Blog

メイン

2007年01月30日

研修終了!!

いやはや、長い二日間であったが、大満足の研修講師終了であった。19時間で契約法のエッセンスを教え、英米との違いを説明し、事例研究、討論会経て、模擬裁判まで行った。しかし研修対象企業が日本を代表する一流企業で、技術系出身者が多いSE中心の講座とはいえ、そのレベルは高い。

何だか大学院の講義をしているようで楽しかった。しかし体力的には辛かった。同じ東京なのにホテルに宿泊しての2泊三日。終わったら事務所に戻り、一気に仕事を片付けて、同僚とカニ料理を食べに行った。生ビールの旨いこと、一杯でこてっと酔っ払い、一気に猛烈な量を食べて帰宅した。かにぐらたん、かにみそ、カニ焼き、かにしゃぶ、かに雑炊、かに鮨、もーーーだめ。

明日は1月最終日。経理の締めやら、請求書の発行やら、月末業務がまっている。しかしシンガポールから、待ちかねたメンバーがやってくる。全くもってにぎやかな一ヶ月である。

今日は博多に住んでいる教え子からメールが4年ぶりに入った。やはりブログはありがたい。恥をさらすようなどたばた日記であるが、こして検索するとすぐに出てくるので、日本中にいる教え子からメールがくるようになった。便利になったものだ。

明日も天気がいいらしい。がんばるべかね。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月29日

社員教育

日本の最大手企業の社員教育を合宿形式で2泊三日でおこなっている。もはや月曜日の朝に資料を大量に抱きかかえて満員電車に乗る気力はとうに失せているので、前日から主催者が手配してくれたホテルに泊まりこみ、第一日目が終わった。

それにしても9時間の講義は大変である。契約法を一気に英米と比較しながら叩き込むというのは、慣れているといは汗をかく。2時間で脇がびっしょりだ。とほ。しかし大企業の社員は礼儀正しく、話していても質問を受けても気持ちが良い。いつも思うのだが、日本の世界に誇る一流企業というのは社員の質が相対的に相当高いから、たとえ技術者相手であっても、話が通じます。

こういった組織力は日本が世界に誇れるものだと思います。丸まる二日間というのはそうありませんが、一日缶詰の講義はこれから夏までの間結構入っています。嬉しい限りです。

今日は終わってから講師の方々と食事に出ました。9時間講義の後の生ビールは格別です。そんな折飯塚のお母さんから電話で、「無事退院したと」という嬉しい電話がありました。4ヶ月入院していた友達のお母さんが元気になって、1日から職場復帰です。僕が骨折した日にお母様も骨折したのでなんだかご縁を感じます。骨つながりですね。おめでとう!!!

さて、今日はもうひとつ嬉しいビッグにゅーすが。タイガーが出場試合連続7試合優勝です。しかしすごいゴルファーですね。努力以外に運もあるのでしょうが、スーパースター不足の時代にしっかり名前を刻んでいますね。

明日も朝から9時間講義、明日はディスカッション中心なので話す量は減りますが、上手くリードしていきたいと思います。ニッポンの頭脳は刻一刻まだまだ進化するのです。それをしっかり応援するのも弁護士・教授たちの仕事です。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月28日

人材市場

このところ立て続けに人を紹介してくれないかという相談を受ける。景気の回復をしっかり実感させろうようなリクエストが多い。ニーズがあるのは若手の人材で、どこでも優秀ならばとりたいということだろう。新聞に出しても人材紹介会社に依頼してもなかなか見つからないので、僕のようなところにも依頼がくるのだろう。

嬉しい限りであるが、僕のような立場で知人の会社に紹介するとなると、それなりに能力や性格、協調性などをしっかり把握している人間を紹介しないとかえって信頼関係を失うことになりかねない。難しい。回りを見渡してプー太郎している人間で紹介できる人はまずいない。どこかで実績を積み、その上でキャリアアップを図るという計画性のある人間となるとそういない。

今朝も仲良くしているKさんからメールと電話で相談があり、早速知り合いのI君に電話、I君の会社はK君の会社と同業なのでかなりのターゲットを絞りやすい。しかし、笑い話であるが、K君、I君の会社はいずれも売り上げ、資産で米国を含む企業の総合世界ランキングで20位以内の大企業なのだ。ダイナミックな話であるなぁ。

