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2006年12月30日

M繋がりの人生

昨日までの数日挨拶まわりやらで年末らしい慌しさを楽しむことができて、なんだか乗り遅れなくて良かったなぁ、などと考えている。慌しいのが日本の正しい年末であるな。

まず人生でもっとも影響を受けたMさんと昼間のお酒を飲みながら年越しのおそばを食べた。虎ノ門はそば激戦区で、旨い店が多い。Mさんとは砂場でよく夕方5時前から日本酒とつまみで遊ぶのですが、さすがに昨日は立待ちがでるほどであったので、場所を変えて乗り込んだ。Mさんが9月に前立腺を手術したことを知らずに絶句。でも経過が良好というか絶好調でひと安心。おまけに術後不整脈が消え体調が5年前にもどるほど調子がよいと聞いて、ふた安心。

続いて別のMさんの体調が心配でひさしぶりに表参道のアニヴェルセル表参道でお茶をした。元気そうでこちらも元気になった。この店はフランスのカフェのようになっていて、何だか日本ではないみたいだ。最近の若いひとたちはこんなところで結婚式を挙げるらしい。チャペルまでついている。

このアニヴェルセル表参道のまん前がグッチである。仲良くしているI社の友人が引き抜かれて現在このブランドの日本法人の幹部とし活躍しているので店舗を眺めてきた。さすがに洗練された小物が多い。頑張ってほしい。思った以上に大きなビルで驚いた。

ところで僕の仲良くしている方には昔からMというイニシャルが多いことに気付いた。それも指摘されて気付いた。まず高校から大学時代は増川君、会社に入ったら松尾さん、今一番仲良くしているのが牧野さん、尊敬する松本さん、、、まあ偶然かもしれませんが、、、学生には「むらおかみむら」君などとMMがダブルでくる者もいて、いやはや、M攻めである。

今日からKINKI KIDSのコンサートがドームで始まるので我が家は静かになる。年明けにはSHOCKのミュージカルが帝劇で始まるので益々静かになる。その間に考える仕事をまとめて処理したいと思う。来年はもっともっと良い年になるといいですね。

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2006年12月29日

最後の忘年会

忘年会という名目ではないが、この時期の飲み会であるから、まあ忘年会となる。最初は代官山のXEXで全員集合。ここは知り合いのKさんの友人が経営しているので、たまに利用させていただく。何せサルバトーレ兄弟のお店であるからイタリアンが本命なのだが、昨夜は寿司コーナーで和食を食べた。テーブル席であったが、両方ともプカプカタバコを吸うグループにちと閉口。

二次会はラミーズ六本木にどかどかと繰り出した。ちょうど僕の足の骨折時にお世話になった櫻井先生も一人で飲んでいたので、お礼を申し上げました。お店も満員状態で、入れ替わり客がどかどかとやってくる。酔っ払いも多くて、さっきここで飲んでいたのに、それを忘れてまたやってくる奴もいた。いやはや。

三次会はパロッツ今年最後の生演奏を聞きにアビーロードに。かろうじて間に合い、席に着くなり最後の舞台が始まった。ゴードンのピアノで始まった最終ステージのセットアップは以下。

The Long and Winding Road
You're Going to Lose That Girl
You Like Me Too Much
Strawberry Fields Forever
Penny Lane
Yellow Submarine
Revolution
Here Comes the Sun

"Encore"
Twist and Shout
最後はアンコールで盛り上がって終わり。いつ聞いても上手い。

さて終わって外に出たら2時であったがタクシーがない。全部予約で、まるでバブルを見ているようだった。が現実である。みんなで景気は回復しているなと確認しつつ、もう少し飲もうということで蔵六鮨に乗り込み、食べながら店でタクシーを呼んでもらった。

隣にはFUSIONの黒服とおねーさんが食べていた。なんだか一緒にしみじみ今年を振り返った。

というわけで久々に3時まで飲んだ。

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2006年12月28日

仕事納め

と思いきや、急遽博多出張の手配が整えられ、いやはや年末に中洲で、いやいや福岡で仕事かぁと準備をしていると、先方からさすがにこの時期に来ていただくのは恐縮であるとの連絡があり、ドタキャンで延期となった。

いやはや、一度決めたらさっさと仕事以外の計画もやってしまおうと楽しみ勇んでいたのだが、、、何だか残念であった。まず仲間のお母さんが飯塚で骨折入院しているので、いつも電話だけなのでここは驚かしてあげようと計画していた。また、愛娘えりなも年に一度の帰省中なので里親としてはご両親様にご挨拶と思っていた。また中洲のボトルが流れていないかチェックする予定でいた。さらに、キンギョ・ギヤマン座はにぎわっているかどうか視察してくる予定であった。こういった予定が全部延期になってしまった。

まあ仕方ない。ということで行けません連絡したら、どかんと明太子が届いた。手渡しの予定であったとぉ、とのことで、まったくすまんことでありました。そんなことで年末までばたばたしておりましたが、今日で仕事は全部終わる予定です。大学4年生のゼミ論サマリーのゲラもチェックし終えたし、今夜は顧問先のメンバーとほんとに一年頑張ったねとの忘年会で、明日からの年末休暇突入に備えます。

