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2006年10月31日

10月も終わり

いよいよ今日で10月が終わる。時間が早く通り過ぎる。今日は大学からスタートした。学長選挙の決戦投票の日で、前回4人立候補して4人が全員定足数を満たさず、上位2名による決戦投票である。なんだか政治の世界みたいで、「是非私に一票を!」「同じ大学出身者として是非私に!!」といった絶叫はないものの、それに近いものがある。まあ3年に一回のお祭りである。

この大学の学長選挙システムの最大の欠陥は、政策論議を公開の場で開催しないことである。紙きれに簡単に政策を書き出すのだが大した差はない。誰が何をするのかよくわからない。学長になったらなったで、しがらみもあり、何だか成果が良くわからない。従って評価が難しい。大胆に変化をもたらしてほしいものである。

とにかく投票を済ませて、4年生の学生でよく遊びにくる連中と連れ立って、世田谷ホールの地下にあるレストラン「けやき」に昼飯で突入である。なんだかんだと話し合って、みんなと別れた。飯を一緒に食べて一生懸命に話をすると心は通じるのだ。悠、大介、他一名、楽しかった。

午後は事務所で月末締めの作業に明け暮れる。5時半に北海道での講演会のための打合せで、財団法人の方々が4人も会いに来てくれた。鈴木先生とは北見工大で一緒に客員教授をさせていただいているので心は通じている。1時間で片付け、さて夕食となると相手がいない。寂しい。と思っていたら、今年卒業した女子学生たちが3人も大挙してやってくるという。カラオケ兼食事会に顧問先の社長、友人の弁護士2名も加わり、大勢で六本木に繰り出した。僕は明日早い仕事があるので9時半に失礼した。

六本木の涼しい風に吹かれて散歩していると昔の名残のある街角に出くわす。六本木は中心からすこし離れるとまだ昔の香りがする。交差点から飯倉に200Mほど行ったあたりだ。その昔加賀まりこさんたちが闊歩していたころだ。キャンティーというレストランの話は最近もドラマ化されましたが、昔は粋な大人が多かった、ということでしょうかね。僕の最初の六本木は「最後の20セント」というクラブでしたが、1973年のことです。この話はまた別の機会に。。。。

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野田先生との夕食

昨夜は衆議院議員で20年近く兄上と尊敬している野田毅先生と夕食をご一緒させていただきた。先生とは定期的に年4回ほどご飯をいただきます。昨夜は精進料理をいただきました。いつもお世話になっている愛宕の醍醐で、日ごろ不健康な食事が続きやすいので、きっちり健康食をいただきました。

安倍政権発足から2ヶ月ちかくたち、何か旗揚げすると反旗ととられかねない時期なので自民党は静かですが、そろそろ政策論争に火をつけてもらいたいものです。昨夜は中国問題、アジア、米軍、朝鮮半島、拉致問題、消費税、年金、沖縄問題といろいろと意見をぶつけ、意見を伺い、元気をいただきました。一緒に進めさせていただく次のプロジェクトも決まり、中身の濃い3時間でした。

今回は地方自治の重要性を勉強させていただきました。東京、大阪、名古屋だけが元気で、地方がそろそろ活性化する順番です。そういった政策を根本的に議論するような方針を先生は考えていらっしゃいます。近々動きがあることを期待しています。

朝6時から夜12時まで長い一日でしたが、充実してました。

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2006年10月29日

日曜日 背広にて

今日は朝から明治大学で開催される国際経済法学会の年次研究大会があり、ぎりぎりまで寝て背広ででかけた。さすがに日曜日の電車は背広姿が少ない。電車に乗っていつも感じるのだが、席を譲るということが案外めんどくさいことがある。空けようと横にずれると意味もなく女性からにらまれたりすることもある。またどうみても一人分のスペースがないようなときにずんずん割りこんで来る人に対しては不快感をあらわにする人も多い。

席に間仕切りをすべきかどうかといったことが以前新聞紙上でおこなわれたことがあったが、実際間仕切りがあったほうがいいんでないかい、という場面が多い。江戸の粋を示す政府広報のポスターだと、こういうときには笑顔で譲る図があるが、いかんせん満員、あるいは混んだ電車の中のことであるから、江戸を引き合いに出されてもなあ。

10時5分に到着して私法系の部屋に入ったらもう始まっていた。学会というのは一年ぶりにいろんな人と会える良い機会ではある。若い学者が発表して業績を増やしたりするが、われわれはもっぱら先輩への挨拶まわりとなる。大御所の先生のところには次から次へと挨拶が続く。大御所と思っている先生のところには誰も挨拶に行かない。はっきりしていて気持ちいい。教員のお誘い(ヘッドハント)もこんな会場の片隅で話し合われるようだ。

僕らは大学を出てから学者の道を歩んだわけではないので関係ない話であるが、学会には序列や派閥がはっきりしていて、一人が移動するとその後どういった人事異動が発生するかは大方予想がつくらしい。派閥の論理で、論文発表や掲載も決まるようで、同僚の教授が退職すると言うのに、同じ学問分野の先生方が論文を寄稿するにも締め付けがあってできないということが起こるということを聞いた。ばかばかしさも極まれりとはこのことだ。同じ職場の仲間の記念誌に寄稿ができないなんて小学生の陣取り合戦以下のバカ話である。それも職探し中の助手ではなく、天下の教授がである。そんな世界にいなくて本当によかったと思う。わが国際経済法学会にはそんなことはないようでほっとしている。

さて明日からは学園祭シーズンで、すこしのんびりできるかな。幸せな一週間になりますように。


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2006年10月28日

土曜日の午後

幸せな時間が過ぎてゆく。僕はここ数年土曜日に講義を集中させている。特に社会人に開放した学科なので、週日は夜間、土曜日が朝から、という設定にだいぶ慣れたが。土曜日の最大のメリットは時間が緩やかに過ぎてゆく感じがすることだ。ビジネスマンが週日激しく回っていてそれを見ている自分の感覚的なものかもしれないが、通勤電車もすいているし、何より道行く人の表情が穏やかなのがいい。

今日は大学はオープンキャンパスで、多くの高校生がやってくる。たまたま声をかけたら僕の学科に決まった男子学生が見学にやってきた。いろいろ案内していると、幸せを感じます。ふと35年ほど前の自分とかぶせてしまいます。

すこし高校のことを書きます。僕は早稲田大学高等学院という高校を出て大学に進みました。もとより早稲田の完全な付属校で、係属校ではありません。全員が早稲田進学するので、関心は学部です。家の近くにあるので、通学時間は3分。クラス替えはなし、3年間同じ仲間です。一年からドイツ語などの第2外国語必修で週に5時間習います。卒業するころにはかなり力がついていて、大学ではD1クラス(上級ドイツ語)に入りました。5人だけで、もう一人が学院で、一人が独学、後の2人は帰国子女でした。

学院の思い出は昨年の経済誌「フィナンシャルジャパン12月号」に詳しく書きました。3人OBが選ばれて、僕とソニー会長の出井さん、そしてサンデンの社長の3人でしたが、楽しい企画で沢山思い出話を語りました。今も学風は変わらず、ばんからですが独立心旺盛な雰囲気です。友人の山西先生が院長をされているので、近々たずねることにしています。年をとると出身校に愛着がわいてくるものです。最近は頻繁にウェブ訪問したり、語りかけるようにしています。法曹関係者は少ないのですが、今の日弁連会長はOBです。

さて今日は急に6時まで時間が空いたので、学部3年ゼミ生と今から2時間のみに行きます。6時からは大学院の懇親会で、これまた飲みに顔を出します。γGTPが高めの身としては、少なめに、控えめにと銘じています。

今JALのCAの友人から電話があり、昨夜は広島泊の予定がシフト変更で夜半に帰京、2時に帰宅して、今日はこれから羽田ー博多ー羽田ー千歳だと泣いてました。本当にタフな仕事です。見た目は派手に見られますが、現実は厳しいですね。食事も立ったままなんてざらで、本当にきついようです。でも頑張ってくださいね。あなたたちの笑顔できつい出張も癒されているのです。感謝しています!

