいて、F君という名前の藤林だが、講義の最後の「藤林の今日の一言コーナー」までできてしまった。とにかくこれまでの12年間でもっとも手のかからない一団であった。当然飲み会も多く、なんだかんだいいながらすでに10回以上飲んでいる。

そんなわけで帰京したのだが、明日もお泊り保育のような合宿が蒲田であるので、一足先に失礼してきた。きょうくらい茶漬けで済ませないと、メタボリックどころではなくなりそうだ。それに8時から10時まではNHKBSでなつかしのGS特集である。昨年3月のこの番組に出演したアイ高野がその後亡くなった。もういい年であるからがんばって欲しいが死なないでくれぇ。。

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2007年02月16日

京都から名古屋

昔藤圭子のヒット曲で「京都から博多まで」というのがあったが、今回は京都から名古屋までである。あっという間の30分である。いやはや、近い。関西経済圏つながりであるのだなあと思う。名古屋ではいつも一緒に考えて行動させていただいている西尾社長がいらっしゃる。

今夜はこれまた長い間一緒に仕事をしてきた建築士の犬飼さんの独立祝いを兼ねた夕食会兼いろいろと意見交換会で、楽しい時間をすごさせていただいた。犬飼さんとは一緒に真冬のカナダに出張に行ったり、意見を戦わせたり、楽しい思い出がたくさんある。これからも一緒にいろいろやりましょうという決起集会みたいなものであった。独立は大変だが、契約社員になったつもりでこれからも一緒に仕事をしていたい。意匠を大事にする建築士で、もっともっと勉強するために一度外に出るというので、しっかり応援したい。

久しぶりに2次会は錦。いつものお店でお久しぶりの連呼。それだけで2時間ほど使ってしましった。名古屋は元気だ。いつきても元気だ。

ホテルに戻りふと考えた。今回の旅行で京都のよさを再発見して、もっと時間があれば頻繁に通いたくなった。京都南座の前の路地を入るとロシアレストラン「キエフ」がある。加藤登紀子さんのお兄様の幹雄さまが経営されている。顔を出して、僕がNKK時代にお世話になったお礼やら四方山話に花を咲かせた。加藤さんは住金の副社長を最後に社を離れて現在京都でレストランを経営されている。お店に顔を出すとなぜかほっとする。そんな空間である。鉄鋼マンとしての共通の価値観を分かち合える貴重な空間である。

最近は大阪出張でも食事はほとんど京都で済ます。大阪は東京と似ているのでいつでも来れるという気持ちがある。しかし京都は別である。1600もの神社仏閣。一日5つづつ回っても1年かかる。街がきれいで整然としている。日本の美は凝縮しているように思う。そんなことを再発見した旅行であった。

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2007年02月15日

関西も暖か

仕事で大阪、京都に向かった。仕事に関しては順調ですべての打ち合わせを終えてから、京都の知り合いの店に顔を出した。泉政という御茶屋さんにはなんと一年半ぶりで、散々冷やかされたが、久しぶりに楽しむ京都の夜は暖かかった。

ところでタクシーに乗って感じたが、MKタクシーが完全にサービスのレベルで他を圧倒しているということであった。MKは最初いろいろと批判もあり、船出は大変だったと思うが、10年を経て完全にそのポジションを確立した感がある。ちなみに着物をきていると大人でも子供でも甚平でも料金は一割引だそうだ。アイデアもユニークである。

東京では日交の独走が続いているが、タクシーも生き残りのために競争が熾烈である。今回の出張はこのタクシー関連の業務でもあったのだが、見近な問題だけに、さまざま意見が出されている。最後はタクシー運転手の幸せ度合いが会社の成功の別れ目ではないかとは思うのだが。客が求めるものは割引競争による運転手の疲弊した姿ではなく、安全とレベルの高い知識であると思う。

会議の後夕食まで一時間あったのでタクシーを飛ばして大徳寺まで足を延ばした。千利休菩提所として有名なこの寺は今ほとんど観光客が来ない時期で、静かに観覧した。ラッキー。京都観光案内の資格を取った人たちが案内してくれるのでよく理解できた。

