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2006年07月15日

生産性新聞7月15日号

定期的に生産性新聞に寄稿しています。前の編集長塩田さんとのお付き合いが今もベースで、地道なこの新聞に応援させていただいています。製造業で社会人一歩を踏み出した人間としては、じみなこの生産性新聞は今もよりどころのひとつです。

休日に書店を散歩していると、さまざまな自己啓発の本がならんでいます。僕の記憶では1980年代後半くらいからこういった勉強もの、自己啓発もののコーナーが書店で出来上がったと理解しています。自分自身、1975年に大学を卒業して福山市に転勤、悩みながら悶々とした日々を過ごすうちに、一冊の本に出会いました。その本のおかげで、留学を志し、日々の生活の中で勉強する習慣を身につけ、その後大学教授や弁護士を目指す土壌ができあがりました。
 その本は自著に何回も書いたのですが「知的生活の方法」(渡部昇一先生)です。先生の自宅が実家に近いこともあり、その後ずいぶんと励ましていただきました。最近のことですが、運動のためにジム通いするひとが増えても長く続かない、という人が多いという統計を雑誌で見ました。つまり概念で目標を立てることも大事だが、継続のためには「こういった生活をしたい」「誰々さんのようになりたい」といった具体的な目に見えるライフスタイルを決めて、真似るということのほうが継続の力になりはしないだろうか、と考えます。僕には先生の当時のライフスタイルが素敵なものとして映りました。
 国際化の時代に求められる知識というのは、ある程度は書物から抽出できますが、大事なことはそれらを取得するという単純なゴールの設定よりも、目標とする人物の生き方、スタイル、それをベースにした自分なりの活躍する姿を描いたプランのほうが重要ではないかということです。仕事の質を高めるために知識を増やそうとしても仕事が変わったらどれほど役立つかわかりません。しかし、自分は家族と一緒にこういった将来設計を実現するという「ライフプランニング」の要素として勉強すべきことを選んでいくほうが大切に思います。これが総論です。
 次に、自分の強みをアピールできる分野を確立することです。これが各論です。自分ひとりでは限界があるので、各界の専門家とのネットワークを強力に構築することが重要です。
 さて、かねてから感じていることは書きます。それは大学卒、院卒、博士号取得といったディグリーに対する価値観の変化です。僕は今4大学で教えていますが、学部はすでに猛烈な勢いで幼稚化しており、専門知識は大学院や専門学校でなければ習得が難しい状況です。自分のキャリアのためにある程度の目標ができあがったら、社会人院生としてこういった専門職大学院や海外の大学院を活用するのが良いと思います。生涯就業年齢が長くなっている時代では、会社を休んで上のディグリーを目指すことも可能ですし、社会人向けには夜間と週末だけ利用して2年間で50単位取得をモデルとしているところもあります。
 学歴改造も大学院で実施できます。いまや偏差値50台の大学の学部レベルがどの程度のものかは言うまでもありませんが、国際的に通用する大学院を卒業しておくこともネットワークの点からは重要です。さらにもう一点大事なことは院卒程度にそれ程時間をかけずに軽くやり遂げる精神力と、仕事も私生活も立派にこなしその上で自分の夢の実現の必要性に「気付き」そのための戦略を「実施し」目標を「やり遂げる」行動力が評価を分けるのであると考えています。

2006年07月15日 22:25

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