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2006年10月27日

会社時代の後輩やら芸妓さんやら

今日は役員を務めるカナダのログハウス会社の仕事でスタート。仲良くしている銀行の新宿支店を訪れ、お世話になっているTさん、Kさん、支店長にご挨拶して、カナダ向けの仕事を片付けました。久しぶりの新宿でした。ランチを済ませて、仕事場に戻ります。和幸のヒレカツ・エビフライ・ささみチーズ巻カツの3点盛りを食べたのですが、チーズが熱くてやけどしました。とほ。

新会社法の下での定款変更や、役員の変更の依頼がどんどんきて、僕の秘書は大忙しで、すまんすまん。すべてが英和のバイリンガルサービスなので手間がかかります。。まあそれが売りなので仕方ありませんが、会社法の大改正時は忙しいのです。

そんな時、スポーツ・芸能ニュースにジュディマリのたくやサンと結婚していた元芸妓の孝蝶さんが離婚したと載っていた。そうか、ついに離婚かぁ。襟替え(半玉(はんぎょく)や舞妓(まいこ)が一人前の芸妓(げいぎ)になること)のときにお祝いして以来会ってないのでどうしているのかと思ったら、残念。確か20歳になって襟替えの儀式の後、半年足らずで結婚したので、何だ、どうした、残念、はよ帰っておいで(?)、いつまで東京に行っとるのや(??)などとお茶屋さん(泉政)で笑いながら話しあっていたことを思い出した。また芸妓に戻ることはないから京都の高級クラブのママにでもなるのだろうか?でも孝蝶さんは綺麗な芸妓さんやった。おてんばで、東京に仕事に行くときなども、足を伸ばして、あっけらかんとして甘いものを一生懸命食べていて、けらけらと笑っているような子でした。頑張ってほしいどす。

夜は会社時代の同じ早稲田出身の後輩ふたりと六本木の炉端焼き「檜家」に繰り出した。旨いのでいつも混んでいる店。最後のそばまで最高でした。久しぶりなので話がてんこ盛りでした。鉄鋼業が絶好調なので嬉しいニュースが沢山ありました。もう一人の後輩は100億円企業の社長になっていて、一年後の上場準備に入りてんてこ舞いです。みんな頑張っているので嬉しいです。

さて週末に突入。明日もあさっても大学やら学会(今年は東京の明治大学が会場)で動き回ります。日曜日には1年ぶりに知り合い社長さんともお会いします。なんだかんだとあっという間に10月も終わります。

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2006年10月26日

いろいろと縁があり、

昨日は政府から依頼のあった講演会の準備のための打合せを同僚の牧野弁護士と午後いっぱい打ちあわせに費やした。二人で協力すると早くてよいプレゼンができるので心強い。同時にいつもお世話になっているゼロックス教育研究所のスタッフとも打合せで、来年3月までの講演予定を話し合った。

しかし事務所の僕のPCにパワーポイントが入ってないことを知り愕然。家に資料を持ち帰ることに。こんなもの、全部のPCに入っているものと思っていたが、甘かった。大学の環境があたりまえと思っていたら、確かに弁護士ってあまりプレゼンしないものなぁ。

早いもので来年の手帳がないと仕事にならない。どんどん動いている感じがする。企業も法的なリスク管理を様々なレベルで進めているので、僕たちの専門分野に関連して仕事のお話を次から次といただける。ありがたいことです。

昨日はそんなわけで終日打合せでした。夜は知り合いと久しぶりに会ってご飯を食べました。すこし会っていなかった洋ちゃんのお店に顔だしたら、彼が映画に出演していたことを知り驚いた。オダギリジョーさんの主演映画「メゾンドヒミコ」において重要な役回りでこの洋ちゃんが出ていたのです。知らずにいてすこしショック。でもすぐ立ち直り撮影裏話を聞くことができました。洋ちゃんはあと2ヶ月で70歳です。若々しい限りです。

今日も晴れて、終日大学で講義とゼミ。いよいよ秋本番。

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2006年10月24日

雨が続く日々

今日は連続して早起きし、昨日突然入った大部な英文契約書を読みこなすことになった。約100ページを3時間ほどで読み、重要な箇所を同僚の弁護士とマークしてゆく。緊張して集中しての4時間は終わるとどっカーンと疲れる。

会社員時代、英国の留学先から戻った最初の週に、ボスから800ページの契約書をチェックするように言われた。「いつまでですか?」「明後日だ。」「。。。。。」というわけでほぼ3日で読みこなすが、問題点の抽出などできるはずがない。心の中で「インポッシブルだよなぁ」とつぶやきつつ、通勤電車の中でも読みつつ半徹夜で何とか読んだが頭の中では何も覚えていない。この頃、ポストイットと蛍光ペンが神様に見えた時期があった。

そんなことを繰り返していると、なんだか問題のパターン化というのに気付き、コツをつかんだように思った。何年かすると慣れもあり、相当早くなったが、そのときの財産である。弁護士になってからもチェックすべき箇所は変わらず、大いに役立っている。そのボスは今九州西南学院大学の教授である。

思えば企業法務上がりで大学教授になるひとが続いた時期があった。伊藤忠のKさんが明治学院、三菱のKさんが東大、三井のTさんが二松学舎、東芝のKさんが九州大学、そして僕が国士舘大学、とにぎやかであった。楽しい時代であった。皆年をとって大学が変わった人もいるが、会社員ならもう定年を迎えている人も多い。

思い出に浸っている暇もなく、大雨と突風の中を大学院教授会に向かう。直前まで会議だったのでタクシーに乗り込んだが、なんとかが順調に走ってくれて、25分で到着。雑用も終えてさっさと引き揚げてきた。早く晴れないかな。

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2006年10月23日

虐待・不倫・逮捕・無駄遣い

ヤフーで仕事の合間に見るニュースがばかばかしい内容のオンパレードの一日であった。みんなも読んでいると思うのでここでは書かないが、3歳児7キロ餓死。福島県元知事逮捕、不倫キャスター降板、官僚の税金無駄遣い。本当に吐き気がするニュースばかりで嫌になります。

そのニュースを伝える夜11時からのニュース番組の老キャスターはろれつが回らないのにまだしがみついている。老害、老害を叱る。

仕事は今日は忙しかった。朝九時の定例会議の後、早めに帰ろうと思っていたら、やはり世界は動いていますね。次から次に相談がやってきますし、大きなお仕事を沢山いただきました。夕方友達の誕生祝いのために抜け出して軽めの食事を済ませてまた少し仕事して帰ってきました。雨なので憂鬱でしたがなんだかんだと忙しく、楽しい充実した一日でした。

暗い中にも明るいニュースはあります。実に地味ですが大変な貢献をしてカージナルスのWシリーズの進出を果たした田口壮選手。イチロー、松井の影で目立ちませんが、今年は笑顔を沢山振りまいてくれました。後5戦、頑張れ!優勝決定戦でホームランでもかっ飛ばしてください!!そして中日井端。エラーの後のホームラン、、守備の人が見せるど根性。そして華やかな新庄。李選手巨人残留決定。斉藤和己投手沢村賞。なんだかみんなプロ野球の話題だが、まあいいっか。