明日は名古屋。幸い春一番も去り、暖かな名古屋になりそうだ。

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2007年02月14日

出張前のばたばた

昨日は朝から米国からの出張者と会議で、午後はいつものような手作業。たかだか5日の出張でも、最近はPCがあるので何も言わずに行けばすむものを、やはり突発で会議と言うのもあるので、各方面に、「行ってきますコール」である。とほ。

ところで昨日はMBAのスキルを学んだ。感心した。顧問先のアメリカの企業のNO2と話をしていて思ったのだが、ある問題が発生したときにどう対応するかで弁護士とMBAではっきりと意見が分かれ、大いにに勉強になった。まず弁護士はある問題が発生した場合に、その問題だけをもっとも効率的にかつ最大の利得を生むように考えて、交渉します。結果的にそれが依頼者の最大の利益になると判断するからです。

MBA型の教育を受けた人は、まず直面している問題を図に描き、可能性あるいくつかの選択肢を書き出し、それぞれのコストとメリット、さらに金額に表せない様々な要素、精神的苦痛、将来のメリット、自社の方針・哲学などをずらっと書き出します。マクロの俯瞰図を見るように、全員の意見を集約して、最後に決断を下します。

このやり方を見ていて、それぞれのシナリオで弁護士の対応が違うことに気付き、またひとつ会社経営のノウハウを学びました。弁護士として会社経営に参画した場合にはこういったロジックで法律問題を考える必要性がとても高いことに気付き、日ごろの業務にも活かせないかを考えました。毎日学ぶことがあります。

嬉しいことに義理チョコ、愛情チョコをいただきました。基本的に全部いただくので太ります。しかし、痩せる手立ても知っているので大丈夫です。


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2007年02月12日

三連休、友遠方より、、

今日は月曜日の休日でのんびりムードとはいえ、めりはりいっぱいのするべきことがいろいろあった。朝から昼間では仕事に没頭しました。契約交渉のチェックから始まり、戦略策定まで、しかしこれで目が覚めました。朝ごはんも目いっぱい食べて、なんだかいつもと変わりません。

昼からは春に創刊される経済誌Hの創刊号用の記事をじっくり書き上げました。40-60代向けのこの雑誌は知り合いが編集長になって創刊します。テーマは内緒で、グローバル時代の様々なことを思いっきり書きました。喜んでもらえると嬉しいです。

夕方からは駒沢の教え子でイスラエルに住んで活躍している高澤君が久ぶりに帰国しているので我が家で夕食です。がんばって企業を立ち上げ、立派に経営しているので、心から応援したくなります。もう28歳になってしまいました。僕があまりイスラエルのことを講義で話すものだから、とうとうそのままヘブライ大学院に留学して、そのまま現地で起業したのです。ユニークな起業家なのでこれからも話題になることは間違いありません。しっかりがんばってください。後輩が目指すモデルになってくださいね。

彼が来るというので、しばらく会っていない和泉君にも声をかけて来ていただきました。和泉君は大手保険会社のシンクタンクに勤務しながら大学で修士課程に通うガッツある(死語かな?)若者で、高澤君より少しお兄さんです。二人の話を聞いていると夢がいっぱいで、心から応援したくなります。仕事のこと、プライベートなことを沢山話して、楽しい夕食はあっという間に終わりました。

前向きな若者たちに会うとこちらも元気をいただきます。二人は会社を通じて求めるものは少し違いますが、自分らしさを失わないで夢にまい進する姿は一緒です。楽しい時間でした。

さて明日からはいよいよ怒涛の国内出張週間で、土曜日に大学の用事で一時帰京する以外は蒲田を含めて全部地方です。パソコンがあるとはいえ、楽しい時間を過ごしたいと思います。地方の報告はまたこのブログでいたします。