その一方で50歳以上の人材流動は難しい。よく相談を受けるのだが、なかなかフィットできる空きがすくないのだ。ぼくはいつも講演会などでキャリアについてこう考えていると言う。人生80歳まで現役で頑張る今の時代は、50歳で一度全員が大学院に入りなおして(高卒であっても社会人経験があれば大学院への入学は可能である大学が多い、いわゆる同等な能力認定という手段があるのだ)、それまでの経験のたな卸しをして新たな知識経験を積むという時代である。52歳からはお金のためばかりでなく、新たな人生のための仕事を、やりたいことだけを、好きなポジションで楽しく趣味化して仕事をすればよい。第一クールの30年で年金は確保し、第2クールは余裕をもって質のある「世界に貢献するような」仕事をすればよい。

今日はこれからしばらくホテルに泊まりこんで研修を行います。社会人に対する法律研修です。最近はこういった研修ニーズが増えていて、手前味噌ですが、一度講演するといろいろとお声をかけていただく企業が多くなり、すでに来年のものも入っています。予防法学の一環として中堅ビジネスマンに話をするのです。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月27日

週末の大学

金曜日までは何かと会議ばかりの日々が続いた。昨夜は知り合いの方のご招待で赤坂ミカドなるところに行ってきました。ディナーショーです。今は昔ほどこういった大きな箱物はありませんが、その昔、ミカドやコパカバーナといったショーつきのクラブはロッキード事件以前までは結構にぎわっておて、僕らが大学生のころは、入り口はいったところにある螺旋階段の上で、下でやっているショーなどを学生のために安く見せてくれた。将来は会社員になって交際費できてね、ということで、学生に優しく、お金がなくてもその香りに触れることができた。時折お目当てのおねーさんが階段を上がってくると待ち構えて話ができた。キャバレーとは違って高級感があり、わくわくして覗いていたように思う。

今はせち辛いからこういった優しい応対はないものなぁ。そのミカドがまだディナーショーをやっている。先般、堂本光一君のミュージカル「ショック」にその方をご招待したら、そのお返しにご招待いただいた。ご招待返しなのである。隣席のかたがたは初めてお会いしたが、有名な精神カウンセラーのご夫妻で、グループサウンズで盛り上がった。自分がこんなにGSのオタクだとは知らなかったが、その方がいろいろ知っているか?と聞くので正直にみんな知っていて答えると仰天されていた。

質問はこんな具合
1 ダイナマイツを知っているか?(当然。最近ベストのCDを買っていた)
2 ケントスのオーナーを知っているか?(当然)
3 ブルーコメッツの雨の赤坂を知っているか?(当然。オリコン2位、そのときの一位は思い出さず残念)
4 ジェノバを知っているか?(当然。フルコーラスで「サハリンの灯は消えず」を歌った)
5 ゴールデンカップスのケネス伊東を知っているか?(当然。ベトナムで戦死。その後新メンバー林恵文が加わったがベースなのでルイズルイス加部がリードギターを担当することになった。)
とまあこんな調子でGS談義はエンドレスであった。再会を約して分かれた。

ミカドのディナーショーの歌手はぜんぜん知らなかった。すいません。とほ。

今日は一転晴れの快晴日。大学では試験の採点、再試通告、入試問題作成、論文審査などをすませ、試験監督も二つこなし、怒涛の8時間が終わった。さて生ビールだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月23日

移動の多い一日

今日は朝から忙しかった。まず事務所での会議の時間をうっかり11時だと勘違いしていたが、朝8時ごろにむくっと起きてチェックしたら10時であった。あわてて用意して事務所に向かう。とほ。会議が終わったら今度は大学で大学院の会議。月例とはいえ、いろいろと審議事項があった。

大学院の委員長の選挙があったのだが、なんだかんだ言うのがいて、ようやく選挙。全員が一人の先生に投票して平和裏に選挙完了。I先生、頑張ってください。I先生は僕がもっとも尊敬する先生で、名古屋で大きな特許事務所を経営しているのに毎週通ってくださっている。部屋が隣同士なのでよくお話させていただく。僕のことも沢山勉強してくださって、一緒に仕事ができることが嬉しいと仰ってくださる。僕がもっとも良い影響を受けた先生です。

大学院が終わると事務所に戻り、今度は資料作成。仲良しのM弁護士との会議を金曜日に控えていろいろと整理することが多い。終わったら沖縄向けのサテライト講義のために九段下までタクシーを飛ばした。その前に牧野先生と事務所前の昭和の香りが漂う喫茶店で晩御飯がわりのドライカレーセットを注文してさっさと食べて講演に向かった。