そして事務所の周りでは、しっかりと仕事をする若者が沢山いました。写真を頼んだら、時間内に綺麗に仕上げてくれたし、お花屋さんでアレンジを頼んだら綺麗にプロの技をみせてくれました。蕎麦屋の砂場は相変わらずいい仕事だし、タクシーににのったら「寄席坂」で通じるし、責任感ある人たちに沢山会えた一日でした。誠実な人に会って感動することが異常なのかどうかわかりませんが、日本は間違いなく誠実な国家なのであります。

暗いニュースは例外が重なっただけのことと思い、寝ることにします。


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2006年10月22日

時間の活用という刺激的なキャッチフレーズ

ここ数年、確実に自分自身の中で変わったことがある。時間に対する意識です。30代に本を初めて出版、特にサラリーマンという時間が自分の意思ではどうにもコントロールしにくい状況下で、いかに自己実現を図るかといったテーマに興味の中心を置き、何冊も本を書いた。その結果は自分にとっても満足のいくものであったし、成果物も目標以上であったと思う。

しかし、最近は受容の幅が変わり、自分の生き方に漠然とした自信が沸いてきて、そのために具体的な行動目標を書き出して何かするというより、より感性的な生き方、予定表のない時間をいかに多く作るか、そんなことに自然とウェートを置くようになった。

自分が変わったのでもなく、若いビジネスマンや学生たちにはこの過去の経験は確実に役立つという確信はいまだ揺らぐことなくある。自分は次の10年をどう生きるか?を考えると確実にこれまで自分が考えてきたものとは違う方向に進みつつあることを感じる。

手帳を見るとびっしり予定がある。当然である。弁護士・大学、講演会、クライアントとの食事、教え子たちとのメシ、など約束したことはそこに書いてある。しかし自由時間における自分の身の置き場は以前と異なり、なるべく空白のままにしてある。時間を惜しんで人と会い、帰宅時間まで書き込んでいた以前とは変わった。子供たちが巣立ち、さて自分らしく若い人に目標とされるような素敵なライフスタイルを送るために、精一杯何もしない時間を作るようにしている。そんな時間に自分は何を考えて、誰と会い、何をしているか、それは自分の未来であり、自分だけの価値観でわがままに楽しくつかってやろうと思っている、そういう時間が確実に増えた。

夕方ぼーっとして、好きな人とビールを飲みながら、いろいろとあてもなく話すことが増えた。ぼーっと歩くことも多い。素敵な仲間のために何もしないで見守るようなことも増えた。それも、なるべく波風を立てないように、静かに、である。

友人で時間の達人と呼ばれる小石雄一君のHPから、彼のメッセージを以下に引用させていただくが、彼と一緒に書いた本「本を書こうよ」出版から12年、僕は彼の生き方を少し後ろから眺めている。かれのバイタリティーには頭が下がる。自分は小石流からすこしはなれたところで、なんだかPATHに入り込んでいるようだ。それはそれでとても楽しい時間で、放浪をしっかり楽しんでいます。

さて小石流とは?是非彼のHPをたずねてみてください。

彼が提唱する創造的生き方29の法則 を参考にしてください。
1.「自分の時間」 使うから出来る自分の時間
2.「知的生活」 知的になるということは今後の人生において大きな武器になる
3.「人生の時間割」 自分の一生を一枚の紙に書いてみよう
4.「自由旅行」 旅こそ自分の時間に塊である
5.「集中自在」 集中するには何もいらないようになりたい
6.昼休活用 社外の人と連絡を取るパワーランチ
7.「朝が肝腎」 一日を楽しく過ごすコツ ~朝のスタートを大切に~
8.「発想風呂」 朝風呂に入っている時に一日のシナリオを描く
9.「三文の徳」 早起きはたった三文の"得"にしかならない
10.「逆残業」 裏技残業による時間の取り戻し
11.「ジレンマ」 「徹夜」の是非
12.「作業効率」 睡眠時間と作業効率のトレードオフの関係
13.「分割睡眠」 自由にいつでも90分睡眠可能
14.「自己確立」 自分のスタンスを明らかにする
15.「情報豊富」 常に情報のおみやげを持っている
16.「カネ離れ」 金に頓着しない
17.時間厳守 時間をきちんと守る
18.「プロミス」 約束したことは絶対守る(約束出来ないことはしない) 
19.「ギブギブ」 ギブアンドギブの精神で
20.「スタンス」 常に相手の立場に立って考える
21.明日実行 明日出来ることは今日やらない
22.即刻着手 いつかやろうと思っている限りは永遠に時間はやってこない
23.「公言実行」 「有言」「有限」実行こそパワーの源(人間は言葉の動物)
24.「多忙人種」 忙しいヒトは暇にはならない
25.「待ちゼロ」 待ち時間を限りなくゼロにする方法→待ち合わせをしない
26.「締切厳守」 締め切りシステムを作る
27.目的達成 達成感をしっかりと認識する
28.「個人の情報化投資」 パソコンへの投資は時間の買い戻し
29.「自己紹介」 自己紹介のためのツール

彼の軸を見失わないところで、しばらく放浪してみたい思います。


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2006年10月21日

恐るべし美味さ

好天が続く東京の陽気に誘われて、夕方での仕事の後、仲良くしている友人のKさんご夫妻と一緒に、池袋のイタリアン「文流」で夕ご飯をいただきました。文流さんは高田馬場にもお店があり、そこは大学生のころからたまに顔出して、ちょっと贅沢気分を味わっていたところです。

こんなに長い間続くのはオーナーのお人柄もあるのだろうが、それにしても美味しい。本当に美味しい。そして美味しいだけでなく、お店の作りやインテリアが家庭的で、どことなくイタリアの田舎町の美味しいレストランといった風で、大好きなお店です。

僕がこんなに長い間通うのは、カウンター越しに見えるシェフの方々が、本当に美味しいものを幸せそうに作っている光景を見ているからです。提供する側がこんなに優しい顔をして作っていらっしゃるのだから間違いなく美味しいだろうと感じます。

食事の後は友人ご夫妻の千川のマンションにどかどかと押しかけ、美味しいスイーツやフルーツをいただきながら、遅くまで話しこんでしまいました。最近のマンションはインテリアがかっこよく、こんなところに住みたいなと思うデザインでした。楽しい時間は早く過ぎます。Kさんご夫妻は我が家にも来てもらったりして一緒の食事を楽しんでいます。別れを惜しんでかえってきました。

明日は日曜日、来週から週末が学会続きでしばらく休めないので、明日はのんびりしようと思います。

今日大学の帰りに小田急線で、高校生と思われる息子と母親が乗り込んできました。優先席に息子を座らせ、その息子はさっさと音楽を聴いてます。口をあけてバカ面をして、母親が甘やかす光景は見飽きましたが、こういうバカ母を絶滅させたい気分になるのは僕だけでしょうか??息子は厳しく、立たせろ!と出かかりましたが、飲み込みました。僕は自分のブログなのではっきり書きます。母親よ、高校生にもなった子供たちを甘やかせるな!!

