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2006年11月30日

風邪をひいてはいけない

と思うのだが、気が緩むとついついひいてしまう。今回は病院でMマジックにより一発で回復したものの、ホテル暮らしが多いので、乾燥しやすいホテルの室内を何とか湿気を保たせる方法をいつも考えている。

もっともポピュラーなものは、バスタブに「熱湯」を少し残すこと、バスタオルを湿らしてエアコン噴出し口にかけること、などくらいしか思いつかない。あとはこまめに水をのむくらいかなあ。とにかく乾燥が最大の敵である。

朝一番で名古屋に出向き、会議を終えてトンボ帰り。大学に突入して、行事への参加、ゼミ、講義などと続いて、夜ご飯は天ぷらうどんの立ち食いでした。これから9時まで最後のゼミがあるのですが、のどがからからなので誰かが「生ビール」なんて言い出したら「はい」と即刻答えそうな気がするなぁ。

とにかく周りで体調を崩している人が多い。みんな、頑張って治してください。

明日から沖縄である。今沖縄の舎弟の松ちゃんから、土曜日に若頭・子分を集めてホテルのラグナガーデンに押しかけるといったうれしいメールが届いた。1階にあるBBQで大パーティーだ。二泊三日はあっという間だろうなあ。久しぶりなので話もたまっているので、楽しみだ。佐藤さんは相変わらず忙しくいろいろと企画して動き回っている。当日も琉球大で大セミナーを開催しているのでそれも覗かなくてはいけない。絹にも久しぶりに顔をだす。覚えてくれているだろうか??具志堅さん??

そんな気持ちでゼミを終わらせたら、なんだか帰るのが寂しい。逡巡していると学生たちが一緒に付き合ってくれるというので、餃子に生ビールを飲みに、いつもの上海に突入した。なんだかいい一日だった。忙しかったけど一日の最後が幸せであると、すべての疲れがすっ飛んだようだ。

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2006年11月29日

北から西へ

朝起きたら北見は雪の中だった。しかし、日が差し始めると次第に解け始めて、きれいな光景が広がった。昼のフライトで羽田に戻ると、そのまま事務所へ。東京は暖かだ。明日の朝名古屋で早朝会議があるので、今夜は品川のホテルに泊まる。

世の中が、景気に後押しされるように、バブル時代に目にした光景をときおり目にする。なんでこんなところが混んでいるのだ?というような光景です。いいことなのだろう。東京は景気が良い。それに比べて北海道はまだまだだ。

昨夜、夕張の惨状をテレビで放映していた。行政のミスでその負債総額が莫大に膨れ上がり、増税と役所の経費カットで今後20年かけて返済しようというものである。住民説明会では怒号がとびかい、年金生活者は生活ができないと訴える。病院は閉鎖され、満足に赤ちゃんを産むこともできない状況で、夕張離れが続いている。その中で、農業を受け継いだ若い経営者が土地をまもるためにすべての不利益を受け入れて、淡々とやるしかない、と言って姿が記憶に残った。

日本人は農耕民族である。なんだかんだといっても土地への執着は強い。そしてそれが先祖から受け継いだものならなおさらだ。また、行政のミスを住民が拭うという構図もどこにでもある。暴動も起きずにバカな政治家や役人がやってこれたのは、賢い住民に支えられてのことだ。夕張はこれからどこに向かうのか。年配の住民の方々の生活を守るのが政治家の役割である。

地方自治の活性化が今こそ必要とされるときはない。一極集中、地方切捨てでは日本は成り立たない。政治家もこの辺を察してか、いよいよ地方自治の活性化のための議員連盟が先月末に立ち上がった。是非がんばってほしいと思う。座長は野田毅先生である。応援します。早速来週そのための第一弾のミーティングを開催します。またご報告します。

品川プリンスホテルの窓からの街の眺めはきれいだ。今でも、あのときに東京に来る決断を親がしなかったら自分はどうなっていただろうということをよく考える。北海道ですれ違う同年代の男性を見ると、この人の生業が自分のものであったかもしれないと思うことがある。東京にいると地方のことを忘れがちだが、市民としても地方の動きはもっともっと敏感に考えても良いとおもう。大学生とはなしていると、都会と地方の垣根が取っ払われる。かれらの夢は現実の僕であり、東京にいるビジネスマンであるのだ。夢を持たせ続けられるかが教授の仕事でもあるのだと思う。

このところ地方で話す機会が多い。みな若者は夢を持っている。夢が夢で終わらないように、後押ししなくてはいけない。夢の実現にむかうプロセスが実は都会で生活する僕たちにとっても大事なエネルギーを与えてくれているのだということを忘れていけないと思うのだ。

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2006年11月28日

2ヶ月ぶりの北見

客員教授を務める北見工大の講義に北見にやってきた。2ヶ月ぶりであるが、前回骨折をした辛い記憶がよみがえる。が、気にしていたらきりがない。同じ日におなじく北海道で腰を骨折した友達のお母さんは全治3ヶ月でまだ入院しているのだから、一ヶ月で回復したのはラッキーと思って気分を切り替えることにした。

今朝は6時起きで五反田で会議。朝からなんだか頭を使うことが多かったが、そのおかげでラッシュの前にたどりついたのでかえってラッキーであった。その後羽田空港に向かい、時間通りに北見へ。雪はなく、思った以上に暖かい。昨夜病院で処方してもらった薬が一発で効いて、体調は元にもどっている。ありがたい。

講義は1年生全員と2年生一部、約500人。マイクを持って話すのは嫌いだが仕方ないなぁ。あっという間の講義だったが、終わってからも質問してくれる学生もたくさんいて、やる気を感じる。終了後先生方と食事。毎回旨い食材がてんこ盛りで、本当に北海道は旨い町である。

今日は談合の事件があまりに多いので競争法からはじめたが、話しているうちに談合による富の配分が頭をよぎり、談合ってそんなに悪いか?と考え初めて混乱してしまった。学生も良く考えてくれていて、素材としてはおいしい。まあ日本型社会においては難しい問題を提起する。談合経済学を今度じっくり読んでみなくてはいけない。法律家はみな即悪といイメージであるが、もっと込み入った、なんだか一元的には解釈してはいけない分野のように思うことがある。

明日は会議を終えてから帰京。、またいろいろとあるのでわくわくする。北見は寒いけど、人々は暖かで来るたびに楽しいことがたくさんあります。

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2006年11月26日

早寝 早起き 日曜日

今日は大学院の入試日である。土曜日に続き今日も早起きして、ご飯を食べて、シャワーを浴びて、背広をきて、電車に乗り、ゆられて梅が丘駅に到着。淡々と歩き、大学到着。大学日はこのようなリズムで我が研究室にどてんと座り込むのだ。

周りの景色はあまり変わっていない。住宅街にあるこの大学は、周りが静かで、それも高級住宅が並び、何とも大学街らしくない。大学といえば、概ね、周りはがさがさしていて、喫茶店や食堂が軒を連ね、学生が大勢行き交う、そんな風景を想像する。しかし、この大学の周りではそういった光景がない。従って、学生たちが歩きタバコなんぞして吸殻をポイと捨てると、目立つ。目立つから叱られる。