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2006年12月25日

今年最後のブログ

今日は巷ではクリスマス。昔のクリスマスを思い出してしまった。静かな一日だった。今年始めたブログは今日で256本目に到達した。2月からだからまあ一日一本の割で、時折さぼって、書いてきた日記でした。いろいろな方からメッセージやら手紙をいただくようになり、嬉しい限りです。

特に僕は教え子が日本中、また世界の果てにもいるので、彼らとのやり取りにはとても便利なものでした。また、日ごろ会えない仲間や、顧問先の社長さん方にまでお目通しいただき、恐縮しております。

今年の僕の活動のまとめを書かせていただきます。
本務校で設立を提案した国士館大学現代ビジネス法学科が6年目にして志願者数が激増し、ようやく一息つきました。最初はアフタヌーンコースというのが受け入れられずに苦戦を強いられましたが、今年になり、一気に志願者が増えて法律学科に肩を並べるまでになりました。僕は個人的にはもっともっと増えると確信しています。それはロースクールとは無縁の法学部も日本には沢山存在するわけで、法曹養成が法律を学ぶ目的のすべてではありません。ビジネスマンになる学生にビジネスに直結した法律を教えるというのは価値があると確信しています。ただし、それは教養科目をしっかり履修する能力を持った学生に対して当てはまるのであって、教養課程をしっかり学べない学生にとっては猫に小判と同じようなことにもなりかねないことは重々承知しております。

弁護士業務は順調に拡大し、法務顧問から代表取締役として執務する企業が増えました。自分が描いている「コンプライアンス意識の高い企業経営」を今年も実践したいと思います。

来年は大学教授も13年目に入りますが、東京での負担を軽減し、生まれ故郷の北海道との接点を求めて最北端国立大学の北見工業大学での講義を充実させ、また大好きな沖縄への感謝の気持ちとして最南端国立琉球大学ロースクールでの熱血講義を充実させ、同時に日本カジノ学会としてわが国第一号のカジノ認定を沖縄企業に付与できるよう微力ながら政治家の方々と協力していきたいと考えております。再来年にはすべての大学講義を客員に切り替え、クライアントとともに理想経営をめざしたいと考えております。まあ綺麗に書きましたが、要は暑い夏は北海道、寒い冬は沖縄、という単純な希望も相当入っています。。。

来年もよろしくお願いします。

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2006年12月23日

芸能人スキャンダル

今日のニュースにこんなのがあった。

「お笑い芸人の間で伝統的に受け継がれている精神が“捨てる神あれば拾う神あり”。不倫スキャンダルの山本モナ(30)にビートたけしが救いの手を差し伸べたように、元極楽とんぼの山本圭一(38)にも救世主が現れた。今年7月、17歳の少女に対する婦女暴行容疑(不起訴処分)で芸能界を追われた山本を復帰させようと島田紳助の呼び掛けで運動が起きているのだ。
「運動が始まったのは今月になってから。取りあえず形にしようと“嘆願書”が作成された。所属プロの垣根を飛び越えて若手芸人や大御所の芸人らが“嘆願書”に署名している」(放送作家)

こういったニュースに触れるたびに、昔殺人事件をおこした歌手の克美しげるに対する当時の芸能界、特に浪曲師の故TRが、復権のための活動を展開して、「これだから芸能人はバカと呼ばれる。芸能界の常識、日本の非常識」と揶揄された事件である。

殺人犯の復権とは笑い話であるが、今回の山本事件はいかがであろうか?刑の軽重で復帰を議論するのは難しいが、社会的に制裁を受けて、もういいだろう、ってな水戸黄門的な復帰容認論もあろうが、それをいう人間もどの程度のものか。

僕は個人的には山本という芸人は彼を良く知る芸能人からの話を聞いているので好きではないが、もし山本君がこれで永遠に芸能界から葬られるというのが社会の多数意見であるならば、岐阜県庁で税金を意図的に盗んで私利私欲を満たすための裏金作りを実行した多くの職員は、山本事件を論ずる前に、とにかく解雇されるべきが相当なのではないか?

以前にJRで何十円かを盗んだ職員が解雇されたというニュースがあったと思うが、違法性は県庁職員のほうが数段上だ。彼らは困窮犯ではなく、確信犯であり、自分たちの欲求を満たすための知能的経済犯罪を犯して、のうのうと毎日仕事をしている。着服して笑顔で処理していたであろうその顔は愉快犯に近いであろう。このバカと山本君が社会的制裁を平等にうけるかどうかを、ここはいっちょう見極めようではないか。

エキセントリックなワイドショーの報道は、時として視聴者の判断の正しいバランスを失わせる。本間前税調会長の問題は格好の餌食となったが、官舎問題だけが今回の批判の焦点であるべきなのに、報道は愛人問題にウェートを置きすぎる。安い官舎を提供することと、ホテル代を公費拠出することとどちらが税金を有効に使うかは、まあどっちでも良いように思う。高級ホテルに3泊もしたら空いてる官舎を提供したほうが無駄がないと思うが。