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2006年10月20日

早起き3回 1文の得

いやはや、今週は朝9時からの会議が3回もあった。おかげですっかり6時おきのクセがついてしまい、健康そのものである。足を骨折していると歩くのに時間がかかる。従って通常の、見込み時間よりも2割ほど上乗せして家をでないと間に合わない。

そんな一週間であったが、今日は午後から3時間も、いつもはしゃべるのに、しっかり勉強である。中国のWTO加盟ーその後の動きを、これまたそうそうたるメンバーの方々の講演を聞きに行った。普段は講義で90分4回なんてざらなのに、3時間が辛かった。パソコンをメモ帳代わりに、要点を埋めてゆく。

中国人が4人、英語でしゃべる。それをこまめにメモをとる。もうおわったらぐったぐったです。5時に終わり、さて今日は何も用事がないとわかると、会場から近いいつものたまり場である六本木のRに駆け込み、冷えひえの生ビールで乾杯をする。幸せなひと時である。

しかし中国の国内の法制度の整備は、大変な混乱をきたしているようだ。特に変化の激しいのが知財関連の法整備、次に独禁法のようだ。自由主義の経済憲法と呼ばれている独禁法を共産国で導入するわけだから、移行期とはいえ、そのコンセプトについては議論百出であろうことは容易に予想できる。弁護士が意外と多く出席していたなあ。

今日の主宰は公正貿易センター。もう22年もお世話になっている国際貿易に関するセミナーを企画、数多くの勉強会を主催されていて、僕も30代にはいつもここで勉強させていただいた。国際条約と企業行動のかかわりをずっと自分の研究テーマにしているので、何冊もの報告書作成に関わらせていただいた。

実務の理論の狭間を考えるチャンスをいつもここでいただいていた。自分がまがりなりにも教授を務めていられのはこのセンターのおかげである。

帰りは早く、明日の講義に備えた。土曜日は大学行事が多く、明日も一コマ休講にして学内会議である。まもなく学園祭が始まり、法律討論会、法学部40周年記念行事と続く。そのうちの12年をお世話になった。時の流れは本当に早い。

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気がつけば200回

振り向けば日本海、ではないが、気がつけば我がバカブログも200回を突破したではないか。飽きっぽい性格にしては良く続いているではないか。はやり言葉で「自分をほめてあげたい。」ということで自分へのご褒美ではないが、久しぶりに銀座に繰り出した。知り合いの偉い方々がいらっしゃって、頭下げっぱなしであったが、久しぶりにご挨拶できて、よかった。

ここのところ、講演会のオファーが続々と入ってくる。12月までに7回も入った。自分自身も勉強しないといけないので、ありがたいお話なのである。北海道札幌から沖縄まで、まあおかげさまで行動半径が広がりました。寒い冬の北海道は苦手ですが、その直後の那覇というと、温度差が30度はある。人間寒暖差実験機となりつつ、北へ南へと旅は続くのです。

しかし忙しさの一方で,大学の講義内容の充実ぶりと(自己判断ですが)、弁護士業務の結果が現れるハードワークの充実振りは、ここ数年で最高の高さにあるように思います。熟睡できていること、クライアントとのコミュニケーションが時差を利用して昼夜の別なく動いていますがスムースであること、友達との会話や食事・交流が願ったように自分だけの尺度ですが、高まっていること、などがその理由です。

今夜も韓国の顧問先の会長が来日し、夕食をはさんで意見交換しましたが、そこに参加してくださった先生方は今しがた総務大臣との会合を終えて記者会見が済んだばかりのS先生、G先生、などなどお名前を出せませんが業界人が聞いたらびっくりするような方々と最新の情報交換の夕べでした。刺激的とはこういうことで、日本のIT国際競争力のトップアスリートたちと、これから始める日本での展開を議論することは、これは人生のヨロコビですね。

銀座で外資製薬会社のI弁護士と飲んでいたら本社からの緊急の連絡が入り、電話会議やらで奔走している。そういう光景に出くわすと、大学の中はなんとじっくりと勉強や研究ができることだろうと感じた。僕自身は弁護士業務を多く抱えているので、のんびりというわけには行かないが、それでも大学の空気を吸っていると、アカデミズムのかけらを体感できる。それも幸せなことである。私語もなくなった講義は楽しく充実している。

もう10月の20日である。早いです。

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2006年10月17日

筑豊・田川への思い入れ

今朝日新聞の夕刊に筑豊が連載されている。今日で2回目だが、すでに山下洋輔、フライングエレファンツ、五木寛之、リリー・フランキーと登場する、壮大なパノラマ企画である。朝日は大嫌いな新聞だが、たまにこういった楽しい企画があるので購読している。

僕が筑豊に興味を持ったのは、最初はNKK時代、石炭それも国内炭の半強制的な国策としての購入政策である。落盤事故が続き、その歴史はいつも悲劇がつきまとう。それでも国内炭に対する思いは原料部にいたのでとても強い。日本のある時期を支えた、素晴らしい歴史を語り継がなくてはいけないのだ。

次に出会ったのは土門拳さんの写真集。いうまでもなく、名作品集である。今に繋がる何かを語りかける強烈なメッセージ。写真がこれほど語るものかと、感嘆した。そしてフライングエレファンツである。11月にはジョージハリスン追悼コンサートが小倉である。行こうと思う。貧乏性のせいか、九州で仕事してこようなどと考えているのだ。会いたい人がいるので会いに行く理由をつけて観てこようか、観る理由をつけて会いに行こうか。気持ちは半々である。

また筑豊・田川の歴史を学ぶ過程では麻生商店のことも知っておかなくてはいけない。いろいろと興味は尽きない。そう考えると日本は広い。先般ペンクラブで椎名誠さんがエスキモー(差別用語で表現者は使えない単語だそうだ。生肉を食らう奴ら、といった蔑視的意味があるというが、椎名さんはそうではないとおっしゃっていた)の話をされたが、世界も広い。まだまだ観るべきテーマは山ほどあるなぁ。

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教授会、沖縄への遠隔講義など

朝から忙しい一日であった。昨日に続いて、朝6時に起き、9時前から会議があった。前向きな、弁護士としては燃える仕事である。関係者も信頼関係があるので、スムースに、言葉をしっかり確認しながら、会議は進む。こういう仕事はおおむね失敗がないように思う。

昼前に事務所で指示を出し、1時からの教授会の準備。教授会は毎回いろいろと議題がある。大学は常に変わり続けなければならず、いやはや、じっとしている暇がない。もっとのんびりできてもいいかなと思うが、職員に決議事項へ参加も権限も与えない状態では、教員が汗をかくしかない。経営と教授は分けたほうがよいと思う気持ちはずっと変わっていないのだが。

今日は教員懇親会があったのに、沖縄名護市へのサテライト講義のために6時にはスタジオ入り。残念ながら参加できずにすまんすまん。出された美味しいパンは少しつまんできたけれど。8時半に講義が終わり、スタッフと乾杯・軽めの打ち上げ。毎回盛りあがるこの講義は大好きだ。沖縄との温度差が大好きである。

終わってからもう一仕事して、これからのんびりします。決めることが多い一日だった。アメリカが起き始めたのでだんだんにぎやかになってきました。今日はそのほかにもいろいろと沢山会って、全部は書ききれないが、今年一番楽しい一日だったように思います。明日も頑張りましょう。

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2006年10月16日

朝五時おき

なんだか、帰るか早起きして一泊するか悩んで、とうとう名古屋に2泊して朝5時おきで帰ってきました。2日目は仕事で名古屋の方々とお会いしました。カナダからも長年の友人仕事のパートナーである伊藤さんが来日して、名古屋の西尾さんと3人でいろいろと仕事のこと、生活のこと、何でも話し合いました。こういった楽しい会合が年に数回あります。

仕事の詳細はまだまだ公開できませんが、この3人がライフワークとして取り組んでいる夢をじっくり話し合ってきました。公私の垣根を越えて話しあうことは、人生のヨロコビです。いろいろと実務を学ぶのはこういったディスカッションからです。今回は岐阜の現場で仕事に携わっている方たちとも意見交換しながら、日本のリゾートはこうあるべきだよね、と技術、法律を交えて意見交換できました。実り多い2日間でした。