しかし、最高の環境であることに変わりはない。受験生はこの雰囲気の中、合格したらこんな街に通うんだ、ということをしっかりと刻み込むに違いない。

入試の後は採点やら教授会やらで、あっという間に5時である。帰りは吉祥寺に出た。前からきになっていたドナケバブ店にたちより、トルコ人の若者としばしケバブ談義。ロンドンに住んでいた頃、このドナケバブが旨くてよく買っていた。ベーカー街にあったその店のケバブは最高で、いまだにそれを超えるケバブに出会っていない。期待しないで買って食べてみると、旨い。そこそこ旨い。昔を思い出した。

吉祥寺は相変わらず人出が多く活気がある。今日は家でご飯を食べるので直行であるが、いつもはここで高校の同級生佐藤君が経営する食堂「かやしま」でビールを飲むか、仲良くしているMクリニックの先生たちと繰り出すか、一人の時には第一ホテルのバーで飲むかの3つの選択肢がある。一通り人並みを眺めて帰ってきた。今日は小倉でジョージの追悼コンサートがあったが、行けなかった。昨夜パロッツの演奏を思いっきり聞けたので、諦めがついた。

さて、来週は11月の最終週。早いもので一年が終わろうとしている。気を引き締めて乗り切りましょう。

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2006年11月25日

会議、講義、会議

今日は朝から大学の講義やら会議やらが目白押しで、講義も90分を60分にまとめ、次の会議へ。会社員時代はこんなのよくあったが、大学は土曜日という聖日に会議が多い。僕は基本的に土曜日が中心で、社会人学生のニーズもあるので、ゼミも大学院講義も土曜日に集中させている。大学側は土曜日は講義が少ないのでついつい会議を押し込んでします傾向がある。

90分を60分にしたとしても話す字数はほぼ一緒で、早口になるだけなのであるが、休憩なしなので学生はちとくたびれるかもしれない。今日は久しぶりに私語で退室を命じた。私語をしてはいけないと再三注意しているのに無視したのでこの学生には単位は出さない。絶対に出さないからな!!

さて、今日はこれから沖縄の友人が上京するので、夕方から鍋-ライブ-からおけという接待豪華3点盛りである。来週末は毎年行っている沖縄定点観測のフィールドワークで沖縄に行くので、ここはしっかりと接待をしておく必要がある。

定点観測というのは経済的・法的に自分の興味の対象となっている企業や地域特性などの経年変化を観察するといういたってオーソドックスな民間研究者ノートのようなものである。沖縄は総論賛成各論反対が多く、政府の委員会などの調査でも毎年大部なレポートが出されるが、出した後に何か変化が目に見えて現れるかというとなかなかそうはいかない。政府予算で何か研究できるのは学者にとってはありがたい話であるが、僕は弁護士の報酬を研究にまわすようにして、自分の足で好きなように観測し、好きにそれを伝えるのが好きだ。学生に自分の本当に言いたいことをシッカリ伝えるのが楽しい。

今はカジノが最大の興味で、再来週にはカジノ学会の室伏哲郎さん、自民党の地方自治の勉強会のトップの方と本格的な議論をおこなうことになった。なかなか進まないカジノ特区構想、そろそろ実現しないとなぁ。自民・民主の超党派のカジノ議員連盟の皆様、よろしくお願いしますよ。

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2006年11月24日

PCがあれば いや明太子にはかなわない

アリバイ作りというのがある。その時間僕はそこにいなかった、といった類のトリックのようなものである。友人が一週間海外に出張にでていたが、メールの返事がすぐ来るので東京にいるものとばかりおもっていた。いやはや恐ろしい状況である。何事もなかったかのように一週間後普通に会ってはなしていたら、NYに行っていたという。その間業務の停滞は一切なし。

バケーションをとると、パソコンにどうアクセスするか悩む。いつだったか休日に、たった一日だけだったがノートパソコンを持参して、顰蹙をかったことがあった。アクセスしないならしないで何とかなりそうなものだが、実際携帯電話やパソコンを見てしまうと、ここで仕事しないと大変だぁ、と感じてしまう。いやはや、困ったものである。

便利なのか不便なのかよくわからいのがIT機器類である。サービス精神旺盛な僕としては今までのところこういったものを持参している。ホテルでも最近はなくなってきたが、高速LANが即時使えないとブーぶー言ってことがあった。 せこい話であったのかな。申し訳なかった。。。

今日は風邪気味の体調を完全に戻すべく家でパソコンに向かっていたが、仕事の相手方はどこにいるかわからないだろうと思う。言い換えれば、会議が必要ないのなら一年くらい沖縄を放浪していたら面白いかもしれない。行き当たりでばったりに行き倒れのような状況で救われたら、誰かが10分くらい前まで僕とメールで仕事してたのに、なんてこともあえりえるかもしれない。

そうなると、物理的にでさえそうであるから、精神的にパソコンの向こう側で相当悩んでいる人がいるかもしれないなあ、と思う。突然自殺されても困るけど、パソコンと携帯電話は仮面的付き合いを助長というか席巻させているのではないだろうか???「みんな、体温を感じる愛はそこにあるか??」なんて森田健作みたいな言葉が頭によぎった。

「体温を感じる愛はそこにあるか??」 と明日大学で学生に聞いてみるのもええんでないかい。まだ北海道だ。頭変でないからね。

そんなことを考えていたら福岡に帰っていた友達から明太子がどっかんと届いた。早速開封して食べた。旨い。どこの会社のが旨いとか、いやどこが最高と、明太子をめぐって議論は熱いが、僕はどうでもいいや。誰が送ってくれたかが大事で、みんな美味しいに決まっている。この明太子にも愛はあるか?なんてぶつぶついいながら開封して食べたら、ほんとに旨かぁ。もう頭のなかは博多だ。

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2006年11月23日

北海道の寒さは半端でないな

久しぶりの寒さにやはり体はついてこなかった。咳が止まらない。とほほである。でも熱はないので何とか後一日、と思ったら今週は土曜日も日曜日も大学であった。無理せずに早く寝ることにした。友達からも連絡があり、風邪をひいたというので、どうやら日本全国風邪がブーム、なんてことはないか。

明日の夜は楽しみにしていたミュージカルの俳優さんたちとの夕食会であったが、私なんぞの風邪をうつしたらファンから殺されそうになるので、食事会は延期させてもらった。すまん、すまん。

千歳空港で気付いたが、北海道は名産作りが盛んであるということだ。空港のみやげ物売り場には、新作旧作所狭しとみやげ物がどっかーーんと並んでいる。どれを買うか迷うほどである。定番の商品はともかく、地元の産品を利用したお土産類が山のように並んでいる。こんかいはハスカップに決めて、全部ハスカップ関連土産で統一した。こんな統一ぜんぜん意味ないけど。ブルーベリーよりも数倍ビタミン類が豊富だというので、目によさそうだ。単純な理由である。

わらったのは、かまぼこを利用した一見握りずしのお土産だ。ここまで加工しなくても、かまぼこがかわいそうではないか。加工により何か変わるのなら意味があるが、受け狙いだけの外装の偽装は、かまぼこに対して失礼ではないのか、という気持ちがふつふつと湧き上がってきた。何を考えているのか良くわからない。

しかし総じて北海道は食べ物がいつも旨い。こんかいも空弁を買い込み、二人でワシワシと食べながら羽田まで戻ってきた。あっというまの週末だが、土曜日には那覇の友達がやってくる。久しぶりの再会なので体調を戻さないと。来週はまたタフな交渉と大事な大学行事である法律討論会、北見工大での講義と続く。そして週末は琉球大学まで突入するので、気を抜いてはいけない。50歳を過ぎて体力の衰えを感じる今日この頃である。とほ。

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2006年11月22日

札幌講演会ツアー本番

今日は朝から準備をしていざ12時に北大に向かった。いやはや北大キャンパスは広い。どれくらい広いかって? こーーんなくらい。タクシーの運転手さんも目的地を見つけられず、守衛もその建物を知らず、主催者から「いまどこですかね?」なんて電話は来るし、寒いし、とほほであった。ようやく見つけたその建物は、おーーーすごい立派な建物である。なんでこれをしらないんだぁ?