沖縄の受講生は「20度もあるので半袖です」とにこにこしている。そんな笑顔をみているとこっちまで幸せな気分になる。今日が半年の講演の最終回なので、ほっとした。2月には名護まで行ってビーチBBQをみんなでやろうと約束してこのシリーズは終わった。みんな嬉しい感想を述べてくれた。わかりやすい言葉で難しい法律を解説してくれたという感想がほとんどであった。

帰りは直行した。途中沖縄に帰っていた友達が「今帰ってきた」と連絡をくれたので、いろいろと沖縄のことを聞きながら帰ってきた。1月なのにもう気持ちは沖縄です。女満別からは雪の知らせがあったばかりなので、日本も広いなあと思う。

明日は朝からカナダとシンガポールとの三カ国の電話会議があります。またロスアンゼルスでは僕が日本法人の経営に携わっている会社の世界の支社が集まる全体会議が派手にあるのでそちらにもPC通じて参加します。世界は狭まっています。広い日本、狭い世界、何だか変ですね。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月22日

パソコンなければ、、、

今日は早起きで始まった。といっても7時であるけど。事務所に顔を出すとパソコンのシステムダウンということで、午後までパソコンが使えないという。そーかそーか、と言いつつ席に着いたが、何もできない。メールが見れない。インターネットが使えない。

こういう事態には慣れていないので焦る。だんだん焦るが、どうしようもない。ということで、僕は性格があっさりしているせいか、さっさと今日の仕事はあきらめて家に帰ることした。せっかくお気に入りのピンクのシャツを着たというのに、ちと残念。

2時には家に帰って自宅のパソコンを開くと一安心。完全にパソコンに支配されている自分を再発見した。うーーむ。なんということであろうか。まあパソコンさえあれば一週間海外に行ってても誰もわからないという時代であるから、それほど生活の一部になりきっている、いや依存しているということであるなぁ。

午後は少し父の事務所に顔をだしてきた。父は80歳になる。まだまだ現役で仕事をしているが、さすがに80歳なので根気がなくなってきているのでカツを入れに行くのだ。80歳にカツを入れる息子も息子だが、何とも感じない爺も相当なタマである。いつまでも頑張って楽しんでやってもらいたい。

さて今日は良いエッセーに出会った。五木寛之さんが週刊誌で連載しているものだが、「50歳で定年、それからは余暇のつもりで仕事も趣味もする」という内容で、久しぶりに面白い話に出会った。なんだかずいぶん気が楽になった。あとは自分の趣味として好きなことをしたら良い、というもので、背中を押してもらったような気分になった。確かに日本人は頑張りすぎだなと思うことがあるし、自分もそうであった。気負いすぎである。気楽に適当に「ほどほど」に一生懸命やればよいものを、ついつい気張る。明日からは気張るの辞めた!

友達が職場で相当きついいやみを言われて落ち込んでしまったようだ。言われた相手が相当いい加減な人だそうでそれも悔しさの一因ということだ。まあ職場にはいろんな人間がいるから仕方ないが、とりあえず元気出すようにはっぱをかけた。頑張ってほしい。そんなことはかーるく笑ってすませて、自分のペースで元気に頑張ってほしい。笑顔が一番似合うのだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月20日

静かな土曜日

今日は朝から仕事のやり残しがドカンとあって、4つほどの大きなプロジェクト関連の整理をしなくてはならなかった。朝早起きして、思い切って午前中に終わらせようとした。昼食をはさんで何とか2時には終わった。アメリカは金曜日なのでいろいろと連絡が入る。六法片手に頭を使って疲れた、ふーー。

家族はみんな「SHOCK」のコンサートや知人のライブに出かけたりして、静かな午後であった。考え事をしなくてはいけない時間としては最高の環境で、混乱した事案やらをゆっくり整理できた。

久しぶりにギターを弾いた。僕はジョージハリスンが好きなので、ユーチューブでジョージの好きな曲をかけて一緒に弾くのが楽しみである。今日は「素敵なダンス」を弾いた。映画「ビートルズがやってくるヤアヤアヤア」でジョンに乗せられてジョージが歌う曲である。楽譜通りに弾いても合わない。ピアノで音合わせしても合わない。「うーーむ、どうしたことだ」と考えたら、映画での演奏がどうも半音下げているようだ。楽譜はC#mで始まるのだが、間違いなくCmで始まっている。なんだかよくわかんない。けど良い曲だ。