帰りの新幹線の中で、うどんやそばの発祥地が博多であるということをしり、驚きました。1242年に博多承天寺を開いた聖一国師が宋から製粉技術を伝え、それが日本全国に広がったと書いてあります。博多弁でびっくりしている場合ではないな、、麺までもが。水炊きや辛子明太子はいうに及ばす、大陸の影響を大きく受けた博多がそこにあります。

僕も以前、芸能界に博多出身者が多いのは、民族学的に声帯が強いと言われる朝鮮民族にそのルーツがあるというようなことを聞いたことがある。食べ物は旨いし、女性は綺麗だし、音楽は盛んだし、いわゆるエンターテインメントはすべてそろっているわけですね。

そんなことを考えていたら、フライングエレファンツのファンクラブから、小倉公演の案内が届きました。行きたいです。日本のビートルズコピーバンドで唯一カーネギーホールでライブを成功させたバンドです。
かれらは田川・飯塚を中心に活動をしていますのでめった東京には来てくれません。行く前提で秋を乗り切りたいと思っています。

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みゃーみゃー名古屋

名古屋に来たのは4ヶ月ぶりです。土曜日の講義を終えて、あわてて品川駅からのぞみに乗り込んだ。土曜日ということもあり静かな車内でした。遅めの弁当を食べながら、たまった読み物を読んで、しばし寝込みました。7時からの打ち合わせになんとか間に合い、ほっと一息。

しかし名古屋は元気がいい。トヨタの元気もあるが、どうも名古屋から三河あたりの地域は東京や大阪での景気に左右されず、よそ者は受け入れずに、ひそかにマイペースを貫くというのがここらあたりの特徴ではないかと、ひそかに感じているであるが。。。

勉強会や打ち合わせは日曜日も続き、まあ、教授だ弁護士だといっても、日々進化するビジネス法務の動きはしっかり勉強していないと遅れをとります。今回は意匠、ライセンス、請負、遅延損害などをテーマに勉強しました。山の空気を吸いながら、都会の喧騒を離れて議論するのは気分が良いです。

幸い天気にも恵まれていました。手帳をふと見てみると、12月までびっしり予定が入ってきました。学園祭をはさんで、学会やら講演会やら客員大学での講義、政府との交渉、弁護士会の行事、家族旅行、地方との交流、てんこもりの2006年秋は台風のようなスピードで過ぎようとしています。

混雑のおかげでいつも定宿にしている駅上のマリオットが満杯で、東急に泊まっています。泊まるたびにきれいになっています。最近は東急が多いなあ。北見、羽田、名古屋とお世話になっています。

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2006年10月14日

ひまわりのような人

今日は朝から急な電話で仕事が始まった。顧問先の副社長から質問がどっかんときて、結局税務関連の質問もあり、午後3時からチームワークを誇っている教え子のS税理士の事務所で会議とカナダとの電話会議を実施しました。

先方は真夜中でも寝ずに待っているので、結構プレッシャーがかかる調査をした上で会議に臨んだ。自分は比較的早口ではあるが、英語をしゃべるときにでも早口だと今日わかった。電話口で「カズ、もう少しゆっくりしゃべってくれないか?」といわれて愕然とする。

しかし無事会議が終わり、さて吉祥寺での待ち合わせまでは少し時間があるな、と思って空を見上げると、なんと隣のビルが日本生産性本部ではないか。早速アポなしで新聞局に乗り込むと、16年来お世話になっているSさんがいらっしゃらない。体調を崩しているようで心配していたら、元気に自宅療養しているというのでホット一安心。早く直してください。

それから吉祥寺に向かった。今夜はお世話になっている主治医のナースの歓迎会。ついに吉祥寺の第一ホテルに鉄板焼きの吉祥なるレストランができたので、早速そこで歓迎会ということになった次第。駆けつけたらまだ一時間もあるのでホテルのバーで知り合いのバーテンダーさんと話しながら、あっという間に時間をつぶして、さて出陣。旨かった。食事中いろいろと質問やお願いごとを受けてあっちこちに電話していたら、みんな最新情報を教えてくれた。「千原兄弟のサインをおねがいします」「赤西君のサインと本当のお休みの理由を教えてください」などなど、なんかもっとまともなお願いしてくれない??

こうして今日も一日が過ぎた。大事な友達が福岡から昨夜戻ったので、現状報告のメールをいただいた。元気そうで嬉しい。本日仕入れたCD2枚。前川清の「ひまわり」(今一番好きな歌です)と徳永英明の「ヴォーカリスト1」。

ひまわりの詩を書きます。素敵ですね。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
夢をみていました あなたと暮らした夏
それはかけがえのない永遠の季節のこと
まっすぐに伸びてゆく
ひまわりのような人でした
たそがれに頬染めて膝枕
薫る風 風鈴は 子守唄
いつだっていつだって
あなたがそばにいてくれるだけで
それでよかった

ふたり乗り遅れたあのバスは走っていますか
ふたりずっと歩いたあの海はそのままですか
儚げに戯れる
蛍火のような日々でした
夕涼み 肩寄せて 宵祭り
洗い髪 ぬれたまま 氷菓子
嬉しくて嬉しくて
何度もあなたの名前呼んだ
それが嬉しくて

たそがれに頬染めて膝枕
夕涼み 肩寄せて 宵祭り
いつだっていつだって
あなたがそばにいてくれるだけで
それでよかった

夢をみていました あなたと暮らした夏
ふたりのあの夏のように ひまわりが今咲きました
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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2006年10月13日

講義再開

骨折やらゼミ旅行などでしばらくお休みしていたので、今日から久しぶりの大学講義です。今日は国際取引法は競争法規の国際取引に与える影響をみんなで考えました。30名くらいだとこうして全員を指しながらみんなで議論できる講義が可能で、大学では理想的です。

当初はどかんといましたが出席をとらないというと、とたんにがくんと減ります。しかし、出席もしないで単位をとろうというのはおかしな話で、試験をしない代わりに宿題を出すようにしています。とにかく楽をしようという学生が多くて困ります。代わりに毎回出席して議論に参加する学生は真剣で、好感がもてます。30名だと顔もしっかり覚えられますね。

4年ゼミ生も久しぶりに全員顔をそろえ、論文指導をしました。論文の書き方を知らない学生が多いのも最近の特徴ですが、いちいち教える時間はありません。内容をしっかり書くように個別に指導します。のどががらがらです。都合360分、連続で終えました。しばらく自分の車で通うので、帰りは一人でとほほでした。

大学教育のマスプロ化は断固反対です。考えさせるということができません。結局厳しくして単位を簡単に出さないようにすると参加者が減るので、そうなりますが、あまりそうはしたくありません。難しいです。真剣な留学生からの意見が刺激的です。目的のない学生が多いせいでしょうか。とにかく、何で今こうして大学で勉強しているのかをしっかり考えてほしいと思います。もっと先生を捕まえて質問攻めにしてもいいのに。目的意識は薄くても優しい子達が多いので、本当に悩みます。

講義の後は牛角にでも付き合いたかったけど、車なのですまんすまん。


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2006年10月11日

競争とは?