北海道中の大学やら道庁やら独立行政法人やらからほんとに多くの人が参加してくれて、感激であった。これは気合を入れなくてはならない、ということで、得意のマシンガントークで口火をきった。4時間半をたっぷりしゃべった。楽しかったし、充実していた。最後のグループディスカッションも盛り上がり、北海道中から集まってくれてありがとさんでした。

終わって外に出たら雪である。おーーなんとロマンチックだ。しかし傍らには後輩の牧野君しかいない。寂しい。ということで一気に風呂に入り、気合を入れてすすきのに繰り出した。うまいラーメンをたべて、楽しいクラブ活動を終えて、12時にホテルに戻り、アメリカからはいってくる仕事を片付けて、やっと長い一日が終わった。

明日はゆっくり寝て、12時過ぎに飛行機で帰ります。楽しい北海道講演ツアーはあっという間に終わるのです。たった2日でしたが東京のほうで進んでいるいろいろなプロジェクト留守の間動きません。明日からまた東京モードです。今回の出張でほとんどの道内の大学の関係者、あるいは道庁の関係者と知り合いになれたことが一番嬉しかった。来週は北見で講義がある。寒い北海道はラーメンの湯気の向うに暖かさが潜んでいます。

北海道のラーメンは町の食堂でたべても東京の麺屋武蔵より旨いと思う。おそるべし北海道ラーメンであった。明日もう一杯食べて帰ろうっと。

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北海道から

ほぼ2ヶ月ぶりの北海道である。前回は骨折したこともあり、とほほであったが、今回は札幌。明日北大内で政府関連の産学連携に関するセミナーがあり、僕が講師としてお話をさせていただくことになった。テーマはライセンス契約や最新の競争法、具体的な契約交渉テクニック、NDAと多岐にわたり、同僚の牧野先生との合弁事業である。

自分たちが専門としている分野でこうしてさまざまな分野の方たちと交流できることはとても刺激的である。今日は大学の入試の日であったので朝は大学で高校生を面接をした。僕が設立を提案して深く関わった現代ビジネス法学科は6年目にして完全に自立して、多くのの受験生を迎えることができたことがうれしくて、今日は大学ですこしうるうるとなってしまった。開設当初はアフタヌーンコースというのが夜間部と勘違いされて人気がいまいちであったが、最近はアフタヌーン撤廃の効果もあり、既存の法律学科と肩をならべるほどに人気が出てきたのだ。ほんとに嬉しい。

特に設立時はカナダに滞在していたので、自分の言い出しのために自腹で新規採用教員の交渉やらインタビューのために日本と往復した。そういったことが一気に頭によぎり、少し嬉しくなってしまった。来年には完全に水平、どころか上昇飛行を続けられるようにいっそう努力したいと思っています。

札幌は暖かで、例年よりも5度ほど高いという。コートがなくても大丈夫です。空港から入院中の知り合いに北海道のお菓子を送ったのだが、後から考えると少し多すぎたかもしれない。でもみんなで食べてくださいね。

札幌では「すし善」で美味い寿司を食べて、それからためらわずにすすきのに繰り出した。僕は早々に切り上げ、ホテルで仕事の続きをしている。生まれ故郷の北海道は何回来ても何か暖かなものを感じます。ほかの土地とは違う、なにか故郷的なものを感じます。僕は5歳まで洞爺にいました。そのせいか、北海道弁は親しみがあり、やさしく感じます。

明日もたくさんの道産子の方たちと会います。久しぶりに北海道満喫します。

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2006年11月20日

雨続き

日曜日は終日雨で、うっとうしい一日でした。が、夕ご飯を楽しい仲間といただくことができて楽しかったです。カリスマ美容師を多く抱えるヘアーディメンションの飯塚社長とお姉さま、品川庄司の裕君のお母様のマダム路子さん、正月特番(渡哲也主演)「まぐろ」の撮影を終えたばかりの俳優の片岡さん。全員でお会いするのは久しぶりで、景色のいいセルリアンタワーに集合でした。

仕事の話も多かったのですが、仕方ありません。何でも相談しあうことができる仲間なので、いろいろと話しが弾み、あっという間の4時間でした。僕たちは50代、60代になろうとしてますが、僕たちの次代をネットワークしていかなくてはいけません。線から面への広がりが昨夜の中心的なテーマでした。

いつも子供たちが外食の中心だった時代は去り、今はこうして忙しくしている大人の仲間たちと日曜日の夜に会うのは素敵な気分転換になります。なんといっても面白いのは片岡さんの撮影秘話です。片岡さんは石原軍団でしたので、渡さんとの話や裕次郎さんのお話まで伺えるので、毎回楽しみです。マグロは有名人がどっさりでるので撮影日程が合わずに、当初のストーリや台詞が入れ替わり、現場は大変だったようですが、どうやら無事完了したようです。売れっ子が多く出演する撮影の時間調整は想像を絶する苦労があるようです。

月曜日は朝雨でしたが、午後から晴れるということで、今現在心待ちにしています。どかどかと仕事が入り、僕なりに調整に苦慮しています。今週も頑張りましょう。

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2006年11月19日

選挙について考えた

大学には学長選挙というのがある。教職員の投票で学長が決まるのである。推薦人が必要なので誰でもというわけではないが、民主的に行われていて、3年毎のイベントではある。そこで「一般論」として大学の選挙のことを考えた。下記のことは僕の属する団体とは一切無関係の僕の意見である。

選挙に当たってはいろいろと応援してくれる人がでてくる。自民党のように金も地位も用意できるわけではないから、それらをあてにしているとは思えないが、大学の中にいると外の常識が時として伝わらないことがある。それを痛切に感じるのは、推薦して応援している人には申し訳ないが、「あなたが推薦・応援しているから私はその方に投票しないのだ」ということがわかっていない教授が多いということである。

応援活動をしているとその人は立候補者のためになっていると思いがちだが、電話攻勢をかけたり廊下での立ち話で「おねがいしますよ」なんて会話をされると、いいですよということくらいは誰でも言う。その結果益々調子に乗って頑張って応援する人がいる。しかし、その応援が票を減らしていることには全く気付いていない。しかし、良識ある人は、「こんなあほが応援しているのなら、候補者には申し訳ないが投票できないな」と思うのである。そしてこれにより失う票数が実に多いのである。