とにかく報道がずれているとしか思えない。

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東京散歩

昨日は午前中に仕事を片付け、午後からは年末の準備に家人と都内にでかけた。最初は高田馬場の穴八幡で恒例の「一陽来復」を家族兄弟の分をまとめて購入、お払いをして、一年の感謝をこめてお参りをした。この一陽来復は本当に福をもたらしてくれるのでここ15年ほど大切に奉っている。

普通ならここで早稲田三朝庵でそばを食べるのであるが、昨夜はラミーズで夕食をいただくので、ぐっとがまんして、麻布十番に向かった。ここではまず豆源でお土産を沢山買い込み、続いて行きつけコーヒー屋さんEXQにて休憩。その後魚が旨い「塩梅」にて西京漬けを買い込み、鳥居坂を経由して30分ほど散歩してラミーズに到着した。(ちなみに塩梅のランチは日本一旨いと思う。炭を使いかまどで炊き上げるご飯と魚は絶品で、一度食べるとファンになります)

夕食をいただいたラミーズは特にこの一年間本当にお世話になったお店で、週によっては毎日通って、開店前からビールをのみながら、あーだこーだいいながら、開店時間に退散するということをやっていた。昨夜のメニューは豪華絢爛で、記憶にのこる美味しい夕飯でした。

わが博多の愛娘のえりなも今年はオリコカードのテレビCMで「お父さん、会いたかったでしょう」で一躍全国区で顔を知ってもらったが、来年も別のCMが一年契約で決まりました。また少しづつ芸域を広げていって欲しいと思います。皆さん、応援をよろしくお願い申し上げます。(早瀬英里奈ースターダストプロモーション所属!)

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2006年12月22日

最終講義

今年の講義がすべて終わった。なんだかほっとした。少し疲れた。12年目で12回も繰り返していることだが、今年はいろいろとあって、少し疲れた。講義の後にゼミがあり、その後4年生とともに卒業アルバムを作成し、その後3年ゼミ生と最後の忘年会に出た。

下北沢のお店ですき焼きを食べつつ、ビールで乾杯。いいメンバーに恵まれた一年間であった。途中目黒や六本木で忘年会をしている友達から連絡が入り、他愛もないことではあるが、まあ元気を確認しつつ、3年生の笑顔に触れていると、人生の幸せを感じる。

嬉しいことも沢山あった。2年前の教え子のRちゃんが、アルバイトで大学にお世話になっていたのだが、僕の友人の弁理士事務所に就職が内定した。1月8日から出社ということが決まり、一安心である。そのRちゃんと今日は1時間ほどのんびりと話をした。30年の年の差だが、こういったしっかりした家庭で育ったお嬢さんはいつの時代も変わりなく、奥ゆかしいものをもっている。紹介先の弁理士の先生も気に入ってくれて、本当に良かったと思う。決まるときはこんなものである。

明日は博多の「愛娘」をを交えた近親者との今年最後の夕食会である。来週は自宅の書斎に篭り、机に向かって来年度以降の3年計画をぎっしりと練るので都心に出るのは明日が最後。具体的になってきた数年先の計画を書き出し、関係者への説明を行わなくてはいけない。

ひとつだけ年末に不安があるとすれば、仲良くしているお友達の体調が思わしくない。明日検査なのでよい結果が出ることを念じるだけである。きっと大丈夫。僕が念じていればきっと良い方向に動くはず。僕の運気はここ数年半端じゃないから、きっと良くなるはずである。頑張ってください。

今日の感動:風味堂が素晴らしい。ギターのいないバンド(ドラム・キーボード・ベースの3人)はハプニングスフォー(名曲「あなたが欲しい」のバンド)以来久々の出会いであるが、いい曲を歌いますね。アルバムを買うことにしました。

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2006年12月20日

年度末雑用掃除整理整頓

今日は終日家で仕事と年末恒例整理整頓。明日からまだ忙しい日が続くので、今日はゆっくり静養にあてました。かなりハードな日が続いていたので体もSOS発したのかも。でも時間に追われずにゆっくりと仕事でも用事でもしていると疲れないものです。

ここのところ、毎年年末にダウンして迷惑かけていたので、今年は反省して改善してみたいと考えています。年賀状も書き上げて、世界中から年に一度のクリスマスカードが沢山届きつつあります。仲良かったイギリスのB弁護士のお母様パットが今年なくなったことを知りました。残念です。日本では我が家にもきてくれて、お花を生けたり、食事をしたり、またお母様の手料理もいただいたり、僕は英国出張の時には郊外にあるご自宅に立ち寄り、お母様のサンドイッチと英国式アフタヌーンティーをいただきました。

時はこうして順番に生を奪います。順番なので仕方ありません。順番が狂うと寂しいですが、順番通りならしっかり見送るだけです。例外ないルールですからね。ご主人のジョンさんは長生きしてください。

クリスマスカードはもう30年も会っていない方の近況を運んでくれます。僕が最初に海外旅行に行ったのは大学2年ですから1972年8月。ロンドンでした。そのときからカードを交換している方がいるので、34年目ですね。途中会うことも無理すればできたかもしれませんが、自然体でやってきました。