今日は公正取引委員会でIT業界の事業活動と競争排除に関して意見交換をしてきました。競争の排除などというと強いものによる弱いものいじめを想像しますが、IT業界では競争のセグメントでどのように市場を見るかにより、大変な違いがある世界なので、さらに複雑です。

風邪薬、整腸剤、肌荒れ防止薬、頭痛薬はそれぞれ市場は異なりますが、薬でくくると一緒で、鎮痛薬でくくると肌荒れ以外は同じ市場になります。コンピューターの世界では、この区分けはさらに複雑化して、そうなると公正取引委員会としても、原点に立ち返った議論をするしかできません。

困ったときの原点回帰ではありませんが、法律はあるときに原点に返った議論をすることがブレークスルーのきっかけになることもしばしばです。一体この法律は何を目的として制定されたのか?といった議論です。競争による消費者の幸せ、などといったところから、ではユーザーは幸せなのか?と問うてみると、フムフム、といったことになります。

そんなアカデミックな議論をした帰りに「子供の名前を改名したいのですができますか?」という質問を受けた。ケースによります、と答えた。できる場合もできない場合もあります。「有名な占い師さんに改名するようにいわれたのですが」 子供の幸せを考える親心は大切にしたいが、占いね。。。。幸せね。幸せのために何ができるか??フムフム。。

フムフムの後に、姉さんと慕う友人のYさんが誕生日なので日ごろのお礼を兼ねてみんなで食事をしました。美味しく、お店も気遣ってくれて、本当に楽しい夕食でした。ディオンヌ・ワーウィックがご指名していた有名なスタイリストさんで、今も元気で若々しい姉御です。いつも元気をいただきます。

月曜日のコンサートを成功させたリンケンさんから、「僕招待するって言ったと思ったのにチケット手配させてごめん。」なんていう優しいメッセージをいただきました。とんでもないっす。僕のほうで手配するって言ったさぁー、と伝えましたが、あんなに有名なのに、僕みたいなものにまで気を遣ってくださるリンケンさん、本当に優しい人さぁ。あーあ、沖縄に行きたくなったぞ。と思ったら今友達の比嘉さんから「沖縄に3日間行ってきます」とメールが入った。羨ましいっす。(中日・川上憲伸風)

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2006年10月10日

メイドカフェを笑ってはいけない

秋葉原を舞台にしたヤフー動画ドラマ「Aチャン」に「愛娘」のえりなが出演しているためではないが、メイドカフェについて考えたことがある。「お帰りなさいませ」

このせりふ、自分の人生の中でどこかで出合っている言葉だ。いろいろと考えてはたと気付いた。それは今から28年ほど前に、浜田山に住む、本当に大学時代からお世話になったKさんご一家での出来事だった。大学時代、ライオンズクラブの交換留学生プログラムに申し込み、東京EAST地区での研修が始まった頃である。Kライオン(ライオンズクラブでは呼称をこう名づけて呼ぶ)から家に遊びにいらっしゃい、とよばれて以来、お付合いが始まった。

いつも大人の人間として接してくださったKご夫妻、そのお嬢様二人。就職して何年かして、たまに広島から東京に戻ってきて、ご挨拶に伺うと、皆さんが、「お帰りなさい」といって出迎えてくれる。他人の私を、彼らの家でである。そのときのなんともいえない優しい雰囲気が今も忘れられない。

とやかくいうつもりはないが、「お帰りなさい」という家族では当たり前の言葉が、あたりまえのように交わされていないのではないかという疑問と、家族と離れて住む都会の若者が家族のぬくもりを求めて通うのであろうかメイドカフェ。その言葉が心から発せられていれば、とにかく優しい言葉である。商売とはいえ、面白いところに目をつけたものである。

さて、我が足の骨折のリハビリと2回目のレントゲン撮影のために今日は病院めぐりをして歩いた。痛みもやわらぎ、回復しているのかという期待があったが、その期待通り、順調に回復している様子でほっとした。沖縄に無理して行ったのでちと心配であったが、これで木曜日からの大学講義やら、各種の打合せやミーティングも問題なく参加できそうである。

医者からは驚異の回復力とおだてられたが、マア、悪い気はしません。昼ごはんを知り合いのお店で食べていたら、以前超有名なミュージカル「ヘア」に主役級で出演していたMさんに、「私いくつだと思う?舛井君よりねx歳上」といわれて驚いた。まあ美人も美人、いまだに舞台にそのまま立てるような容姿である。人間鍛えればこうなるのだなと感心しきり。ちなみに彼女はシャボン玉ホリデーのシャボン玉ガールズの最後のメンバーである。こんな番組知らない??うーーン、君ね、、、まあいいっか。そんな彼女が出してくれたランチは、
カレーライスとそうめんといくらご飯とおでんです。いくらなんでも食いすぎだわな。


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2006年10月09日

迫力あるリンケンバンドコンサートでした

今日はいい天気のなか、夕方5時に新宿厚生年金会館でりんけんさんのコンサートがありました。先月リンケンさんと沖縄で食事をしたときに、行くよ、ということだったので、この日を楽しみにしていました。なんだかまったりしていて、うちなんちゅの人たちの同窓会的雰囲気が漂い、小さな子が踊り始めるなど会場も盛り上がっていました。

前半に聴かせる曲のパレードだったので、足の悪い僕としては今日は会場が躍り上がる前に失礼しました。相変わらず上原知子さんの歌声は綺麗で透き通っています。ペルーでの思い出の曲も光景が目に浮かぶようで楽しかったです。一回だけの講演なのでまた来年ですね。

7時に終わり新宿を少しだけ散歩しましたが涼しくなってきて素敵でした。休日は人の出も少なく、演奏会場の熱気とはまた別の静かさも味わえました。東京で生活していて感じることは、こういったコンサートなどにいつでもでかけられることが最大のメリットのひとつだということですね。勘定してみると月に一回以上は生演奏に接しています。

たとえば、僕はタイガースのサイドギター兼キーボード(後に加橋かつみさんが抜けたあとはリードギター担当)の森本太郎さんが大好きです。彼の作曲したいくつかの曲(風は知らない」「色つきの女でいてくれよ」など)は個人的に大好きで時々口ずさみます。彼はスーパースターというバンドを作って、数ヶ月に一度、銀座TACTに出演します。2回のステージで20曲ほど演奏します。それを聞くのも楽しみです。そういうことができます、東京にいると。

マニアックな話をしてしまいましたが、舞台も同じです。蜷川さんが好きだ、つかこうへいさんが好きだ、といえば、そこかしこで見られます。チケット取るのも大変ですが、長く住んでいると誰かから回ってくるものです。

今日はまだ沖縄民謡のリズムが頭の中で回っています。沖縄から戻ってまだ2日なので、しばらく離れないと思います。今度の沖縄は11月に仕事を兼ねていってきます。あーーいやっ。

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2006年10月08日

静かな日曜日

今日は学生たちも寝ている日曜日でしょうか。沖縄旅行から一夜明けて、信じられない快晴の日を迎えました。なんという静かな日でしょうか。朝寝をして昼から昼寝をして、まどろみながら5時頃目を開けました。夢をみていたようで家族に「なんて幸せそうな顔をして寝ているんですか」といわれたほどだった。

見ていた夢は、加藤登紀子さんが我が家に遊びに来ている夢だった。中学生のころを思い出した。あの頃は休日になると加藤さんの家に遊びに行き、一緒にステージについていくような 生活だった。お金のない僕をいつも優しく迎えてくれた加藤さんの家族がいた。楽しい思い出です。そんな時代を思い出しました。

出会う人により人の人生は豊かにも貧しくもなります。今も同じです。

今日のテレビを見ていて、田中真紀子という女性は本当に頭の悪い人だと思いました。こういう人間が政治家を勤められるのですから、軽薄政治の批判はとまりません。底が見えている人間の会話や質問はなんとかならないものでしょうか。またなぜあのような人間が一時間も質問できるのでしょうか。久米宏と同じ人種ですね。