そして相手方も、こういったあほが応援しているのなら、これ幸いに、「あの人が当選したらこのあほが幹部になりますよ」とうがせねたを流せば票は益々減ることになる。大学の選挙で大切なのは、公開討論会で立候補者の頭の良さ悪さが表面化するような突っ込んだ議論をさせることである。それで投票権者が公平に判断するという基本的なルールで実施すれば、まともな人が選ばれることになる。

以前の選挙で応援電話をかけてきた人に僕は伝えた。「あなたが電話すると票が減りますよ」 それでもかけ続けたその人が応援した人は落選した。当たり前である。またこんなこともあった。我が家に候補者が電話してきたが私が不在であったので帰宅後すぐにコールバックしたら、その方の家人がでて「今夕食中ですからこんな時間に電話しないでください」と言われた。人に電話しておきながらこの態度である。当然落選した。

大学内の派閥なんぞ何にもプラスをもたらさない。立派な教授も多いが、そうでない人もいる。しかし教授職というと誰もその能力を判断しない、批判しない。だから勘違いしている輩が多い。まともなことを言えば浮くこともしばしばである。論文も書籍も出さずにのさばる教授をくびにできないのである。今大学活性化に必要なことは、任期制導入、補助金をとってこない理事の排除、客員教授制度の大幅な改革であろうと思う。改革すれば人気が出るような施策・手段はいくらでもあるが、自分の身の保障を考えている人間が跋扈していては改革はできない。私立大学全入時代はもうそこまで来ているのにだ。

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2006年11月18日

西へ東へ

年度末に入り、いよいよ日本国内西へ東へはひはひ旅行が始まった。昨日は東京で仕事を終えた後、関西方面へ一路ひとっとび。いい仕事で、いい関係を築いて今年はこれで一段落。土曜日の朝は一番で東京に戻り、大学の学食で朝ごはん。

僕が学食が大好きで、まあ一般的にはまずいというのが評価だが、僕は学食がまずいとおもったことはない。帝国ホテルのセゾンと比べることはできないが、おっかあの味であり、学生はこういうところで定食を食べるのが日本の正しい大学生ではないかと思う。以前我が家が下宿屋をやっていたころ朝晩のご飯は全員で食べていた。全員で16人家族であった。賄いのおねえさんが北海道から住み込みでやってきていて、それは活気があった。従って下宿人の大学生はランチを学食で食べるのが当たり前という時代であった。それでも夜半お腹がすいて、ジャガイモを掘ってきて炊飯器でふかして食べた記憶がある。楽しい時代であった。今から40年以上前である。いつかこの下宿屋顛末記は本にしたいと思っている。

今日から入試の第二次の波が押し寄せる。週末がほとんど用事が入ってしまっているのだ。なんだか忙しい。今日は大学院の一年生(知財大学院)の面接やら進捗状況確認のための全体会があるので、講義の後は久しぶり(入学式以降初めて)に全員に会う。環境が変わり途中いろいろと苦労した学生もいるようだが、まあ修士くらいは軽くクリアしておいてほしい。これからはさらに上の資格を目指す時代がもうそこにやってきているのであるから。

土曜日のキャンパスは静かで、落ち着いていて大好きである。僕はこの大学で来年度もお世話になるので、また一生懸命学生指導をしたいと思っている。講義が終わると汗だくになる。本当に疲労する仕事だが、学生が「わかりました」「面白かったし忘れません」といってくれると元気が出る。こんなハードワークを70歳までコミットするなんて僕にはできない。一年一年が勝負のような気がする。傍目には教授は時間拘束が少なくて楽に見えるかもしれないけど、現実は汗だくの日々である。ただし、楽して教えようとすればできないことはない、というのが印象としてあることは認識している。が僕にはそれができない。

さて来週からは北海道ー北海道ー沖縄-名古屋-沖縄の日本縦断の旅です。

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2006年11月16日

炎の優先席

骨折期間中、優先席について考える時間がかなりあった。うーーむ。まずテーピングしている骨折者の外見は健常者と変わらない。つまり僕が優先席に座っていると、「なぜそこに座っているのだ?」という暗黙のささやきが聞こえてくるのである。頭からプラカードでも下げておればわかるが、僕はまだ53歳で見た目も若い!!!ので、大変な空気である。

先般、優先席で座っていたら横の女性が本に集中していた。そこにおばばがやってきて、おばばからわざとぶつかり、大声で「最近の若い子は譲ることを知らないのか。、、、がががが。わが日本国の女性の地位向上に私がどれほどの貢献をしてきたのかお前はわからないのか・・」と怒鳴り始めた。あわててこの子は立ち上がったが、それでも毒づいている。どうしようもないおばばである。彼女は妊娠しているかもしれないし、気分が悪くて座っていたのかもしれないが、車内には「反おばば空気」は充満してきた。

確かに、優先席は体調が悪い人の席であり、老人や妊婦の席である。しかし外見で判断できるのは老いだけである。老い以外にも優先席に座るべき人が多いのに、この図は何だ。やはりおかしい。したがって骨折時にはわざと痛そうにして座るか立ち上がるしかない。とほほであるなあぁ。

というわけでいっそう優先席なんか撤廃して、全席優先席にすればよいのである。マナーとは誰もが気持ちよく維持できて、また感謝されないと息がつまる。以前アメリカの友人から「I am offering a seat not for your age but for your beauty!」というせりふを学んだ。いつか使いたいと思うけど、なかなかいないなあ。ちなみに日本語では、「お席をお譲りするのは御年のせいだからでなく、お美しいからですよ」なんて僕は平気で言えるのです。そういうことがいえる雰囲気が大事だと思うのですが。

さて、やっと2コマ終わり、あと2コマ。大学は快適です。本当にすばらしい学生たちに囲まれて、いつまでもこういった環境にいれればとても幸せですね。今日の最後のゼミは「どまどま」という居酒屋になりそうである。誕生日祝いの会も兼ねて居酒屋ゼミである。なんだか楽しいですね。国士館の学生本当にこころ優しくて、高校生諸君!是非来なさい!!

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2006年11月15日

衣替え

なんだか涼しくなってきた。夜はかなり冷える。こうなると衣替えである。基本的にスーツの入れ替えだが、コートやらもしばらく買っていないので、今日は夕方から買出しに出かけた。といっても買う店はここ数年同じなので、すべて同じ店の同じ人に一年分おねがいしているので、「今から行きます」で完了。

行くともう決めて待っていてくれる。僕は色に弱いので、あんまり迷うと何が何だかよくわからなくなってくる。そういうわけでこころ強い味方が伊勢丹ダーバンの千野さんである。年に4回お邪魔して決めてもらう。だいたい入って帰るまで30分。スーツ、シャツ、ネクタイと合わせてくれるので、楽チンである。しかししばらくコートなるものを買っていなかった。時は早く過ぎるのである。

帰りに息子と待ち合わせ、知り合いのレストランで食事をした。あーだ、こーだと普段あまりしない話をまとめて話ししておおよそ何をしてるかをお互いに確認する。同居しているのだが家だとあまり話しができないのでたまにこういうのがいい。このレストランは加藤登紀子さんのお姉さんが経営するお店で、ただひたすら旨い。ひさしぶりなのでお姉さんとも話が弾み、あっという間の3時間。次回の再会を12月9日に約束して一路帰宅。

ややこしい契約交渉ががんがんやってくる。ITが加わるとこれまでの伝統的な交渉術では処理できないことも増え、技術的な基本知識は法学部出身者にも求められる。ソースコードやらポータルサイトなどいやはや勉強のねたは尽きない。明日は米国から偉い方がやってくるので朝から打合せ、昼に結婚する友達に挨拶に行き、午後からは怒涛の4講義。行くぞ!!