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2007年02月11日

入試ひとまず

日曜日の朝早く大学に向かった。誰もいないと思っていたら、梅が丘の駅前は音楽が鳴り響き、フリーマーケットが並び、ちょっとした賑わいを見せていたので、驚いた。そんな中で、中年のおばさんが女性用の下着を売っていた。一体何を考えているのだろうか?一体この人ごみの中で、誰が下着を買うのであろうか?すこし待って観察したい気がしたが、怪しまれそうなので速攻で通り抜けて、大学に向かった。

ぽかぽかの大学のキャンパスにはまだ人はまばらで、近所の子供たちが遊んでいる。幸せな光景である。大学というのは、早稲田や中央などの例を挙げるまでもなく、雑然とした町並みに、小さな古本屋さんや喫茶店が軒を連ねている光景を思い出す。特に早稲田は馬場から大学までの20分の散歩コースの両脇におびただしいほどの店があった。この雑然さが大学のいいところだと思っていた。お茶の水もそうだろうし、本郷も三田も池袋もそういう風情がある。ロンドンもそうだった。とーとつだが、ヘルシンキも同じだ。大学は町になくてはいけない光景である。

ところが我が大学は住宅街の真っ只中で、喫茶店もなければ古本屋もない。大学の町でブックオフが一軒である。とほ。八王子の山中大学群も嫌いだが、こういう住宅街もなあ。すれ違うのはみんな主婦や爺婆である。ときめきもあこがれもたまり場も何もない。おまけに駅から遠い。その静かさはメリットかデメリットかと言ったら、僕は間違いなくデメリットであるほうに5票投票に投じます。はーーい。

静かさはまあ間違いなくいいのだけれど。贅沢なことを言っているな、とも思います。

さて、無事に入試も済んで、教授会も終えて、さっさと大学を引き上げてきた。梅が丘の駅前はまだ人が出ていて、今日は一日町おこしといった風情です。帰りの西武線の電車は各駅でのんびりと揺られて帰ってきました。陽だまりが温かで、みんなうとうとしてました。来週からの出張前のほんとに静かな日曜日でした。

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2007年02月10日

入試佳境

今日は大学で入試判定の教授会、明日は大学院入試と採点、来週の土曜日は修士課程の論文審査、とまあこんな具合で週末がほとんどつぶれる日々である。最近は大学も競争が激化しているせいか、日程調整には苦労している。それでも東京の大学は応募者が多いので、安心はできないが、がんばった分だけ応募者が増加という目に見える数字で現れるから報われる。

しかし、どうしても難しいのはいわゆる社会科学系以外の学部である。理工学部離れは激しいが、日本のものづくりの原点はやはり理工系の学生のレベルに頼る部分が大きいので、がんばって欲しい。昨今の就職先希望ランキングをみているとやはり社会のことがよくわかっていない学生が多いと嘆かざるを得ないが、もっと製造業も力を入れて企業広報に力を入れて欲しい。新聞に活字が躍る企業ばかりが内容が良いとは限らない。

あこがれの企業というものもあろうが、社員の幸せ度はなにかそれらとは違ったスケールではからないといけない。またそういった度数が外部のものにはわからない。会社は個人を守ってくれるか?などいう書籍や特集も多いが、本当の幸せはもっと違うところにあるように思う。自分のライフプラン、会社との関係、会社への期待、社会的使命感などすべて自分の価値観をベースに計るものなので、自分自身をしっかりと確立しなくてはいけないと思う。

守ってくれと期待していたら守ってくれなかった、とうよりも、自分はこうリスクを回避するが会社は結果的に自分を守ってくれたと個人に言わしめるような会社、出て来い!!