さて今年の年賀状には再来年の春の予定くらいまでを書きました。ようやく1年後の仕事のイメージがくっきりとイメージできるようになってきたので、これから計画実現に向けてスタートですので、その意気込みを書きました。いやなことはもうしないようにします。一生懸命やりますが、嫌な人とは仕事を整理していきます。現在もそういった人とは仕事をしていませんので、ただ無理をするとそういう場面にも出くわすので 自分の信念でやりたいことを好きな人のために、を貫きたいと思います。

今年もあと10日。早かったなぁ。年々一年の時間が短く感じるようになってきました。若いうちは一日が短く一年が長い。年取ると一日が長く一年が短い。年末になるとこれを実感します。昔は紅白歌合戦を区切りとしていましたので、待ちきれないことがありましたが(俺だけか??)、「あーー今年もおわるな」とゆっくり実感できましたね。今はそれがありません。さっと正月三日が過ぎ去ります。

明日は今年最後の大学講義で、3年ゼミはその後忘年会です。ゼミより忘年会を先にやりますかね??明日の発表者は一応人数分コピーして集まってください。もう君たちに言いたいことはすべて話したように思います。

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2006年12月18日

どかどかの沖縄

土曜日の夜から今まで寒い沖縄に行ってきた。寒いと言っても16度あるが、沖縄人はこの寒さを大げさに楽しんでいるふしがある。コートを着る理由にしているのだ。なんだか嬉しい話である。それにしても快適な涼しさというのが東京の人間の感想ではある。。

名護に近いところで日曜日は仕事をして、即契約にまでこぎつけて、今日は関係者との打合せであった。昨夜は一年間のお礼ということで顧問先の社長さんと一緒に一年の労を労われた次第。後輩のM弁護士と一緒で、なんだか一年の速さを感じる。去年もこうして乾杯した記憶がまだ新しい。

仕事はすべてうまくいったが、それより嬉しいのは教え子が琉球大学のロースクールに合格したことだ。国立のLSは学習環境が抜群に優れている。3年コースだけの設定であるが、すでに短答試験は合格している猛者もおり、たくましい環境である。来年一期生が受験するのでその結果でまた大学の評価は変わるのだろうが、それにしても恵まれた環境ではある。

今回は半日休暇があったのでゴルフをする組もあったが、僕はホテルでのんびりと過ごした。パソコンをつければ即仕事のモードになるが、弁護士の仕事をしている以上、完全オフはまだできない。早急に仕事を片付けて、午睡を楽しんだ。景色が素晴らしい。車も人も見えない設計になっていて、遠くにゴルフ場が見えるだけだ。

そんなのんびりした出張から戻ったら、東京は師走の真っ最中。いつものペースにもう戻ってしまった。明日からは最後の追い込みの一週間で、帰京後すでに博多出張が決まっていた。それが最後の出張かな。出発直前にあいさつ回りにいつもお世話になっているお店に顔を出したら、元気に大ちゃんが迎えてくれた。美味しいおすしをいっぱい食べて、来年の再会を約して締めた。その後「絹」という行きつけのクラブに顔を出したら、まだ誰もいない。「ちょっと、ちょっと、ちょっと。出てくるのが遅いんじゃないの??みんなぁ。仕方ないので厨房に挨拶して空港に急いだ。こうして今年最後の沖縄はどかどかと終わったのでした。

具志堅さん、許田さん、東江さん、池田さん、、、、会えなくて残念でしたが、来年もよろしくおねがいします。また遊んでください。佐藤さん、名護にいけずすいませんでした。天方弁護士、事務所に顔を出せずすまんすまん。

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2006年12月16日

大型案件終了、少しのびのび

昨日でほぼ大型案件は終了しました。今日は久しぶりに8時間爆睡して、午後から大学で土曜日の今年最終講義。EU法は共通通商政策と買収について猛烈な早口で講義。レポートをだしてもらい、これで試験はなく、全部完了です。

その後大学院ではのんびり質疑応答などを繰り返しながら、こちらも今年最後。税理士試験の科目合格発表があったばかりなので、なんとなく悲喜こもごも。まあ仕方ないね。毎年のこととはいえ、8月の試験で今発表はないだろう。もっと早くに採点できないのだろうか?1年がとても長く、また別の意味で短いと感じることだろう。

終わってから羽田に向かうところで、ゼミ生のジャイアンとのび太の二人がぶらぶらしているので、早めの男飯の夕ご飯、餃子、えびにら、牛肉とにんにくの芽炒め、小龍包、スープ、ご飯。ビールなし。30分でたらふく食べて、僕は羽田に向かった。

羽田で、ナナなんと、今年のわがゼミ卒業生の佐知子が空港ビルディングに就職していたのを忘れていたが、空港案内所で手荷物受け取り場所を確認していたら、突然「センセー」と悲鳴ががり、横に佐知子がいるではないか。久しぶりの再会。いやはや元気でよかった。

さてこれから2日間、沖縄である。しばらくブログから離れますが、きっと楽しいことをたくさん報告できると思います。

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2006年12月14日

単調ではありますが忙しく

今日も朝から会議があり、いつもの仲間たちと笑顔で「おはよう」を交わし、一日がスタートしました。僕は弁護士業務の延長で、顧問先の企業の経営に深く関わることが多いです。経営といっても取締役会のメンバーということなのですが、いろいろとお世話になっております。今日もその中の一社ですが、固い絆で結ばれているので、楽しいです。