北海道の地震は大丈夫だろうか?

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2006年11月13日

完全に冬モード

今日は朝6時おきで、行くぞ!と気合を入れて一日を始めた。昨日の浜離宮散策とライブの興奮のせいか、少し疲れ気味ではあったが、田町までの80分(!あーあ、こんな田舎に住みたくない!上石神井は東京のチベットとよんでいるが、たかが、と見下したようには書かせたもらうが、たかが田町まで80分である!) やっと打合せに間に合った。

浜離宮は実は一昨年に一度散策を計画したところである。28年来の友達のお母さんが一度観てみたい、と言っていたので5月の連休に東京にお呼びしてご案内差し上げる、という計画を立てていた。が、少し先延ばしになった矢先に病気が発見され、結局そのまま東京にきて浜離宮を観ることが叶わないままに他界された。残念であった。思い立ったら実行しなくてはいけない。先延ばしはだめです。

そのなくなられたお母様のご実家から昨日「おけさ柿」が届いた。おけさ柿についてあるHPによると以下のようになる。
「おけさ柿」とは新潟県産平種無柿の統一銘柄ですが、昭和初期、佐渡島羽茂村にて耕地の狭い山地でも育つ柿の生産を始めたのがそもそもの始まりです。柿農家の人々が苦労しておけさ柿を全国ブランドになるまで育て上げました。

他の産地の柿は平地で大量生産していますが、ここ羽茂は耕地に平らな場所がなく山の斜面で育てています。南向きの斜面で、太陽の光が柿の木にすみずみまで行き渡り、上品な甘みととろける肉質をもった柿を育てます。傾斜地での収穫作業は危険と隣合わせ。大変な作業です。収穫された柿は昔ながらの製法、渋抜きして出荷されます。」

手間隙がかかった貴重なものである。それにしても旨い。食べる日が指定されている。今から楽しみです。佐渡のTさん、ありがとう。また遊びに行きますね!!

それにしても、五島列島のメロンやお米、和歌山の桃、鹿児島のお茶、岡山のマスカット、新潟のお酒、福島のイチゴ、広島の牡蠣、熊本のでこぽん、北海道のかに、青森のりんご、、、我が家は本当に日本中からお友達が名産を送ってくださる。ありがたいです。そして美味しいのです。

帰りに伊勢丹で先日譲り受けた絵を額にいれてもらいました。立派になりました。すてきな絵です。写真で載せられないのが残念だけど。ほんとうに屋久島に行ったような気分になります。さて、いよいよ今週から大学、政府、仕事関連の出張やらが講義の合間にどかどかと入っています。またいろいろなところで知り合いにお会いできるのが嬉しい。みんな夜を空けてまっててくれるらしい。北海道も2回あるが、その寒さを相殺するように沖縄も2回あります。

家に帰ってテレビをつけたら友達の福沢恵子さんがNHKで国谷裕子さんの番組にでているではないか。早速電話したら、「今生放送がおわったばかり。」ということで近々食事をすることになった。彼女は朝日新聞の後、大学院で僕の講義に出てくれて、今は樋口恵子さんの後を家政大学できっちりと守りジェンダー論などを研究し教えていらっしゃる才媛(このほかにもいろいろ活躍されていて書けませんが)です。綺麗だし、頭いいし、優しいし、尊敬する素敵な仲間です。同じ遊び仲間の秋葉ふきこサン、横田濱夫君を誘って、前回モンジャを食べたので、今回は鍋でも食べましょう。


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2006年11月12日

浜離宮から浅草へ

木枯らし一号、という肌寒い日曜でありました。今日は午後から地下鉄を乗り継いで、汐留まで出向き、そこから歩いて浜離宮に行きました。立派な恩賜公園で、散歩しながら、東京に48年住んでいて初めて来たところです。恥ずかしい!!

園内は古い松並木があり、鴨狩の池があり、御茶屋があり、となんでもない公園であるが、落ち着いた雰囲気は石神井公園や井の頭公園にはないものである。それと周囲を囲む光景は素晴らしい。高層ビルのオンパレードである。

公園の一部に船着場があり、そこから船で浅草に向かった。45分の船旅を東京で経験するとは思わなかった。少し感動した。5時についてそのまままアサヒビールのある「うんこビル」まで駆けつけ、いよいよ待ちに待ったブルーコメッツのコンサートである。

ファンクラブが中心の身内のコンサートで200人程度かな。でも感動的であった。前にも書いたが僕は亡くなった井上大輔さんの大ファンで、今日はその名曲の数々を大輔さんのご両親と一緒に楽しむことができた。いやはや、ラッツアンドスターや葛城ゆきへの楽曲ばかりでなく、本当に数多くの名曲を大ちゃんは残してくれている。

それらを堪能して大満足の一日でした。大ちゃんは日大出身でサックスとフルートを担当していた。リードヴォーカルで、和田アキ子さんは決してサックスは上手くなかったよね、と愛情こめて言うが、彼の悪口を言う人はほとんどいない。いつも爽やかで、奥様との旅行の思い出を綴った「北国の二人」は今も口ずさむとめそめそしてしまうほど大好きな曲なのです。もっと長生きしてほしかったなぁ。

帰りに浅草駅前のうなぎ屋さんに駆け込み、寒かったので冷えた体を温めるべく熱燗!を頼んで肝を食べて、お重をいただき、満腹で、楽しい日曜日は終わりました。明日からまた忙しい一週間です。音楽は素敵ですね。英気を養ってきました!

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2006年11月11日

絵、記念写真、ドライブ

今日は大学の日である。10時に車で家を出た。小雨ぱらつく中を40分ほどドライブしたら大学に着いた。講義の資料を準備して、12時から4年ゼミ生との記念撮影。何だか僕がセーターの私服だったけど、学生は全員がリクルートスーツである。黒の集団で、どっからみても越田組舎弟集合である。(越田というのはゼミ生でもっともガテン系の雰囲気をもって、実際4年間家業を手伝った頑張り屋である)。
何だか嬉しい雰囲気である。この仲間とはほんとうに気持ちが通じたなあと思う。

講義が始まる前に、先日の学園祭で美術部の部屋を見ていたときにある作品に出会ったので、その作者である文学部の学生T君に絵を分けてくれないだろうかとの交渉をした。T君は、「差し上げます。そんなに喜んでくれて嬉しいです。」という。そうはいかない、立派な絵である。なんとかわがままを通して安く分けていただいた。素晴らしい絵で、来週額縁をこの絵にあわせて作ろうと思う。いい絵に出合うと幸せになる。絵の舞台は彼の頭の中ではどこか田舎の海岸であろうが、僕には屋久島の海岸となっている。