夕方終えの前の工事のために自動車の通行を規制しているアルバイトのおにーちゃんに暖かい紅茶を差し入れてしばし歓談。

その後知り合いで尊敬するSさんからの季節の挨拶状をじっくりと読んだ。74歳になるSさんはダンディーで、昨年74冊目の本をだし、北海道に別荘を構え、普段は熱海で仕事をしている。ご自身の名前を冠したクルーザーを乗り回し、趣味の写真はプロとして写真集を出している。素晴らしいライフスタイルで、僕がただ一人あこがれる「カッコいいオヤジ」です。これからも元気で頑張ってください。

夜は今年企画している新しいカバンのデザインを考えて過ごすことにしました。発売が決まったらご報告いたします。

| コメント (0) | トラックバック (0)

教え子とのコラボレーション

金曜日は朝から慌しい一日だった。新規のクライアントとの会議が目白押しで、つくづく秘書のありがたさが身にしみた。連携プレーでないと処理できないほど現在沢山のお仕事をいただき、彼女のおかげで、ばてつつも楽しく仕事ができている。

そしてもうひとり助かっているのが教え子で税理士のS君である。大学院卒業生の中でも出色の彼とは現在仕事上でも緊密な関係ができつつあり、僕の新規の顧客で税務関連のコンサルは彼におねがいしている。パートナーやスタッフも充実していて、海外のクライアントにも対応できるので、大いに助かっている。

新規設立、事業拡大の依頼が多いので、いよいよ経済は絶好調なのだろう。昨日は仕事がばたばたと終わってから大阪の仲間たちとどかんと夜の街に繰り出し、今年初めてのクラブ活動(計3軒)ではしごをして回った。夜の経済状況視察という大義名分はあるものの、いやはやどこも混んでいた。

夕食は久しぶりに銀座「鶴の家」で美味しい和食をいただいた。やなぎかれいの炭火焼が旨かった。3件目のはしごの後に東京に戻っていた沖縄の友人たちも近くにいるというので急遽合流して4軒目の鮨兆(赤坂 鮨兆 (あかさかすしちょう)  港区赤坂3-6-10 第3セイコービル 3F 03-3585-7917 ) でご飯を食べなおして視察完了。テレビで南アに遠征している諸見里しのぶと上田桃子の健闘を見ながら1時まで応援。

大勢で食べる夕ご飯は旨かった。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月18日

法学部OGOB

今日大学の入学課から我が現代ビジネス法学科の卒業生で、学部での勉強の成果をいかんなく発揮して活躍しているOBOGがいないかとの質問を受けた。この難しい質問をしてくれたのはお友達で息子の大学の先輩でもあるMさん。日ごろお世話になっているので、あらゆるネットワークを駆使してM嬢におねがいしたら快諾していただいた。

知財法務部に勤務しているので何よりだ。しかし、いろいろと探してみたら前線で女性陣が頑張ってくれている。大学に顔を出してくれるのも女性陣が多い。男性陣ももっと近況を聞かせてくれぇ。

今日は年度末試験を実施した。まじめにぎっしり書いてくれる学生もいれば、ほとんど白紙もある。170名もいるのだから仕方ないが、実際は試験なんかよりももっと顔を突き合わせて話をじっくり聞いて欲しいのだ。これだけいると試験しか方法がない。

大学院は10名程度なのでこれは楽しい。みんなの理解度が顔に出るから、対話を通じて熱意が伝わってくる。僕は古い人間なので、熱い。熱い分、疲れる。講義が終わるとどっと汗が噴出す。二コマ終わると目の前に生ビールが浮かんでくる。4コマの日もあるから、これはもうゴーモンに近くて、終わる頃には脱水症状直前状態である。その後のビールが旨いのは間違いないが、4コマ連続は体に良くない。来年は2コマをマックスにしようと思う。

ここのところたてつづけに芸能界の仕事をしたが、とりあえず全部上手く終わったのでホットしている。芸能界の常識、世間の非常識。まあ大変ですね。明日からは米国のクライアントの仕事がドカンと待っているので引き締めて頑張らねばと思う。

今日は嬉しいことが沢山あった。早稲田の教え子たちから飲み会の誘い、法研(大学院)の卒論完成打ち上げのお誘い、ゼミの新年会のお誘い、知財大学院の飲み会のお誘い、、なんだかみんな飲み会だけど、景気もよく、年度末で気分もよいのだろう。けじめの会がここの所ずいぶん増えた。間違いなく日本経済はバブル化しているように感じるのは俺だけだろうか。16年前のような雰囲気をあちこちで感じる。いいことではあるが、失われた時間も長かっただけに少し心配もある。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月17日

会議短縮できないか?