今日もう一つうれしかったのは、ある外資企業の本社に昨夜質問をしたら、「君が判断したことなら何でも本社は賛成だから、気にしないで進めてください」という回答をいただいたことです。これまでにもSOX法や法令遵守に関していつも厳しい意見を言ってきたので、アメリカ以上に厳格に管理しています。そういうことを評価してくださったのですが、当たり前のことをとても高く評価して下さるので、ますます頑張らねば、と思うようになります。これがプラスの循環であるとおもいます。

その一方で不正経理処理で首になる外資トップが後を絶ちません。こういう噂はすぐに流れるので、特にヘッドハント会社を通じて評価は地に落ちます。不正経理はばれます。それでもやる人間が沢山います。こういう人はだんだん縮小して、モラルの低い会社へと流れ着いてゆきます。これがマイナスの循環です。

学生たちには犯罪にあたる行為を説明します。談合もそのひとつです。やってはいけないとは説明しません。やれといわれたらどうするか?と質問を投げかけます。会社ではやれといわれます。そのときにどう対応するかを議論するのです。その場にいたとして考えさせるのです。法学部であればやってはいけないと教えるでしょうが、僕は違います。会社はやれと命令するのです。それにどう対応して生きてゆくかが法学部出身者の知恵なのです。

今回の三人の馬鹿知事とはわけが違います。彼らはあほですが、会社の談合は別物です。そのどろどろした生き物をどう扱うかは知恵だと思います。

さてこれで講義は終わり、この後は2年ゼミ生とゼミコンパです。が、2年生には未成年がおりますので注意して飲むようにしております。(笑)

今僕の研究室では2年前の教え子がアルバイトをしてくれています。なんだか不思議な感覚です。一緒にお茶しながらいろいろと話し合っていると、大学のもつこの穏やかな時間の流れは、実は何物にも代えがたい大切なものであるということは百も理解できるのです。しかし、自分にはまだまだ挑戦しなくてはいけないフィールドがあり、その挑戦権は60歳以前でなくてはいけないという条件もあります。

最高の肩書き、それは理想の時間配分という夢の実現へのpathでもあります。そのためにもまだまだ熱くチャレンジします。

沖縄の具志堅さん:コメントやメールをありがとう。うれしかったです。許田さん、池田さん、東江さん、他脅威の沖縄美男美女軍団にくれぐれもよろしくお忘れないようにとお伝えください!!

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2006年12月13日

ご飯食べる暇なしの一日

なんてね。でも夕食はやっとお気に入りのお店「テアトロスンガリー」でしっかりロールキャベツ(たぶん世界一美味い。。。)をジンと一緒にいただいた。最後は美味しいロシアンティーとバラのジャムをたっぷり入れて、、ああー至福の時でした。

そこに至るまでが大変でした。今日は比較的のんびりと午後3時からの打合せだけだと思っていたら、事務所につくなり、新しいクライアントを2組ご紹介いただき、買収精算などの仕事が速攻で入ってくる。そうこうしている間に現顧問先からぞくぞくと電話が入る。さらにその合間に琉球大学関係者、国士舘大学関係者からの連絡がひっきりなしで入り、てきぱきと笑顔で処理対応して、やっと一息ついたのが6時半。

昼飯を食べ忘れるほどばたばたとしていたのは久しぶりだ。あっという間に携帯の電池が切れそうになる。大事な友達と話することもできなくなるなぁ、と思いつつ、そろそろ切り替え時かなと考える。

そして落ち込みそうになるといつも沖縄の仲間に連絡をとり、元気をもらう。昨日の講演も好評だったよ、といった連絡をもらうと、すっかり元気になる。麻薬みたいなものである。(笑)そして今日はまた新しい出会いがあった。不動産中心の法務・税務・コンサルを手がけるR事務所のメンバーである。久しぶりに元気がいい若手と一緒に仕事して気分が爽快であった。

忙しい日には何か見失うことが多いが、また得るものも多い。一日の終わりがこんな快適な空間でゆっくり食事をしていると、昼間の忙しさはどこかに飛んでいる。そして、今回のある仕事は、関係者が一様に口をそろえて、神のプランかもしれないと思うような奇跡がいくつか重なった。このことは一段落したときにしっかり報告させていただきます。頑張っているとご褒美があるかもしれないよ。

明日は大学日。2年のゼミの懇親会がある。三茶辺りで騒ぐか??