詩人の山尾三省氏(故人)の活動の舞台ともいえる美しい屋久島には僕もいつかゆっくりと行ってみたいのでありますが、その屋久島を舞台に彼が書いた詩が素敵で、朝日新聞に載ったエッセーをモチーフに僕がイメージして作った詩にぴったりの絵なのであります。屋久島の海岸を白いワンピースを来たご婦人が帽子を風にあおられながら歩いている姿を詩にしたのですが、そのイメージにぴったりと当てはまっていたので少し驚きました。こういう絵に出会うと幸せになります。

講義が終わってまた車で帰ってきました。空いた道路を走るのはとても気分がいいです。我が愛車(BMW320)は絶好調で、エンジンは水面をかけるように疾駆します。我が人生14台目の車ですが、いすゞ117クーペと双璧をなす名車です。明日は待ちに待った「ブルーコメッツ」ライブです。いざ。

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2006年11月10日

久しぶりにかばん論議

金曜日だ。といっても明日は大学の講義の日なので、気分的には週末が来たという感じではないが、なんとなく世の中が明るい。午前中自宅事務所で過ごし、午後から事務所へ。仲良くしてもらっている友達のお母さんが長期入院中なので、紀伊国屋で流行の本を見繕い、送った。早く良くなってほしい。外科なので病院は明るいらしい。確かに内科は暗いものなあ。

雑事を片付け、夕方からビジービーバー(BB)というバッグメーカーに出向いた。話せば長いのだが、このBBの社長の須永さんとは、いやはや、17年ほどの友人であり、仕事仲間である。彼は日本では知る人ぞ知るアウトドアバッグデザイナーの草分けで、エディーバウアーをこんなに普及させたのも彼の功績だし、またWOODY COUNTYの名前で知られるブランドも彼が創案したものだ。

僕は彼がBBを創業したときに、様々なバッグのデザインを一緒に企画した。ビジネスマンの立場から使いやすいアイデアをいろいろとデザイン注文したり一緒に考えたり、そしていまや立派なバッグメーカーとなった。爆発的に売れるなんてことは望んでいない。電車の一車両にひとつみられればそれで十分である。そんなコンセプトでスタートしたのだが、それをきっちり守っている。だからリピーターが多い。

僕のこのブログのトップページにリンクをはりましたので是非とも銀座のショップを訪問してください。大田店長が笑顔を迎えてくれるはずです。「舛井の知り合い」と言ってみてくださいね。女性用も充実してきて、ほんとに「あったらいいなあ」と思うようなものばかりです。

バッグに関しての本当のお洒落とはひとつのブランドですべて統一することだと、とある有名なホテルのコンシェルジェが言っていたけど、そんなコンセプトで作っています。ガーメントからビジネスブリーフ、カジュアルポーチまで、すべてが「そのままウィークエンドに突入しても使える」が僕の中でのBBブランドの説明文句です。これを機会に訪問してくれたら嬉しいです。来年度の新作はまた素晴らしいものが出されます、乞うご期待!!


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2006年11月09日

ロングな講演会ー疲れました

今日は朝から疲れました。9時から6時半まで講演会、というより講義がありました。大学ではなく、最近はビジネスマンの方々に国際的なライセンス契約や契約法の基礎を教える講演会に声がかかるようになりました。すでに来年春までに7回ほど入ってます。終日やるので疲れますが、同僚の弁護士と一緒なので、漫才気分で頑張っています。

参加される方々もIT企業が多いですが、技術屋さんも多く、いろいろな意見が出て楽しいです。僕は天性の「人たらし」らしく、詐欺師であれば相当成功するだろうといわれるくらい話好きですので、多くの人の前で話すことは苦になりませんが、前後の仕事でプレッシャーがあると少し疲れますね。大学は休講にしましたが(すまんすまん)、社会人に対しても一生懸命に話し、伝えることは僕の生来の義務だと思っています。

みんな喜んでくださいましたのでホットしております。こうしてリピーターになってくださる会社も多く、また来年もねとおっしゃってくれます。私語ひとつなく真剣に聞いてくださるので力も入ります。

さて終わってから渋谷で4年のゼミ生と食事の予定でしたが、急な仕事が入り、少しおくれてタクシー飛ばして駆けつけました。みんな元気そうで嬉しかった。準が足を怪我して松葉杖でかわいそうだったが、後はみんな大丈夫だった。もうそろそろ卒業だものな。

一気に生ビールを飲み干して、あっという間の懇親会は終わり。帰りのタクシーの中で、普段話せない友達としばし話し込んで、今日一日が終わりました。大好きな友達たちから沢山メールや電話をいただき、大変嬉しいです。僕のゼミの教え子で今春卒業したRちゃんが法学部でアルバイトをすることになり、先輩にあたるMさんから「しっかり面倒みるとよ」とメールをいただいたのが何より嬉しいです。高知に仕事で行っているHさんから「鰹が旨い!」とメールが来ました。電話したら早速もりあがっているようで、「高知に来てください!」といわれて嬉しくなった。次回は参加するからね。

こうして国士舘大学法学部を中心に教え子や職員などと交流することは、何物にも代えがたい僕の財産です。営業、売り上げ、利益を追求する実社会とは違う、教育という軸で結ばれた仲間は素晴らしいです。いつまでも縁を大事にしていたいです。来年度の講義やゼミも決まり、さてこれから気分を切り替えまた一年頑張ります。僕は国士舘の職場、職員の方々が大好きです。

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2006年11月07日

事件は子供がらみばかり

それにしてもカリキュラム問題、自殺予告、秋田殺人事件か?など子供がらみの事件が多い。なにか箍が、それも大人たちのつっかえ棒のような背骨が、どこかずれてしまっているような事件が多い。間違いなく子供たちが被害者であるなぁ。

給食費不払いに関するヤフーの掲示板に意見を書き込んだらたった数時間で1000件も書き込まれ、僕の意見ははるかかなたのほうに行ってしまった。関心の深さはわかるが、何とかならぬか不払い。こんな家のなかに贅沢三昧の家庭もあると聞いて、がっくりである。

大好きな写真家土門拳さんの写真集「昭和の子供たち」に中で、筑豊の小学校の教室風景がある。弁当を持参できない子供たちが、昼食時間中顔を隠すように漫画の本を読んでいる。どんな気持ちでいるだろう。そして弁当を持たせてあげられない親たちの気持ちも手に取るようにわかる。

しかし今直面している不払いの親たちは、この時代の筑豊の親たちとは根本的に違う立場にある。ボタ山で其の日の糧をまかなうような何かを真剣に探す子供たちの写真からは、なぜか暗さを感じない。この違いが時代背景で片付けられるものか、あるいはわれわれの世代が何か腑抜けになっているのか、よくわからない。給食を出さないと言う議論には違和感を覚える。こんな時代に子供が空腹を味わうなんてことはあってはいけないと思います。

食事は食育と言われるほど重要な要素です。僕も大学生たちとはなるべく一緒に食事をするように心がけてます。楽しい食事をしていれば必ず幸せになれると思うからです。もし今の仕事をしていなかったら、地元で食堂を開いて、親が忙しい子供たちに賄いを出すような仕事をしていたいと思っています。みんなで食べることでマナーも覚え、話題も増え、そして一体感を味わえます。僕は朝昼家で食べて夕食は外食というパターンなので、一緒に食べる人を大切にします。子供たちがみんな幸せな食事ができることを切に願っています。