長い会議がつらくなってきた。昨日も4時間の連続会議である。まあじっくり考えながらあれこれと思いをめぐらすのも教育現場では良い面もあろうと思う。性急に結論をださないで、じっくり考える、というのはそれで一理あるように思う。

だが4時間は長い。そもそも報告が長い。説明不要のものもあるので、事前にEメールで添付書類を送付して、重要でない役付きに一任している問題はそれで事前承認させればよい。その上で、全員集まったときには、重要事項のみをじっくり審議すれば相当時間を短縮できると思うのだ。

大学審議の最悪のところは、審議能力がない(事案に対して)教授会が最高意思決定のキャスティングボートを有していることだ。法人側が責任持って、説明責任を果たせる能力があれば、何もこんなことまで教授会の審議事項にしなくてもよいと思われるものが非常に多い。教授などは専門知識は詳しくても、経営判断能力や他部署のことなどには疎いから、わざわざ審議させることなど無駄だし効果はない。改善すればよいのだが、それさえも進まない。いつかどかんと書きたい。

昨夜は仕事仲間とゆっくり打合せを兼ねて豚しゃぶを食べた。旨かった。かつおだしでポン酢なしのそのまましゃぶしゃぶであった。黒薩摩という店で、初めて行ったのだが、てきぱき出してくれて気分が良かった。みんなであーだこーだ言っていたらあっという間に11時になってしまった。楽しい時間は過ぎるのが早い。

朝目が覚めると地震かと思ったら自宅前の工事であった。側溝の工事だそうで、仕方ない。
さて今日はどんな一日になるだろうか?

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月15日

崔真実論

今日は朝から会議で、といっても毎週のことではあるのでが、90分かけて私が社長を務める会社がある三田まで各駅停車の電車で通う。社長と言っても毎日出るわけではないのだが、社長なのである。このいきさつはいずれまた。というわけで月曜日は眠たい。いや、見方を変えれば健康的に一週間を始めることができているのだ。

その後いくつかの新規のクライアントのためのお仕事を片付けて、早めに、といっても6時に家を出て、夏ならば迷わずにラミーズで生ビールであるのだが、今日は我慢して家へ帰る。明日からまた夜が目いっぱい入っているので、今日は早めに帰り父と飲んだ。

さて僕のお気に入りの崔真実について少し書きたい。彼女は韓国では大変有名な女優で、90年代はすごい人気を博していた。巨人軍の趙成民と結婚してから離婚までが一番つらい時期だったのだろうと思うが、ここ数年テレビドラマで完全に復活した。昨年のドラマ「バラ色の人生」では50%近い視聴率をとり、崔真実ここにあり、という評価を得た。僕は彼女の大ファンなので毎日ニュースを追っているのでかなり詳しく知っているが日本ではあまり知られていない。それが嬉しいところでもあるのだが。

一目ぼれしたのは今から7年前、バンクーバーの韓国人のお店で、その前年に封切りされた映画「手紙」のスチール写真を見てからです。まあ、美しいこと。それからいろいろと集め始めました。日本ではあまりなじみがなく、またテレビもあまり彼女のドラマを放映してくれませんのでいまひとつ有名ではありませんが、顔は[南果歩+永作博美+安倍なつみ+小西真奈美]×4倍程度美人にした感じです。

まあファン心理などというのは勝手なもので、上の4人の女優のファンの方、ごめんなさい。(笑)

是非一度彼女のビデオを観てみてください。お勧めは最初は「ゴーストマンマ」あたりがよろしいかと思います。死んだ奥様がご主人にだけ見えるという設定の悲しいドラマですが、最後の再婚式のときの子供のせりふは大泣きものです。

さて事件ですが、不二家と2チャンネルが当面の話題ですね。不二家は雪印の教訓が全くいかされていないお粗末な管理が引き金ですね。食品会社はこういったことをすると倒産するかもしれないという事例になるおそれがあります。2チャンネルは大丈夫でしょう。ドメインネームまではタッチできないようにおもいますが進捗を注視しましょう。しかし、管理人は判決金は素直に払うべきです。チンピラではないのでしょう?君も法に守られて生きているのだから、正当な手続きを経て出された判決はまもらなくてはいけません。議論はそれからです。良い企業家のお手本にならなくてはいけないのに、反論は堂々と裁判所でしてください。残念!