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最後の追い込み

いつまでが最後の追い込みかわからないが、2日もブログに書き込みができなかった。とほ。

月曜日は朝一番の会議の後に新幹線に飛び乗り名古屋に向かう。ぼくが大事にしているカナダ-名古屋プロジェクトで、一緒に頑張っている名古屋の西尾社長、バンクーバーの伊藤氏とともに、いろいろと計画を練ったり、今年の総決算を話し合ったりと、人生でももっとも幸せな時間のひとつである。

昼ごはんを加賀料理の浅田でいただいたが、ビルの中の料亭の個室に箱庭があり、名古屋を一望できる。陽だまりがあたたかく、3時過ぎまでそこで会議をしていた。あーあ、このまま昼寝したい、とも行かず、次の打合せに向かった。今回は現場で建設にあたっている関根さん、建築士のメンバーとも会い、7時まで喧々諤々の議論そして、その後夕食に突入。

関根さんとはかれこれ20年目お付き合い、伊藤さんももう19年なります。関根さんとは山梨で一緒にログ村建設に携わった。その頃の思い出はテレビ東京の番組にもなって、二人でログ村を歩きながら夢を語りあったことを思い出します。途中挫折しかかったこともありましたが、今またこうして頑張っています。

昨日議論したログ論議はおそらく日本では相当レベルも意識も高いものであったと思います。供給する立場、作る立場、営業する立場、そして再開発する立場でみんなが同じキャップを4つかぶりながら議論しているのです。来年はもっといい年にしようということで別れました。

火曜日は教授会の日です。朝一番で名古屋から戻り、事務所で整理した後大学に向かいました。教授会は中身が多いもので、いろいろと僕自身も意見を言わせていただきました。大学は常に前進変身し続けるのです。大変なことです。

そして夜は名護に向けての講義があり、九段下のスタジオでマイクとカメラに向かって一生懸命に話しました。一時間できっかり収め、その後仲間たちとの食事会に向かいました。昨夜は全家福で至福の中華です。2次会はグランドパレスで打ち上げ、みんなで元気を確認しました。

あっという間の二日間でした。名護のメンバーはその後4時までリンケンさんたちと飲んでいたそうで、、、いいなあ。ぼくも今週末から仕事で那覇入りします。みんな、待っててください。

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2006年12月10日

静かな日曜日

ごろごろする日曜日はいつ以来だろうか、忘れてしまった。何も予定がないと心配になるという病気があるらしいが、僕には無関係である。今日は本当に何をしててもよいという日であった。さて、そうなるとどうなるかというと、実は何も変わり映えのないものである。

好きな本を書斎に持ち込み、好きなCDをかけながら、ごろごろしながら読む。電気ストーブをすこしつけて、暖かな日差しのなかでまどろむ午後は、まあ幸せの極致ではないでしょうか?昨夜のライブを思い出しながら、40年前にぼくが撮影した登紀子さんの写真を眺めながら、年月を感じるという次第である。

日曜日でも友達の何人かは仕事をしている。時折地方からメールが入ったり、出張先から連絡が入ったりする。今日は高松から「うどんがうまいです」というメールやら、「那覇は23度で寒い」といったバカ電話がはいったり、みんな頑張っている。国会議員に嫁いでいるKさんからはご子息の就職のことで相談がはいった。

さて石原真理子の戦略は正しかったかどうか?それが問題である。うーーむ。ぼくはルール違反であると思うが、それは誠意ある男性に対してだけである。誠意ある男性との過去を明かすのは、それが不倫であれなんであれ、ルール違反だ。これは許せない。従って、宇野総理のように誠意なく付き合っていた女性からばらされるのは自業自得ではないだろうか。暴力を振るっていたという男性名が挙がっていたが、そんなバカは今からでも刑事告訴したらどうか??時効なら別だが、骨折するほど殴るという行為は何があっても許してはいけない。相手がバカ女でもしてはいけない。そういう行為をした男はさっさと芸能界から去ってほしいものである。いいわけするだろうが、どうせ酒飲んだら忘れるに決まっている。暴力は性癖だ。死ぬまで直らないと思うから塀の向こう側にいれなくてはいけない。この騒動のぼくの結論はそれだけである。

さて、明日からは師走真っ盛りである。意思が強い時には楽しいリゾート生活でも夢見て乗り切りたいと思う。HPというのは本当に便利で、早速「おとなのオフ」から最近人気の旅館などを検索して、せめて画面上ででも旅気分を味わった一日でした。

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2006年12月09日

セミナー主宰とライブ

今日は僕が所長を務める最先端技術関連法研究所という長ったらしい名前の研究所主宰の講演会を開催した。大学院生、学部生を中心に特許関連の最新の動きを話していただいた。スピーカーは弁理士の友野英三先生。その内容たるや1時間で納まるはずもない素晴らしいものだった。

まあ、最新の動きを学生にわかりやすく、それでもしっかり重要な判例は押さえてくれていて、近年まれにみる良い講演会であったと自画自賛です。終わってからも院生につかまって懇談会が続いた。終わってからは早速加藤登紀子さんのライブ兼家族的雰囲気のお姉さまが経営するレストラン「テアトロスンガリー」の食事会に突入した。

今日は日ごろ仲良くしている方々を集めた、お店のさよならコンサート。さよならというのは説明が長くなるので省くのですが、このお店は年内で閉店するのです。それで、ほろ酔いコンサートの真っ最中の加藤さんですが、今夜は特別にミニライブを開催して、名残を惜しんだわけです。」

加藤さんは今年シャンソン一色で行く、という言葉通り、全曲巴里の香りがする曲ばかり。個人的には「アムステルダムの水夫」が大好きです。素晴らしいコンサートでした。それに加えて、お姉さまの幸子さんが久しぶりにバイオリンのソロを聞かせてくれました。大フィルに在籍していたのは結婚前ですから、云十年前。それ以来というからラッキーでした。腕前は完全にプロです。