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2006年11月06日

大事な友達から仕事の上での悩み相談を受けました

僕が大事におもっているある大企業の知財に勤務する方が、仕事で、特に今後の経験に関して悩み、相談を受けました。研究所への異動がプラスになるかどうか、また知財から法務への異動に関連してのものです。このブログを読んでくれているOBOGの諸君にも役立つかもしれないので、少し一般論に変えて以下にアドバイスした内容を書きます。

僕の持論では、専門を特化して知財にいるかどうかは、5年、あるいは10年後の自分の計画と密接にリンクしています。どっちでも大した差はありません。どこに行っても自分のやるべきことや期待されていることは、一年で結果を出すということ、あるいは一年で確たる可能性を提示することが重要だからです。長い目でどっちがよいかというのは会社の上司に示されることではなく、「将来へのキャリアパスとしてどっちに行きたいか?」という自問自答の問題です。

一般論では法務全般を学ぶことは大事です。が、今は一年から1年半の期間で研究所において知財、ライセンス関連の要点をマスターすることのほうが大事だろうと思います。その一年半でこれまでの会社での経験を確たる自信にすることが将来もっとも役立つのではないかと考えられます。ライセンス契約は僕も日々担当していますが、会社の場合には、コアな技術をライセンスする立場にある部署(研究所の技術のライセンス)において自分の関連会社へのライセンスを内容あるものに昇華するため一時的に研究所に行くのは賛成です。必ず役立ちますし自信になります。また会社は他社のソフトや技術をライセンスされる立場にもありますので、ライセンシーとしての立場を理解するうえでも賛成です。

研究所では法務の勉強と経験も同時に積まなくてはいけません。そしてそれをアピールしなくてはいけません。どんなことでも、「自分ノート」を作成して、成果を目に見える形で積み上げておくことです。これは自分の知識を明示的に蓄積することにもなり、見直すと勉強になります。テーマごとに簡潔に、気分は教授になって教える講義ノートとして目次や内容を整理しておくことです。具体的には、
1回分の講義資料の目安:A4で概要1枚、内容3-4枚、添付資料、法文のコピー、判例のコピーを一式として管理します。

そのときに頭に入れてほしいのは、法体系を書き、公法私法別の区分けをして、民法の契約に落とし込むという作業です。会社が直面している法律問題は、外為法や輸出貿易管理関連法に至るまで、ほぼ全域があてはまります。知財は一部なので、下積み時代に全法律情報を整理しておくことです。知財、契約一般、ライセンス関連法、独禁法、消費者関連法、合弁関連法、ダンピングなどのWTO法関連、労働法、雇用機会均等法、会社法一般、株主関連法、などに分けます。

そして何より大事なのはWTOという国際公法のフレームワークの中に今後会社がいかに重要な法律を数多く見出すべきかを肝に銘じることです。具体的には、TRIPS, ダンピング、原産地、投資関連、FTAなどの動きです。そしてそれらをすべて私法、つまり企業への直接的影響として、把握することです。このロジックが今後は大事になります。

明確に目標をもたないと時間が無駄になります。5年後に自分は助教授になっているのだという気持ちで仕事とその整理を日々行うことが大事です。

以上のようなアドバイスをしました。法務や知財という部署は特殊ですね。専門的ですが自分の実力やキャリアアップには大いに役立つ部署でもあります。頑張って楽しんでください。

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2006年11月05日

散歩日和

原稿チェック疲れから11時まで爆睡して、ようやく起きたら散歩ということになった。迷わず今日は井の頭公園にでかけたが、ものすごい人出であった。芋を洗うように混んでいたが、それもイセヤの前の一部だけで、少し歩くと静かである。

しろうとのバンドの演奏あり、似顔絵描きあり、バザーありと結構な賑わいを見せているコーナーもあって退屈しない。沖縄の三線演奏まであった。テネシーワルツを演奏していた爺さんがすこし寒かったけど、日本の正しい日曜日のようであった。

今日気付いたのは、吉祥寺はイタリアン激戦区であるなあということであった。ランチは武蔵野公会堂の地下にあるなんとかというレストランに入ったのだが、メニューが4種類、うち2種類は材料切れでアウト。これが1時のことである。やる気ないなあ。結局残りの2種類を食べたのだが、値段が値段で、マアそれなりに、ということろであるが、掃除はしてないし、色気はないし、先般食べた池袋の文流と比較するのは無理にしても、まあ「なめるなよ!」とだけは言っておきたい店ではある。(とーとつにワードの単語変換に文句を言いたい。「いって」と入力するとかならず「井って」が出てくるが、一体このわがニッポン国の誰がこの表現「井って」を使うのであるか?マイクロソフト社よ、ちゃんとそこらあたりを説明しろ!ばーろ!)

なんとか4時半に家に戻りテレビでゴルフをチェックすると、ちゃんとそこにはウェブの姿があった。藍ちゃんいわく、簡単には勝てないわ、の言葉通り、トッププレーヤーの人が優勝している。ソレンスタムの6連覇を阻んだのがウェブである。うーーン、そうなんだ。甘くはないなぁ。

さて明日からは11月が本格的に始まる。連休が終わり、そろそろ本気モードに突入しないと、11月も何もしないでおわりそうである。頑張ろう。

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2006年11月04日

静かな土曜日

家人が20年来のファンである堤真一さんの映画「地下鉄に乗って」を観に友人と出かけているので、静かな土曜日である。今日は朝からコーヒーと紅茶をセットして、書斎で原稿の通し読みとサブタイトルを100近く作成する作業をしていた。好きなCDをかけながら、天気の良い空を眺めながら、2時過ぎまで一人で作業をしていた。大方完成した。昨夜のパーティー後、速攻で戻ってから継続していたゲラチェック作業は2日で完了。ふー疲れた。

シャワーを浴びて、甥の家の新築祝いに出かけた。なんとも立派でモダンな家で、いやはや羨ましい。31歳でこんな家が都内に持てるとは、なかなかやるわいなあ。もうひとつ驚いたのは、甥が8年乗っていたセルシオを売って新車を買ったのだが、なんと8年落ちのセルシオが230万円で売れたのだそうだ。なんと言う中古車市場。セルシオってそんなにいいか??