明日は沖縄からりんけんさんがやってきます。その報告は明日また。

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沖縄最終日

土曜日も終日快晴で、なんという運のよさ。10時にホテルを出発。首里城-アウトレットモール-ひめゆりの塔-平和祈念公園-空港という順路で回りました。

首里城では僕はバスターミナルで待っていました。待っている間に数多くの高校生に出会いましたが、その服装や態度(ズボンをだらんと下ろし、髪を染めて、先生がなめられて、、)がある程度統一されたようにバカ化しているのには改めて愕然となった。細かなことに気を遣って優しさをアピールしている気分に浸っているようだが、言葉もなにもかも浅薄である。会話が貧困・パターン化されている。間違いなくゆとり教育はこういったバカを数多く排出しているのではないか?ゼミ生が戻りその話になり、我がゼミ生の意見を聞いて、彼らがいかにしっかりしているか知り、安心した。大学に入れば少しはまともになるかしらん。

アウトレットモールではゼミ生の戸田君の中学時代の同級生と偶然出会い、サッカーボールのリフティングの日本チャンピオンということで、アディダスのコーナーでショーをしているのを見た。驚いた。上手いのにまた驚いた。

ひめゆりの塔で毎年のことであるが、みんな消沈して出てくる。真っ青になるものもいる。地上戦の悲惨さをあらためて感じて、心に焼き付ける。とても海軍壕に行ける状態ではないので、平和祈念公園に行き、広い公園を歩きながら、みんなで話し、心を落ち着かせ、深呼吸して、僕たちの旅は終わるのです。今年もいい旅行でした。幹事がしっかり予約してくれて、予算もきっちり、最高の旅行でした。次回は純粋にリゾートを楽しみに来年来よう、ということになりました。

僕の大学教員としての沖縄ゼミ旅行は今回が最後です。来年は担当できるのであれば、どこか近場で探そうと思います。一応のけじめとして今年の3年生を最後に沖縄はけじめをつけようと思っておりました。今年もメンバーに恵まれ、いろいろな環境で育ったメンバーですが、教員としてはこの時代にこのような礼儀正しい優秀なメンバーと出会えたことは最高に嬉しいです。

事故を起こす心配もなく、安心して一緒に楽しめます。学生は若いので徹夜の連続で昼間寝る生活でしたが、海辺で飲んだり、ジンベイ鮫を見たり、戦争の話で泣いたり、美味しい料理に笑ったり、貴重な体験をしたと思います。是非次回このメンバーで2回目を実現しましょう。

注意事項
1 野澤菌に君:風邪をさっさと治すように
2 さやか:今度はスニーカーで来るように
3 兼平:頭をそるように 日本の正しい少年はいがぐり頭なのです
4 吉田:ランニングからTシャツにきりかえるように
5 桐:3日もいたんだから少しは日焼けするように
6 戸田:女の子に気をつかいすぎないように
7 タケ:写真をとるときにはしゃがんだ僕の前に立つように
8 石黒:CCBはもう終わっているの!わかってる?
9 みむら:沖縄そばには激辛チリをあまりいれないように、辛い。
10 女の子たち:もう少しスカート丈を長くするように。
11 啓介、雅人、ひかる:今のままでいいからね。

お疲れ様でした。


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2006年10月07日

沖縄2日目

楽しい時間は過ぎるのが早いです。今日は美ら海水族館チームとホテル居残りチームに分かれ、のんびりしました。僕は足のこともあるのでホテルに残り、ゆっくりしました。途中昼ごはん時に沖縄の歌手で友達の東江さんが遊びに来てくれて居残り組とご飯を食べました。CDも2枚出しているのです。あいざき進也(といってもしらない人が多いでしょうが)が彼女の歌を聞いて、上手いねといったそうですから相当上手いのだと思います。

みなが帰った後は午後ずっと海を見てすごしました。こんなことは東京ではできないなあ。

夕方まではのんびりして、6時に会食の「あかさたな」という店に向かいました。公設市場内にあるきっぷの良いおかあがやっている、家庭的な店です。生ビールを散々飲んで、沖縄フルコースを堪能して一人3000円です。おかあ、ありがとうございました。また来ますね。

ここで一応の解散となり、散歩するもの、買い物するもの、浜辺で飲むもの、ウノやるもの、マージャン組と別れて、楽しい2日目は終わりました。僕はまた沖縄の友人たちと会い、したたか飲み、来月の再会を約して12時に解散しました。ホテルではまだまだ宴会が続いています。

友達の許田さんが僕のわがままを聞いて、テタンジェのシャンペンが飲みたいと前の日に言ったので、ちゃんと買い込んできてくれました。沖縄の人はやさしいのです。ゼミ合宿の沖縄も今年で6年目、そろそろ終わりにして別の場所を考えようかなと思っています。しかしこれに勝る場所はあるかな??

明日は10時からバスに乗り込み車内研修です。たのしい旅もあと一日です。沖縄は今日も快晴でした。

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2006年10月06日

沖縄初日

朝6時起きで部屋で朝食を食べ、7時20分にホテルの前にあるANAカウンターまで歩いていると、おーーおーーほぼ全員集合しているではないかあ。ほぼ徹夜に近い状態で駆けつけたという。普段の状況では必ず数名は遅刻もしくは断念というのがいそうであったが、無事全員でチェックイン。

飛行機はANA123便である。いや、まてよ、JAL123便は確か御巣鷹山に墜落したのは、といったことが頭によぎった。うーーん、記憶はあいまいだからな、でもなんだか心配になってきたが、確率的には123が2回という確率のほうが確かにありえないな、と妙に納得して自分を安心させた。そしてホテルの部屋でチェックしたらやはり123便であった。うーーん。

無事に那覇に到着して、ホテルに直行、いい天気である。最高の気分で沖縄生活を始めた。学生たちはすでに泳いでいるのもいるし、まったりしているのもいるし、観光にでたのもいる。基本的に何も計画しないでくるのだ。

そして6時にBBQ開始である。ホテルラグナガーデンの輪という店に突入、といって予約してある。予約の時に料金を聞いて、相当値上がりしているので、毎年行っているので毎年の値段にならないかとこれまた博多弁で交渉し、店長が屈服。ここ一番はカレーでなくて博多弁である。

一気にオリオンビールで乾杯。数名が風邪でダウンしているが、原因は野沢君が引いている風邪である。相当な期間わずらっているらしい。それでも恐縮せずにタバコをすっているので、「おい」とヘッドパンチを見舞うがひるむ様子はない。相当な大物だ。一気に食べて解散。カラオケやらマージャンやらに別れる。

僕は久しぶりの沖縄なので、友人たちに会いに街に出ました。知り合いの店に顔を出して再会を楽しみ夜遅くまで楽しみました。大ちゃん、東江さん、池田さん、許田さん、具志堅さん、上原さん、新里さん、朝倉さん、仲松さん、お世話になりました。また明日も遊んでください。

沖縄夜中の2時でまだぽかぽか。夜風に吹かれてバルコニーにいると、ほんとにリゾートに来たなと思います。来年もゼミ合宿でこれるかナと考えながら夜は更けていきます。マージャンの音がしています。

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2006年10月04日

羽田空港ホテル

などと書くとテレサテンの歌のタイトルのようだが、今夜はホテルに泊まっています。明日朝の集合時間に自宅から駆けつけるのは不可能で、仕事終わったら事務所から羽田に直行しました。なかなか機会がない東京のホテルステイですが、エクセル東急についてひとこと。