今後はバイオリンの演奏にしばらく専念すると仰ってました。最後はみんなで写真をとったり、ウォッカをあおる加藤さんはあっという間にほろ酔いコンサート状態になり、狭い店内は歌声が響き渡りました。こんな素晴らしいお店が閉店するのは残念です。

12月最後まで営業されるので、是非一度行ってみてください。日本ではないような素晴らしい雰囲気、音響もグッド、料理も美味しいし、アーーあ、残念至極。

でも閉店してもきっとまた幸子さんはどこかでお店を開いてくれると信じています。そのお手伝いを僕もさせていただこうと思います。永遠なれ「テアトロスンガリー!」といったシャンソン的気分でありまする。

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2006年12月08日

いい一日でした

今日はなんと40年前にお世話になった方をたずねて遊びに行ってきた。代々木にある当時日本でも有数の高級マンションだったエアーハイツに久しぶりに足を運んだ。少し早く着いたので近くを散策していたらふるい花屋があった。親父さんから当時のことを聞き、懐かしく思い出した次第。

バラを中心に花束を作っていただいた。てきぱきと年季の入った手つきで、綺麗な花束を用意してくれた。70年やってきて跡継ぎがいないので自分の代で辞めること、近くに仲間が数人しかいなくなったこと、町の景色がどんどん変わっていったこと、楽しいオヤジさんだった。笑顔が素敵だった。

通されたマンションは昔とかわっていなかった。改装してはいるが当時の面影が残っていた。嬉しかった。中学生のときに週末になると遊びにきていたマンションである。このお世話になった方は加藤淑子さん。御年91歳になられたがお元気で、美貌も昔のままである。お母様の手料理を沢山いただいた。よく覚えていてくださって、昔話をしながら、お嬢様の幸子様を交えていろいろとお話をした。僕が弁護士になったことを知っていて、ほめてくださった。これからは僕がいろいろとお手伝いさせていただければ嬉しいですとお伝えした。中学生だった僕は53歳になり、あのときのお母さんの年になった。お元気にされていることが何より嬉しかった。そして気持ちの上では「間に合ってよかった」「再会できてよかった」。

楽しい時間はあっという間に過ぎます。明日の再会を約束して分かれました。今日はご子息の幹雄様も京都からいらしてお会いできた。住友金属の副社長を5年も務められ、今年退職された。現在は京都のロシアレストラン「キエフ」を経営されている。僕がNKKに勤務していたときに間接的にご教示いただいた大先輩であられる。僕が鉄鋼業を目指したのも幹雄さんがいらしたことが大きく影響していた。

明日は加藤さんの次女であられる加藤登紀子さんのディナーショウがあるので楽しみである。明日はお母さんと一緒にじっくりとシャンソンを楽しみたいです。

今日の夜は大事な仲間と夕ご飯。久しぶりだったので話が弾んだ。一年を振り返るような話ばかりだったけど、結論は最高の一年だったということ。僕も過去52年間で戻りたい年はない。今が最高である。明日は今日よりも素敵にする、というのが一番大事かな。

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2006年12月07日

地方巡業は続く

後輩の弁護士とともに西へ東へとカニ歩き(椎名誠さんの表現をお借りします)状態で、そろそろへとへとではあるが、行った先ではみんな優しく迎えてくれるのでかろうじて元気がでている。一夜明けてこれかたあわてて帰京し、大学へ直行。

今日は力を入れてM&A、特に企業買収の際の買収価格について講義をした。汗いっぱいかいて終わったら友達からうれしい電話。心配していた検査結果が出て、何の問題もないことがわかった。よかった。その後立て続けにネオン方面からメールと電話が入り、最近不義理をしているなあと実感した。

この忙しさで、元気に足を運ぶ気がしなかった。暮れは少し顔を出そうと思う。まあ、みんな元気になったのでいよいよ忘年会が本番であるな。来週末沖縄に仕事で行くのだが、その沖縄の大学から、年明け早々にロースクールの学生が弁護士事務所見学、裁判所見学でどかどかと上京するので面倒みてほしいとの連絡があった。よっしゃよっしゃ、待っとるからね。若い弁護士の卵はこれまた宝物です。来年の試験を前に、燃えてください。

そして今日はもうひとつうれしいことがあった。僕が昔からお世話になっていた方から、仕事の法律問題でご相談したいという連絡。本当にお世話になったので、ここはひとつ全力投球します。お世話になったのは僕が中学生時代だからかれこれ39年前だ。いやはや昔のことではあるが僕にはどうしても忘れられないことなのだ。

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2006年12月05日

師走開始

沖縄から戻りいきなり忘年会開始の合図である。昨日は長年の友達である福沢恵子さん、秋葉ふきこサン、はみだし銀行マンの横田浜夫君の4人で、湯島の水炊きを食べに出かけた。みんな大忙しでいるのに、何とか予定があったのだ。

ふきこ、はまおコンビとは読売新聞社から3人で本をだしている。それもだ、新潟日報という新聞に連載してしていた3人のリレーエッセーをまとめたものだが、他社の新聞社で連載したものを読売が出すというのも驚いた。嬉しかった。