なんだか驚いて、姉夫婦と一緒にみんなで最近できた蕎麦屋に突入。サラリーマン定年後、自分でそばの技術を習得して、土日だけ予約客のみに営業というふざけた店に行った。姉の家の前である。ひとんちの居間で食べてる感じだが、しろうとっぽくてなかなか良い。すべての客が近所の仲間内という感じである。一瞬町内会の集まりに参加したような気分になる。しかし味はプロである。旨かった。眼の前に生ビールがあるが、酒酔い運転はできないので、みんなが飲むのに、それもうぐうぐ音をたてているのに、僕はお茶だけで帰ってきた。偉い。

ところで我が姉は、一言で言うと素敵だ。優しいのである。3人の男の子を育てて、今は仕事をファミリーで大規模に経営する傍ら、義兄とベンツのオープンカーに、スカーフをしてサングラスをかけて乗り込み、鈴木組の姉御よろしく疾駆する、昭和30年の湘南を走るモガのようである。兄も若若しいので、孫がいるようには見えない。こういう夫婦像もありである。

帰りは道路もすいているので久しぶりに愛車を相当スピードを出して帰ってきた。若いカップルを見ることは楽しい。本日新青梅街道はほとんど車のないスピードウェーでした。まさに秋まっさかりでした。

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2006年11月03日

法学部40年、学園祭、OBOG沢山

今日はいやはや忙しい一日であった。洗車を完了させて車に乗り込み、昨日のジョージハリスンのCDを聞きながら学園祭に向かった。結構な人手で、おまけに隣接する高校も同時開催なので、世田谷区世田谷4丁目あたりは大にぎやか。でも日本人の祭りのありかたとしては、こうして形は変わったものでも、継続してゆくべきであると思う。これを不愉快と思う人がいたら、その人は病んでいると思うのだ。

3時までは出店を回り、3時からは法学部40周年式典があった。裁判員制度に関するシンポジウムで、その後パーティーへと突入である。OBOGたちが沢山やってきてくれて、わがゼミ生も沢山来てくれた。うれしいではないか。みんなおにーさん、おねーさんになっている。社会にもまれているようだ。

ある展示室で話し合っていると、突然電話が入り、俺の停めている駐車場の位置がM教授のスペースであるからすぐにどけろ、という。「それはすいませんでした」と謝り、駐車場へ駆けつける間の5分、俺は考えた。一生懸命考えた。M教授??誰だ?駐車場に専用スペースを持つようなポジションの人間でMっていたっけ??考えれば考えるほど不思議だ。わが大学は駐車場が少ないので、事前許可を取るか、幹部専用となっているが、俺は事前許可をとっている。

そこで、管理室に言って怒鳴った。Mって誰だ??誰も答えられない。「えーー、元学長の、、、、」「オーーー、そうかそうか。学長経験者は生涯駐車場が与えられるのか?そうだとするとそれを決めたときの議事録をすぐに見せろ!!」「えー総務の誰さんに聞いてください。」「電話しろ!」「総務です」「。。。を出せ」「はい。」「なんで俺が動かさなくてはいけないんだ?」「うーーん、えーーー、動かさなくていいです。」「何??どういうことだ!説明しろ!!」とほとんどワイドショーのコメンテーターのような馬鹿面をして怒っている。でも俺は怒った。

「こんなことが普通にまかり通っているって異常だろ??」というと、周りにいる職員も学生もみんな、「そのとおりだ、よく言ってくれた !」とパチパチパチと拍手喝さいであった。一体、総務は何を考えているんだか。元学長でそんな待遇を受けられるのなら、俺は元社長だ(小さいけど)!!俺は元サラリーマンだ!!(でっかい会社の)でも通りそうな気がする。俺は元大学に300万円も授業料を払った卒業生だぞ!!なんていわれたらなんて答えるのだろう!!??!?

かくして今日も平和に一日が過ぎていきました。

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2006年11月02日

友、カナダより来る

これまで数多くのカナダビジネスに携わってきたが、いつも一緒に働いてきたメンバーがいる。プライスウォーターハウス(現PWC)の日本法人担当役員だった豊田さん、デービスアンドカンパニー法律事務所の日本担当パートナーのマッカーサー弁護士、KITO&ASSOCIATESの社長で建築家の伊藤さん。この三方とは今も仕事で一緒に動くことが多いが、出会ってからもう20年以上になる。

僕がカナダBC州政府の商務官時代に一気に親しくなり、その後は何かにつけチームで一緒にクライアントの仕事をしてきた。その伊藤さんと豊田さんが還暦を迎えた。まだまだ引退は先だが、そろそろセミリタイアしたいなどというメンバーが出てきた。でもこれからも一緒にクライアントにサービスを提供をしていくことに変わりはない。

今日はその豊田さんとマッカーサー弁護士(トニー)とランチを食べた。旨いうなぎということでちかくにある帝劇地下のうなぎ屋で昼からお腹いっぱい食べる。トニーの事務所で来年以降の予定を話し合い、いよいよ一緒にまた動くときが来たなあと予感する。来年以降の僕の業務体制は今流動的なので、12月にははっきりさせるのだが、カナダ業務を増やすことは決まっている。彼の事務所は外国法事務弁護士事務所、カナダでは有数の大事務所で、いよいよ本格的に業務拡大の時期に入った。日本経済が成長軌道に乗ると、カナダのような安定している国に対する投資が一挙に増える。バブル時代は凄かった。

そのカナダの弁護士事務所との業務提携は大いに魅力ある。頑張ります!

帰りにジョージハリスンのCD6枚を全部まとめ買いして、連休中に聞こうと思います。僕は会員券とかスタンプが嫌いなので(また来なくてはという気になることがうっとうしいので)、後ろの高校生にポイントを上げたらえらく喜ばれた。素直に喜ぶ高校生はやはり日本の正しい高校生である。

帰りにデパートで次にデザインをするビジネスバッグのアイデアを考えていたが、なかなかいいアイデアが浮かばない。そろそろ「これは」というものを出したい。僕のデザインしたバッグはビジービーバーというブランドで販売されているので、是非手にとって買ってください。銀座にお店も出しています。僕の紹介というと少し安くなるかも。本当にいいバッグを作ってくれる素晴らしいメーカーです。

http://www.busybeaver.co.jp/

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2006年11月01日

11月スタート ジョージ追悼

今日から11月です。早速朝から仕事で田町の海岸側に出て打合せを楽しく済ませました。会議後事務所で月初めの請求書の発行、講演準備、いつもの顧問業務などを片付けて、夕方外科で最後の検診を行いました。幸い完治で、これで病院は最後でした。

夕陽がまばゆい時間でしたので、病院前の焼き鳥屋でミックスで12本買い、家で食べるという普段ではありえない幸せな夕方を過ごしました。家に着いたとたん、契約交渉のトラブルの解決で約2時間電話会議と書類作成です。

そんな一日でしたがバッドニュースがありました。11月26日に北九州小倉の原宿ラフォーレ(ほんとうにこういう名前なのです。飯塚の友達に聞いたら、間違いなくあるよというのであるのです)で「ジョージハリスン」追悼コンサートをあのフライングエレファンツが行うので楽しみにしておりましたら、なななんとこの日が大学院の入試日でありました。忘れてました。うっぐーー。で残念。当然仕事優先でしょうか。こういうときに堂々と小倉へジョージのコンサートと書き込んで休暇をゲットするという勇気は僕にはありません。当然だ、といわれるかもしれませんが、好きな人はわかると思います。

たぶん、
I need You
While my guitar gently weeps
If I needed someone
Horse to the water
.....と沢山唄うのでしょうね。

がっくりでした。そこで夜は「コンサート フォー ジョージ」のDVDを聞きながら過ごすことにしました。
入試はどんどん早まっています。年明けには大体定員を確保するめどをつけておかないと、定員割れといったことになりませんません。そこで年内に動くのです。でも11月29日(日本時間では30日)の命日を避けているのに、ついてないなあぁ。

気を取り直して頑張ります。明日はバンクーバーから友人がやってきているので、ランチを一緒に食べます。このメンバーについてはまたの機会にご紹介させてください。

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