はっきり申し上げていいホテルです。部屋はツインのシングルユースですが、机の配置もラン接続も快適で仕事仕様です。広さ、窓からのビュー(飛行機が目前)、バスルームの広さもいいです。難は、東急のホテルは北海道もここも、バスルームが臭いのです。原因を探りましたら先ごろ発見しました。バスタブと外とを仕切るカーテンが乾いても乾ききらないあの加齢臭のようなにおいを発散しているのです。これは報告して改善してもらいます。

さて、レストランの食事もリーズナブルで旨いです。是非一度お試しあれ。

今週号の週刊東洋経済をごらんになった方も多いとおもいますが、日本の給与比較が特集で、弁護士と大学教授が時給比較でそれぞれ1位と5位にランクインしてました。時間配分を上手く行えば確かに拘束時間、時間単価、どれをとっても弁護士は恵まれていると思いました。大学教授も雑務が少なければ時間に余裕があるというのもうなずけます。年俸を「拘束時間で割り出すこの計算だと間違いなく条件は良いのです。しかし仕事を安定的に確保するのはそれこそ大変なのですが、そこらあたりは書かれていません。

頭を下げなくても仕事は来るのでしょ、と思われている向きには、いえいえ大変なんです、としか答えようがないほど、大変なんですから。事務所の看板があれば別ですが、個人的色彩の濃いこの職業は人脈のない若い弁護士にとっては苦労の連続なんです。それでも世間的には恵まれているというのが評価でしょう。頭を下げて仕事をいただいているのが現実です。


さて明日から沖縄です。年に一度のゼミ旅行です。ブログにこうして書いているとみんなに読まれているので行動がばればれですが、いちいち連絡する必要がないのは便利なことです。滞在中たくさんの方から「飲みましょう」「何か学生にお話しましょう」といったご提案を頂き、幸せです。明日行きます!!

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2006年10月03日

学ぶことが多いなぁ

今日は家で大学での講義用の最新情報を整理していたら、10月には学会やら各種の研究会勉強会が非常に多いのでスケジュール調整が大変だと気付いた。来週は「欧米独禁法と敵対的買収」、再来週は「中国のWTO加盟の成果検証」などといった具合に沢山ある。イツまでも勉強のねたはつきない。

勉強はいくつになっても必要で、特に法律を勉強していると、白黒をつけるように脳内構造が出来上がってしまうので、「白と黒を区別することがこんな場合」にはどうしたらよいかをいつも学び続けるのが勉強だと言い聞かせて足を運ぶ。杓子定規に解釈ばかりしていたら誰もよってこなくなる。こんなことばかり言っていたら、どんなに学問に飢えている学生だって聞きにきやしない。ましてや大学の講義で、これはこうだからな、と話していたら聞いてるほうは寝たくなる。

経験がこの隙間の回答を教えてくれる。ひたすら経験であるが、同じ場所で同じパターンで学習していると知見は高まらない。広く聞きまわらなくてはいけない。

最初に就職した会社の現場勤務時代、ある会議で初めて工程部の秋田さんという人と会った。何も言わない、冷たそうな人だった。会議はありきたりの意見を集めて終わった。おそらくこの僕の提案は工程サイドには受け入れられないだろう、ということで会議は終わった。翌朝業務開始前の時間にたまたま車で現場を通りり掛かったら、秋田さんがその提案を何とか実現できないか真剣なまなざしで現場のど真ん中まで足を運んで、じっと考えている。じっとひたすらある一点を眺めて、できるんじゃないかと言い出した。そしてその仮設は現実のものになって実現したのであるが、白と黒を区別することは誰でもできるが、そのどちらでもないことから回答を導き出すという訓練を、日々の業務の中で培われた数が多い人ほど教養と知見と人間性が高まるのであるとこの時に確信した。

10月はしっかりと勉強の月にしようと決めた。

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2006年10月02日

朝早くから

今朝は7時に自宅まで車を手配して迎えにきてもらい打合せに向かった。朝は混んでるだろうと思い、早めに手配したのだが、なんと今日の東京はがらがらがらで、すいすい着いてしまった。予定の時間より一時間も早く着くと誰もいないし、鍵も開いていない。困った。困ったときのセブンイレブン。小間物を買い込んで時間をつぶしていると、やっとみんなが到着して打合せが始まった。

午前中はそんなこんなで、デスクワーク。ランチをしっかり食べて、リハビリに向かう。六本木のさくらい先生は名医で、びしばしと直してくれる。病院に入る前はひょこひょこしてても、出るときにはしゃきっとして出てくるのである。なんだか上海のオヤジという感じではあるが、腕がいいので大人気。いつも行くお店で仲良くさせていただいているので、今回も自宅までテーピングに行きます、とおっしゃってくれる優しい先生なのです。

終わってから友達のみみさんのお店で紅茶とケーキをいただき、お金も払わずに、ごちになり早めに帰宅しようとしていたら、昨夜渋谷で新曲のCDの発売記念ライブを済ませたばかりの永山たかし君が徹夜明けのボケ顔でやってくるではないか。しばらく一緒に話し込んで、別れた。これから撮影だという。忙しいのであるな。

早めに帰宅するとこれまたどかんと仕事があって、一気に片付ける。10月は法律関連のセミナーが目白押し、その上外国の友達、仕事関係者、学者が遊び、仕事、学会など勝手な名目でとにかく紅葉見学で遊びに来るので忙しいのだ。

セミナーは最新法律情報が得られるので必見だし、友達は旧交をあたためなくてはいけないし、仕事関係者は最優先で会わなくてはならないし、そんなところに友達のマッキーからは、六本木のキャバクラが銀座支店を出したので探検に行こう、と誘いがくるし、、びっこひきつつ、どうしようかと悩んでいるわけである。

以上のようなわけで、クラブー仕事-セミナー-学会という、学者としては考えられない優先順位で予定を立てるも、マアそれは冗談として、10月はいろいろと楽しい月なのであります。食べ物も旨いし、世界の動きを聞いていると、なんだか動物的なうねりを感じるのである。今週は沖縄怒涛のゼミ合宿があるので、それまでになんとしても足を少しでも元に戻し、びしばし鍛え上げたいと考えている。

覚悟してろよ!!3年生。

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2006年10月01日

NHKのはしご

今日は大学院の入試の日であった。僕は怪我のために自宅から参加させていただくというとほほなお願いを聞いていただいた。

午後はスポーツファンにはたまらない一日であります。それもすべてNHKが独占して放映されるのであります。NHK様様です。まず藍ちゃんの日本女子オープン、続いてディープインパクトの凱旋門賞、その後衛星でアメリカンエクスプレス選手権のタイガーと満載なのであります。

今はまだディープ出走前で、タイガーのHPからライブのスコアを確認しながら、あわただしく動いているのであります。日本のツアーは夕方のゴルフのテレビ放映があるときにはわざとウェブでスコアを同時進行で発表しません。せこいのです。テレビの視聴率が落ちるのでスポンサーと結託して協会のHPには同時進行スコアカードをのせません。このせこさが今の日本ゴルフの凋落の一因であることもわからないのでしょうか?当然に宮里藍の自身のHPにも載りません。

タイガーはライブで更新してくれているのですべてが把握できます。ファンなら同時に味わいたいのです。いまどうなっているのかと。まあそれだけ日本のゴルフの底が浅いということでしょうか?藍頼みでは打開できませんね。岡本綾子、小林浩美、福島晃子、藍ちゃん、みんなアメリカに行ってしまいます。不動さんでは人気は出ません。やはりプロスポーツは美しい勇者=スーパースターの姿がそこにないと人気は出ませんね。樋口会長も辞めないし、運営の発想もかわらないので、人気が上がることはないですよね。残念です。

ちなみに11時45分現在、タイガーは10番終わって22アンダー、一人旅です。さて競馬でも見ますか。

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