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月13日

土曜日の虎ノ門

久しぶりに土曜日に虎ノ門に出て気がついたが、沢山のビルが壊されて新築に向けて猛烈なラッシュで再開発が進んでいる。どっかで聞いたような森ビルxxが気付いたら取り壊されているという状態である。特に週末は作業効率がよいのか、それとも人が少ないので目立つのか、工事関係者ばかりが目立つ。東京は完全にバブル状態であるなぁ。

初めて会う外国のクライアントとゆっくり話した。世の中狭いもので、彼はトロントから来たユダヤ人であるが、なんと数分のうちに5人ほど共通の知人友人が出てきた。最近思うのだが、まったく縁がなかった人と話していて、共通の知人に出会うまでに5-10分である。俺が顔が広くなったのか、それとも世の中が狭いのか、よくわからないが、いやはや、70億人といったって大したことがないような気がしてきた。なんだか人類皆兄弟、といった偉人だか何だかがいたが、本当に感じることがある。

午後は場所を移して博多の愛娘英里奈と友人の女優のMさんと京王プラザで待ち合わせて遅めのランチをいただいた。Mさんはもう15本も作品を出している人で、若いのに頑張っている。二人は雰囲気も似ていて、これからどんどん芸能界で活躍して欲しいと思う。英里奈は一年契約のCMが決まり、その撮影も終わったらしく、ほっとした。

仕事があるので早めに切り上げて事務所に戻った。怒涛の一週間が終わり、手帳を見てどっと疲れが出た。来週もぎっちりいっぱいなので、気を引き締めて頑張ろうと思う。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月12日

久々のブログ

更新に手間取ってしばらくブログが使えなかった。あっちこっちから「どーした」メールをいただき、嬉しい。再開です。

いやはや、今週もあっという間に終わった。特に今年は初日から新規のクライアントが沢山できて、嬉しい悲鳴である。ほぼ毎日ぎっしり会議やら、調査報告などがはいっていて、嬉しいのは国際取引に関する依頼がドカーーンとあることだ。EU法の調査は来るわ、カナダ会社法の改正内容に対する調査はくるわで、しばらく問い合わせもなく眠ったままの記憶が一気にたたき起こされた感じで、頭が酸欠である。

が、そこはなれたもので、日一日とリハビリ効果が現れている。今日などは完全に7年前の留学時代のモードに戻っている。新年早々ありがたい。

地方出張を織り交ぜてあっという間の一週間であったが、嬉しかったのは水曜日に加藤登紀子さんと久しぶりにゆっくりお話できたことである。記念写真などもとってしまった。相変わらず美しい。オーラが沢山。話していて気持ちがよかった。お母様も一緒で代々木のマンションで40年前の思い出話やらに花を咲かせた。

木曜日で今年度の講義は全部終了した。ほっと一息。

今日は大学学部の職員の方々との新年会、懇親会、歓送迎会を兼ねた宴会に教員として一人参加させていただいた。本当に気持ちが良い方々ばかりで、いつ飲んでも楽しい。お世話になっている事務長は30年勤続であるが、勤続(金属)疲労はない。やりたいことがまだまだ沢山あるらしく、いっぱいエネルギーをいただきました。事務所でアルバイトしていた教え子の安藤ちゃんが就職が決まり、そのお祝いもあった。卒業生が就職することは教員としても嬉しいものである。アルバイト卒業で、人生の大きな節目の日となった。

明日も仕事やら打合せで都内を駆け巡る。温かな日差しで東京は幸せモードが漂う。来週も国内出張を交えて僕の旅は続きます。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月08日

なんでこんな映画が

快晴の空を見上げながら、昨日の雨は何だったのかを考えた。いい日曜日でしたね。静かな日を予定していたら、突然難しい仕事が舞い込み、参考書やらEC委員会にアクセスして、アクセクして調べて、バンコックにまで電話して、どたばたの午後であった。でも楽しかった。何だか寝ていた脳細胞が一気に「起きろー」と叱られて無理やりハーフマラソンさせられたような気分であった。

夕食は妹一家にも声をかけて、楼外楼(吉祥寺第一ホテル)に乗り込んでいった。隣席は信じられないほど子沢山の一家がほぼ全員集合したようなにぎやかさであったが、少子化の中、よくやったと快哉を叫びたくなるようながき連中であった。そうやって元気に遊んでなさいね、といいつつ、ビールをしっかり飲んだ。やはり中華は大勢に限る。ほぼ完食して80歳の父もしっかり食べて、正月のお祝いはこれでおしまい。

夜はやっと借りてきた「ダビンチ・コード」を見た。近年まれに見るつまらない映画であった。がっかりして寝ることにした。パソコンで博多の愛娘(一体何人の愛娘がいるのだろうか?!)であるバレリーナの舞佳が明日成人式を迎えるので、お祝いメールを送ったら返事が返ってきた。もう立派なおねーさんだ。