そんなわけで、年寄りには水炊きとジャズが必要だと唱える福沢女史の提案で湯島のソープランドの隣にある有名な花吹雪に出陣とあいなった。いきなり水炊きでスタートし、6人前を食べてラーメンで締める。旨かった。こんな水炊きは初めてであった。

そして今日は終日講演会で8時間しゃべり、がらがらで衆議院議員の先生、そして有名な室伏哲郎さんと夕食をいただいた。室伏さんは日本カジノ学会の会長で、沖縄にカジノを誘致するために汗をかいている。ここは議員連盟にも働きかけて早期の実現を目指すという結論であった。銀座アスターは正統派の中華で、これまた旨かった。紹興酒を2本も空けてしまった。

明日からはまた出張と講義と会議の日々が続く。あと一週間は頑張って動き回り、今年をしっかり締めようと思う。久しぶりに英国留学している有子からメールが届いた。マスターコースの3ヶ月がおわったあたりだ。頑張ってほしい。ロンドンからは三菱東京UFJBKの藤末君が帰国した。一緒にM&Aで歩き回った仲間だ。ひさしぶりに東京で再会できるのがうれしい。

明日も会議が朝からある。大学もいよいよあと2週間で今年も終わる。琉球大学のロースクールの合格発表が来週だ。さまざまなイベントが師走を物語る。不義理をしている店からは連絡の嵐だ。すまんすまんといいつつ、近々顔だすからね。

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2006年12月03日

また寒い東京に

あっという間の沖縄滞在であった。最近は2泊が多いが、移動時間を考えると実質1日が活動時間である。しかし、温かな沖縄では動くほどに幸せになる。土曜日も活動しているところが多く、調査といえどもなんの支障もなかった。

知り合いの方々にもほぼ全員に会えて、旧交(といっても2ヶ月ぶりだが)を温め、また来年に向けてのやる気をいただいてきた。最高の幸せは、海が見えるホテルで朝焼けからだんだんと海が広がってゆくさまをまどろみながら眺める、ということである。これは贅沢な時間である。沖縄ならではの贅沢な時間でありますね。

昨夜は仕事が終わってから友達と街に繰り出した。いつものように楽しんで、みんなで飲んで、自分の街のような気分で過ごさせていただいた。一日も早く那覇に自分のスペースと仕事の支店を設置して、冬は沖縄中心に仕事ができればいいなあと考えている。

今回はJALで移動。Jクラスにまだ昔のスーパーシートそのままの機体があることを知った。これで1000円では申し訳ない、といいつつゆっくりくつろいだ。新しいJシートは狭くて何だかあまりリラックスできないなあと思っていたが、嬉しい誤算であった。ANAのスーパーシートは前の広いシートがそのままなので、5000円の差ははっきりとあるのだが、たった2時間といえども、シートの差は思いのほか大きい。だんだんと体がわがままになっているのだろうか。。

空港からの帰りはタクシーに乗り込みかえってきたが、途中でしばらく床屋に行ってないことに気付きはたと床屋にかけこんだ。幸いに空いていてすぐにカットしていただいた。横にいつも会う何でも鑑定団にいらっしゃった岩崎さんがカットしてもらっている。全くテレビと変わらない風貌で、大好きです。

床屋での話題は街の話題。そこで知ったのだが、上石神井は石垣島出身者が意外と多いということだった。その話はまた次回にご報告します。寒い東京に戻り明日からいつものリズムです。今週も名古屋出張が2回もありばたばたしますが、師走の東京をかけめぐりたいと思います。月曜日から忘年会第一回がスタートです。

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2006年12月01日

暖か沖縄

2ヶ月ぶりの沖縄である。空港ではじわりと暖かな風が頬をつたう。なんだか昨日までの忙しさが一気に吹き飛んだ。今回は、いわゆるフィールドワークというやつで、毎年定点観測している沖縄の経済や企業誘致の現状、特区の機能などを現地のメンバーと意見交換するのが主要目的である。

早速明日琉球大学でセミナーがあり、参加させてもらう。今夜はホテルのラグナガーデンで中華を食べ、さてこれからどうしようかと考えあぐねている。

今日は沖縄に関して嬉しいニュースがいくつかあった。そのひとつが石垣出身のグループのビギンのメンバーの少年時代が映画化されるというニュース。少年時代の音楽に対する成長の過程をドキュメンタリー風にまとめるという。今から楽しみだ。以前に「青春デンデヶデヶ」というエレキ小僧をモチーフにしたすばらしい映画があったが、それに近いものになるのだろうか。

音楽を愛する若者の青春時代というのは誰にでもどこかでかかわりのあるもので、実際音楽をやっていたものには自分に置き換え、また音楽にあこがれていたものにはその恋心を重ね合わせて、自分の過去をたどるようなところがある。誰もが音楽に思い入れがあるものだ。

残念だったのが、「三丁目の夕陽」が今日東京でやっているのだが、沖縄ではやっていない。まあそんなことどうだっていいか。とはいうものの、鹿児島の友達に電話したらしっかり見てるという。やっぱ残念
である。

今日は久しぶりに部屋でごろごろして、沖縄の空気を吸い込んで、英気を養おうと思う。

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