さて、午後の2時にフリーとなった。こんな日は何をして過ごそうか?なんて考えることがなかったなぁ。
天気もいいし、新宿を少し歩いて、雑誌を買い込んで、オヤジバンドをBSで見てたら昼寝をしてしまった。それでも家の中は19度もある。

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舛井組新年総会

ブログをサボるとすぐに時間がたってしまいます。一昨日舛井組新年会が神楽坂の分家で開かれました。舛井組といってもやくざではないのですが、しゃれにならないくらい似た様相を呈するので、予約時は幹事の名前で予約します。この組は10年ほど前の早稲田大学のエクステンションスクールでの教え子たちの集まりです。もうひとつ別の舛井組がありますが、そちらは「舛井組ひまわり藩」てなかんじのおとなしい、でもしっとりと交流を深めている組です。

今回の組は、いやはや、まず若頭格のMSさんは本物の舎弟と立ち振る舞い関西弁が一緒でしゃれになりません。全部関西弁で怒ると怖いのですが普段はまろやかです。舎弟は兄弟でおりまして、上のW舎弟は、どこからみてもその筋で、これまたしゃれになりません。下の舎弟のY健はもとY組の組長とおなじ呼び名で、そりもはいっているのでしゃれになりません。姐もおりまして、M嬢は自分で姐と呼びまた慕われていて、最後は看取ってくれそうですが、これもしゃれになりません。まだまだいます。こんな具合なので、旅行していても大変です。これまで韓国、台湾、沖縄、伊豆などに旅行してますが、まったく楽しい会です。

今回も、良くここまで続いているよね、と誰からともなく言われたものです。まあ組長の人徳に尽きるのですが、そんなことないっか。。みなそれぞれ一流企業で働き、頑張っているのです。ニートなどいるはずもなく、みんな頑張っておるのです。切磋琢磨しているので続くのですね。

なんと4時間近くもバカ話をしながら健康を確かめ合って別れました。しかし神楽坂は一本道がそれると古い町並みが沢山あります。今回お邪魔した店は「SHUN分家」という名前で、なかなか旨い料理を出します。鳥茶屋の近くなのですぐわかると思います。

こうして最後の新年会は無事終わりました。こういった社会人ネットワークの良いところは即仕事で助け合えるという点です。それが最大の財産で、一緒に成長する楽しみがそこにはあります。もうみんな40代に入るので会社の中でも中枢に入り始めますので、意思決定するのが早くなります。昔の仲間を大事にしましょう。

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2007年02月07日

会議の合間の論文作成

会議が多い日々である。しかしいろいろな人をあっていると刺激もあるので、それなりに楽しい。昨日からは5回の会議である。昨夜銀座でトートツに会議は6時に終わった。銀座で6時である。渋谷で5時どころではない。外に出たらぽかぽかで、人が沢山出始めて、さてどこに行こうか?と悩んだ。

こういうときに「飯でも行かない?」と誘える友達がそこかしこにいるというのは幸せなことであるが、そういう約束は3時くらいまでに誘ってくれないと、というのがフツーの反応であります。昨夜も当然そうでした。ぶらぶらしていたら並木に沿って歩いていたらアマンドまで行ってしまいました。うーーン、こういうときにはきよしさんだな、ということできよしさんに電話して待ち合わせ、一緒に晩御飯を食べました。

きよしさんは大変な病気を克服した人で、僕の数少ない夜のお友達です。二人でとんかつを食べながら、あーだ、こーだと話して、そしてウィスキーの水割りなどを飲んで、久しぶりに話ました。早めに切り上げて帰りました。きよしさんも僕もとんかつには醤油なので気が合います。

明けて今日は家の事務所で仕事を片付け、午後は論文に没頭しました。法律雑誌に発表するもので、かなりの字数になりますが、最新のライセンス契約の法律問題を整理し始めました。静かだと思っていたら、ヤクルトおばさんは来るわ、家の前の工事でどんかんどんかんうるさいわ、でも、まあこれがニッポンの正しい昼間なのだと言い聞かせて、頑張って相当書き上げました。

ニュースを見ていたら、機内でのマナー違反がひどく、「携帯電話使用やトイレ内での喫煙、客室乗務員へのセクハラなど、航空機内で禁じられている危険行為を客室乗務員から注意されてもやめず、機長が改正航空法に基づき、禁止命令書を出したケースが昨年1年間に24件に上ったことが、国土交通省のまとめでわかった」と報道されていた。日本人もわがままになっているのだなと感じる。ちょうどJALに勤務するCAの仲間からメールが来て、最近ひどいんですよ、と聞いていたばかりだったので、納得した次第。