そしたら今度は沖縄からメールが入った。先日上京したメンバーでEU法を勉強したいという早稲田のOGだから僕の後輩になるTさん(琉球大学生)からだ。そういった分野の弁護士になりたいというのでここはしっかり指導してゆきたい。最近はこうして若い人たちからいろいろと相談を受けることがめっきり増えた。それで自分の年齢を感じるのだが、夢を持つ若い人たちは本当に応援したくなる。みんな頑張って欲しい。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月06日

大学再開

昨日はまだまだ正月気分が抜けきらない内に父の事務所の大掃除とガラクタ処分のための手配などをしてくたくたであった。昔の人は「もったいない」というせりふが好きで、またそれをスローガンにしていたアフリカのどこぞの環境副大臣とかがノーベル賞を受賞したとかで、一気に「捨ててたまるか」といった意固地爺が日本中に蔓延している。

我が家も同じで、しかしいくらなんでもこれは使わないだろうというものを大量にリサイクルに出した。いやはや、トラック一台分になった。おまけにこの会社は運転手一人で来るものだから、結局僕が手伝う羽目になり、とほほな午後となった。

夕方には帰京したクライアントが是非夕飯をということで、都心で夕ご飯食べながら気合を入れてきた。
いよいよ今日から3連休であるが、アメリカ・カナダは完全に仕事モードなので、まあ仕方ない。今日は大学で最後の講義であるが、自習をメインにして、英文資料の読みあわせなどをした。みんな試験に備えている様子です。毎年のことだが、この時期は泣き笑いがある。

卒業単位不足はよくある話で、就職が決まっていても単位を取得しなければ卒業できないことくらい猿でもわかるだろうに、それでも何とかしてくれと請願する学生が毎年何人かいる。わが大学はシビアで、なんとかならない。社会人として必要なこと、しなくてはいけないことはわかるだろうに。

友人の大学では、親が現金500万円を持参して「なんとかならないか」と懇願、いやほとんど脅しみたいのがあり、毅然と断ったと聞いたが、親がこれでは子供も知れている。今は頑張れば3年次までに120単位は軽く取れる。4年次にはゼミを残して就職活動というのが普通の時代に、これはないなあ。

まもなく入試も始まり、大学はにわかに活況を呈する。少子化時代に魅力ある大学作りはどうあるべきか、議論も絶えない。国士館は体育学部という世界に誇る学部があり、日本中に教員を輩出している文学部もある。経済効率の高い法、政経もあり、未来志向の21世紀アジア学部、さらに理工学部も整備されているのだから、魅力作りは他の大学に比べてやりやすいと思う。大学幹部の方々には、汗かいていただき、さらに確固たる私大の地位を築いてもらいたいと思う。箱根駅伝も最下位ではあったが毎年正月をにぎわせている。35大学は予選落ちしているのであるから、堂々の19位である。

そしてもうひとつの魅力である応援団が今ひとつ学生に人気がなくて団員が少ない。気持ちの良い団員が多く、伝統を維持している数少ない部であるのに、最近の若者は「押忍」はあまり好きではないらしい。講義中の団欒でも学生たちに参加をよびかけているが、反応は少ない。なにかいいアイデアあれば教えてください。押忍!

さて3連休があけたら早速出張やら会議が目白押しである。今年も気楽に頑張ろう!!


| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月04日

ぽかぽかの正月

今日から仕事始めである。久しぶりに事務所に顔を出しても誰もいない。事務所は正式には明日から仕事はじめで今日は僕一人。かとおもったらI先生もやってきた。I先生は都心も都心、銀座に近い勝どきのマンションに一人暮らしだ。羨ましい限りだ。自転車通勤である。いやはや、何度も交渉したのだが家族は石神井が良いというので、48年間動けないでいる。

午後は一気に雑務を片付け、4時からどかどかとやってくる琉球LSの若き精鋭たちにしっかりと法律事務所の仕事をブリーフィングするための資料を用意。100ページを超えてしまった。その後近くに在る豚しゃぶしゃぶの「清水」に繰り出した。刺身で豚を食べる店である。まあ豚よりも生ビールのほうが数段旨かった。

今日参加した学生は皆関東、大阪の出身である。どうして沖縄に行くのか?というありきたりの質問をするとそれぞれにいろいろと思い入れがある。詳しくは別の機会に譲りますが、沖縄は本当に本土の人たちをひきつける何かを持っています。そういう自分も同じ病気なのですが、このまったりした空気や海風、気候ばかりか人々の暮らし方、生活ぶり、など様々な要素が集約されて、「おれ沖縄に行くモンね」ということになるのだ。「これが理由だ」というものがないのだ。

その後はラミーズに顔を出して、ご挨拶。早めに切り上げて空いている電車で帰ってきた。今日嬉しかったのは里帰りしていた仲間たちが帰京したことだった。どんどんメールが入って、みんな元気そうで何よりだった。また今年も始まった!!という気持ちになる。

来週からはまた元通りの出張やら会議が続く。講演も増えた。また今年もいろいろな人と出会い、そして感動を与えて、感動をもらい、「食う、寝る、出す」を繰り返す(これシーナ流) あまり深く考えないほうが良い。頑張らないほうが良い。ひたすら回りの仲間を大事にしていると、おおよそほとんどの悩みは解決されると思う。それが今年の年頭所感。一緒にご飯を食べて、話をして、打ち明けて、聞いて、できる限りの知恵を出し合う。金は絡ませない。それが一番良いと思う。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月03日

最初の宴会

静かな東京のお正月である。今日までがお休みで、明日からは仕事開始です。その前に恒例の大学院での教え子たちが我が家にドカンとやってきてくれます。名古屋、大阪、岐阜といったあたりからも来てくれます。

静かに2日過ごしたので何だかやっと元に戻った感じですね。今日はまず箱根駅伝から楽しみました。母校の早稲田、現在教鞭をとっている国士館、評議員を務める駒沢、娘の母校の中央、息子の母校の法政、甥っ子たちが通った日大と専修、いろいろと関係ある大学が沢山出ているので楽しみである。順天堂は強かった。ドラマがない駅伝であった。

ラグビーも早稲田が強かった。特にラグビーの応援をしていると何だか熱くなるのはなぜだろうか?野球やサッカーではこうはならない。いろいろと考えてみたが、ラグビーの選手は何歳になってもラグビー体型で、なんとなくほほえましい雰囲気の遺伝子がずっと伝わってくる。泥だらけの姿がやんちゃ坊主に見える。その姿がほほえましい。野球やサッカーにはそれがない。ラグビーを愛する人っていつまでも日常生活の中に当たり前のように静かにそっと存在している。だから懐かしく感じるものがある、というのが俺の意見である。

今夜の宴会は岐阜の栗菓子や名古屋の饅頭など地方の名物をつまみながら今年の抱負をみんなで語った。大学院のOBメンバーは本当に気持ちの良い連中が沢山して、いつ集まっても「教員をしててよかった」と感じさせてくれる。あと何人卒業生を送り出せるかわからないが、彼らから自分がやってきたことを振り返れるというのが教育の最高のヨロコビではないだろうか。今年は琉球大学のロースクールの第一期生が卒業する。こちらも楽しみである。

明日はその琉球大学のロースクール第3期生が大挙して僕の事務所にやってくる。弁護士事務所の仕事というテーマで話を聞かせる、その後は懇親会である。今年のスタートがこういった教育的な仕事であることは何よりも嬉しい。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年01月02日

2007年スタート

静かなお正月ではありませんか。あけましておめでとうございます。
暮れからは仲間たちがそれぞれのホームタウンに帰ってしまい、何だかのんびりと雑用を片付けながら静かに暮らしています。静かというのは今日までで、明日からは結構にぎやかになります。

会社勤務している仲間たちはきっちりお休みですが、サービス業務に従事している仲間は正月返上で通常勤務です。ご苦労様です。

さて気付いたことがあります。年賀状ですが、年々減少しています。IT時代には年賀状はあまりはやらないのでしょうか。IT業界に身をおいている息子には年賀状は一通もきませんでした。だいた自宅住所を知らないというのが普通らしいです。

確かに去年知り合った方で、年賀状をいただいたり出したりしたのは一人だけです。これはお互いの家を行ったりきたりしているので、それが例外的なお付き合いなのでしょうか、当たり前に頂、出しました。しかし、昨年はもっと沢山の人を知り合っていますが、年賀状は出してません。出す心理は働かず、いただく期待も生まれませんでした。

そうなると賀状は古い関係の方々で、普段お会いすることがない方に、近況報告するをためのものだというふうに役割が変わってきたのだとしたら、「謹賀新年」のみの年賀状というのはあまり意味があるとは思えなくなります。まあ、生存中!のメッセージを伝えるだけかと。

そんなわけで、来年の賀状は100枚程度になるのかなといった心境です。けじめのない生活、メリハリに欠ける生活、というよりめりはりのつけ方が年々変わってきているのでしょう。

今年一年、また穏やかに過ごしたいものだと思います。

| コメント (0) | トラックバック (0)