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2007年02月05日

新作いよいよスタート

朝早い月曜日。今日も6時起きであったが、快晴なので気分がとてもいい。2月なのにこの温かさは嬉しい。顧問先での米国出張報告を聞かせていただき、もう少しアメリカに通わなければいけないなあと痛感。最近は弁護士はテレビ会議だのスカイプだの、足を運ぶことが少なくなった。顔を合わせて、一緒に生ビールを飲んで(生でなくともいいけど)、心を通わせるというのは、益々重要であるなぁと思う。

ランチは金曜日に続いて長崎ちゃんぽんの店で皿うどんを食べた。しかし、金曜日に続いて後少しが入らない。こんなことはなかったのに、少食になったのだろうか??私が皿うどんを残すということは考えられないが現実は2日続けて、後一口が入らない。明日は食べ尽くしたい。。

午後はこれまた会議の後、いよいよ満を持して新作のバッグのデザインの提案に向かう。企画会議で須永社長のOKを取り付け、いよいよ試作開始である。嬉しいことに今回の作品は僕の名前を冠して「Kaz Masuiバッグ」と命名された。あと数ヶ月で市場に出回るので、乞うご期待。これは良いバッグです!!

帰りに社長の須永さんと一緒に神楽坂の蕎麦屋でひそひそ談義。帰りに歩いていたらいきなり沖縄スナックというちょうちんに誘われて10分だけ顔を出した。確かに中は沖縄だった。オリオンビールを飲もうとしたが泡盛に切り替え、義理でボトルを入れて、10分でさよならした。

こうして帰りの電車の中でぼけーーっとしていたら友達からメールが入り、すっかり元気になったという嬉しい報せだ。こっちも嬉しい。いろいろと悩んでいたようだったが吹っ切れて元気いっぱいだった。仕事が変わるようだが、新天地で頑張ってもらえるように仲間全員で応援したい。家に帰ったら彼女のご主人からも仕事のメールが入ってきていろいろと話した。そうこうするうちに彼女のお母さんからも「元気になったと」と嬉しい電話が入ってきた。何だか嬉しい家族ぐるみのお付き合いである。

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2007年02月04日

ペースメーカー

朝一番で嬉しいメールをいただいて、一日幸せな気分です。僕のブログを見てくださり、その方が僕の本「超勉強法」(野口大先生とは違った切り口でまとめたロングセラーズから出させていただいた本)の読者でありました。内科医の先生で、ブログで拝見したら循環器系学会活動の分野でいろいろとご活躍されていらっしゃる方で、恐縮する一方、とても嬉しく思いました。

忙しい診療の後で見てくださったのか、朝7時前にメールをいただいてしまいました。いやはや、ブログは凄いなあ。点と点が線になるからなあ。おそらく今度お会いしたら3分で共通の知人友人が3名は出てくるような気がします。O先生、ありがとうございました。

マラソンでいまだに良くわからないのがペースメーカーの存在です。今日の別府大分マラソンでも3人のペースメーカーが走ってましたが、一体この人たちの役割は何なんでしょうか。以前高橋尚子が海外(ベルリンであったか?)でペースメーカーに囲まれて記録を出したことがありましたが、こんなことしていいのでしょうか?

それ以前にペースメーカーの人たちの人生のヨロコビは一体何なんでしょうか?お金が出るとすれば生活の糧となるのでしょうが。。。前を走れば風を遮ってくれる盾になるわけで、そんなことを選手としてレースに参加しない人が請け負っていいのでしょうか?ときおりこうして納得できないシステムがあります。マラソンに駆け引きがあるのは当然だともいますが、ペースメーカーはこの勝負に必要な駆け引きを邪魔しています。あきらかに記録のためにそこにいるのであります。

ペースメーカーを車にやらせるわけにはいかないのでしょうか?箱根駅伝ではテレビの車が走ってますが、あれとペースメーカーとはどう違うのでしょうか?こういう人たちに柳沢厚生労働大臣が「あんたは走る機械なんだから頼みます」といっても誰も怒らないだろうに。

さて明日から20日まで休みがなくなります。途中関西・名古屋出張をはさんで週末が2週ともつぶれます。ニッパチはどこ吹く風で、ありがたいことです。

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2007年02月03日

吉川先生おめでとう!

今日は朝から吉祥寺に散歩と花粉症の薬をもらいに行ってきました。いよいよ花粉到来。最近は対症療法で生活できるようになってきたので、まあ体がなれたというべきか、22年目になるこの花粉にたいしても、以前は「この野郎!!首相になったら杉を全部伐採だ!」から「しょうがねーなあー」にまで変化してきた。以前はほんと、死にたくなったこともあった。

禁断の注射をして5分でばっちり回復ということを15年前に経験した。しかし翌年からはだんだん効かなくなって、5年で断念した。その後は薬を飲むだけの対症療法で生きてきた。

午後はのんびりして本と音楽三昧。

夕方に嬉しいニュースが沖縄から入ってきた。ずっとお世話になっている沖縄大学の吉川博也先生が受賞したのです。なんの受賞かというと、以下が先生からの先週のメールです。
「創業・国民フォーラム事務局より、小生がノミネートされたと連絡がありました。当事務局は経済産業省中小企業庁の「Japan Venture Awards 2007 輝け!ベンチャー・スピリット ~今、志をあらたに~」のグランプリ発表、表彰式の受託事業をしています。これにノミネートされたとの連絡で大臣賞か、長官賞かはまだ未定です。部門としては企業家部門、起業支援部門、それに今年からシニア部門、地域貢献部門賞が加わったようです。私はこの中で起業家支援部門でのノミネートで、何を受賞させていただけるのかは、楽しみですが当日までわかりません。」

そしてなんと中小企業長官賞を受賞されました。よかったです。ずっとベンチャー支援をしてきた先生ならではの賞です。おめでとうございます。今度沖縄でお祝いしましょう。


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2007年02月01日

2月とは思えない暖かさ

いやはや18度である。2月1日である。世の中、どうなっているのだろうか。コートなしで出ても耐えられるなあ。今日は午前中は家で体力の回復に努め、午後から猛烈な勢いで事務処理をすませ、6時には家に戻ってきた。年柄、無理はきかなくなってきたので、ゆっくり休養して体力の回復を待っている。

2月の予定が続々と決まり始め、今月も出張が多い。セミナーも含めて東京を離れる日が多いのはどうしても1-3月に集中してしますが、今からとても楽しみです。女満別から那覇までは時間にして4時間ほどのフライトですが、この時期の寒暖差を体感すると、日本も広いなと思います。

今日名古屋への出張もきまりました。久しぶりにN社長とじっくりお話ができます。元気が良い名古屋からはいつも前向きなエネルギーをいただきます。よくわからないけれど、街が元気です。東京の比ではありません。末端まで元気な雰囲気があります。尾張経済の成功は排他性から来る高度なリスク管理の成功にあると僕は思っています。人見知りして、よそ者をそう簡単には受け入れないその排他性は、容易に踊らない頑固さの反面、詐欺的な足元が見えるような誘惑には乗りません。保守的という表現とは異なる、堅さがあるように思います。

かといって自主的なチャレンジ精神は旺盛で、何だかわからない食べ物を発明するところからも決してネガティブな保守性はありません。とにかく面白い街ですね。

明日は大学の入試の面接担当で朝から大学です。今年も沢山応募してくださいました。ありがとうございます。一生懸命面接します。外国人の受験者も多いので、嬉しい限りです。試験後、若い俳優さんと懇談します。みんないろいろと悩みがあるようで、最近はそういった芸能界で生きていくことの難しさを感じます。頑張ってください。

花粉がいよいよ飛んできました。目がかゆくなってきました。ちょうど月替わり、いよいよ花粉症歴22年目に入ります。とほほ。

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